佐藤義浩 2024年4月14日「うれしいことがあったら」

うれしいことがあったら

   ストーリー 佐藤義浩
      出演 遠藤守哉

スーがうちに来たのは金曜日だった。
いつものように飲んで帰ってきた僕は
いきなりうちに犬がいて驚いた。
連れてきたのは娘だった。
動物病院でバイトしていた彼女が
引き取り手のないトイプードルをもらってきたのだ。
僕はそこそこ酔っ払っていて、
お、可愛いじゃないか、などと言いながら
そのトイプードルを撫でようとして、
いきなり手を噛まれた。
娘の話では、スーは元の飼い主から
かなり辛い扱いを受けていたらしい。
そのせいか、人には全く心を開かず
何匹かいた保護犬の中で最後の一匹になっていた。
そのときはすでに9歳で、このままだと処分される。
たまらず娘が引き取ってきたということだった。
誰が面倒見るのか、お決まりのやり取りの末、
スーはうちで暮らすことになった。
そしてこれもお決まりのごとく、
頑張って世話すると誓った娘ではなく、
結局は妻が面倒を見ていた。
僕はと言えばたまに散歩に連れて行くくらいで
初めのうちはなかなか言うことを聞いてくれず苦労した。
それでも数ヶ月、一年、二年と経つうちに
自分からリードを引っ張って散歩を急かすようになった。
スーは家の中でも走り回るようになった。
床にカチャカチャと爪の音を響かせて、
ソファに飛び乗ったり飛び降りたり、
少しは楽しいと思えるようになったのかなと思った。
それでも心の底から気を許してるというわけでもなく、
向こうから膝に乗ってくるようなことは決してなかった。
そんな毎日が続いて、いつの間にかスーも年を取り、
一日のほとんどを寝て過ごすようになっていた。
起きているのか、眠っているのか。
たまに寝たままで足だけ動かしていた。
野原を思いっきり駆け回ってる夢でも見てるのかもしれない。
それはまるでステップを踏んでいるようだった。
走りたいんだなと思った。
人がうれしい時に思わず踊り出しちゃうような
そんな気分なんじゃないかと思った。
結局スーは21歳まで生きた。
後日、スーが元いた動物病院の院長先生が 
「長生きさせてくれて本当にありがとう」と、
言ってくれた。
スーの一生が幸せだったのかどうか、
本当のところはわからない。
ただ今はずっとステップを踏むように
走り回ってるといいなと思うだけだ。



出演者情報:遠藤守哉

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Tomorrow is tomorrow

Tomorrow is tomorrow

久世星佳

あなたの中には
一本の木が生えてるのを知ってる?

日々の出来事に思いを巡らせ
思わずため息をついた時。
ぼんやりと ただ地面を見つめてる時。
自分に向かって話されてるはずの言葉が
嘘のように右から左に抜けていく時。
ああ、なんて自分はダメなんだ・・
と思った時。

けれどいつか
明日こそは・・
と思えた時。

あなたの中に生えてる木が
嬉しそうに枝葉を伸ばし出す。

明日なろう
明日なろう

明日こそは・・。
.
出演者情報:久世星佳

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川野康之 2024年4月6日「ダンスする狐の末路について」

ダンスするキツネの末路について

ストーリー 川野康之
   出演 村上弘明

キツネはこの頃夜中に目が覚める。
気がつくとブルーなことばかり考えてしまう。
もう昔のように高くジャンプできなくなった。
最近は狩りに出ても失敗ばかりだ。
ウサギの肉は何日も食べていない。
空腹のあまりニワトリ小屋を襲って、人間に追いかけられた。
鉄砲の弾が耳をかすって死ぬほど怖かった。
まだある。
俺は年をとった。
歯は痛いし、尻尾はぼろぼろだ。
毛皮のつやはなくなった。
それにひとりぼっちだ。
俺は何のために生きているのだろうか。
「考えるな」
とキツネは自分に言った。
体に巻いたしっぽにくるまって眼を閉じた。
早く夜が明けるといいと思った。

昔の俺は何も考えなかった。
森を歩き、獲物を探し、本能のままに狩りをした。
ウサギを見つけたら、そっと近づいてジャンプして、
真上から鋭い爪で掴まえた。
うまかったなあ、あのウサギの肉。
俺は他のどのキツネよりも高く跳躍することができた。
仕留めた後は興奮がおさまらず、月に向かって何度もジャンプした。
森の動物たちは俺を「ダンスするキツネ」と呼んで恐れた。
あの頃、俺は何も考えなかった。
ただ生きていた。

キツネは眠れなかった。
朝までずっと考えごとをしていた。
眼が真っ赤になっていた。
夜明け近くに巣を出た。
まだ薄暗い森の中をキツネは歩き始めた。
ウサギたちが噂した。
「あれがダンスするキツネ?」
「ずいぶんみすぼらしくなったね」
かまわずにキツネは歩き続けた。
森を出て、斜面を下った。
川に沿って歩いた。
そしてキツネは森に帰ってこなかった。
ウサギたちは噂した。
「あのキツネは生きていけないね」
「生きていけないね」

キツネは旅に出た。
森の外はよそよそしく、荒野は危険がいっぱいだった。
腹が減るとヘビやカエルを食べた。
食べられる木の実があることも知った。
いくつかの山を越え、いくつかの川を渡った。
キツネは死ぬなんて考えてなかった。
ただ生きていた。生きようとしていた。
今日のねぐらに決めた草原で、キツネは月を見上げた。
ジャンプはできないが、下を見ると地面に自分の影があった。
首を振ったら先っぽの欠けた耳が揺れた。
それがおもしろくてキツネは何度も体を揺らした。
見ていたウサギの子どもが「キツネがダンスしているよ」と言った。
.


出演者情報:村上弘明  オスカープロモーション

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ただ踏みしめた

☆ただ踏みしめた

   文・声:久世星佳

天気の良い日。

ひたすら歩きたくなって
スニーカーを履いて街に繰り出した。

こういう日は
大きく両腕も振って歩きたい。
だから、お供は控えめな斜めがけバッグ。
うん。いいね。

両手が塞がってないというだけで
こんなに自由な気がするんだ。

時折吹く風を受け止めたり、軽く押されたりしながら
普段通らない道を進む。

へー、こんなところに公園があったんだ。

ちょっとした緑道を抜け、
日の光をいっぱいに受けた広場に出た。
いいねー。ブランコもある、乗っちゃおうかな・・
そう思い一歩を踏み出した。

あ・・。

踏み出した先に広がるのは
舗装された地面ではなく、むき身の地面。
ああ、今 大地の上に立っている。

やけに嬉しくなり、
ニンマリしながら佇んだ。
.
出演者情報:久世星佳

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波間千良子 2024年2月25日「桃」

   ストーリー 波間知良子
      出演 久世星佳

遠くの左から流れてきたわたしは
そのまま右へと流れて行きました
あのひとの手が滑ったのかもしれないし
わたしがするんとかわしたのかもしれない
ほら、ふいに手を繋がれたって事実を
ただ手が触れただけって上書きするみたいに
大事なのは流れを止めないこと
止まらない限り何も決まってしまわないから
ちびちびした産毛の感触だけ残して
わたしもうちょっと先に行きたい

上手に流れるコツは体の力を抜くことです
学校ではそう教わりました
いっしょうけんめい練習しました              
あらかじめ決められた物語に乗るために
でもわたし本当は泳ぎ方を教わりたかった
指先まで力をいれてバタバタと水しぶきをあげて
行きたい方へと勇敢に進む方法を
みんないったいいつ誰に教わったんだろう

となりをあれが追い越していきました
あれっていうのはそうそう、iPhone
iPhoneって泳げるんですよ
『「設定」をひらいて、「泳ぐ」をオンにしてください』
そういえばむかしおばあちゃんが言ってた
この先のずっと先のどこかに彼らの大群がいて
水族館のイワシショーみたいにギラギラとうねってるって
さっきのあの子はフィフティーンだから
ずいぶん早くにここへ来たのね
もしかしてもしかすると
自分で飛び込んだのかもしれないね

波がどんどん高くなってきました
真っ暗で何も見えないけれど
これまでよりもずっとずっと広い場所に来たことはわかります
お尻の傷に海の水がしみて
いま生きていることがわかります
どんぶらこ、どんぶらこ、
わたしはわたしの鬼を退治に
大事なのは流れを止めないこと
まだ何も決まってはいないから



出演者情報:久世星佳  https://seika-kuze.com/

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片野陽子 2024年2月11日「満面ニコニココンセント」

満面ニコニココンセント

ストーリー 片野陽子
   出演 平間美貴

つながれてる感じが嫌なのよ。
身動きできないような。
囚われているような。
毎日何本も紐を鞄に入れて、
自分からつかまりにいくみたいな
感覚があるでしょ。
キミがいないと成立しない世界が
あたり前ってことにも反抗したくなるの。
キミとつながって100%に満ちていく
ものを見ていると、引き換えに
吸い取られちゃう気がするんだよね。
キミはそんな私をいつも、ほうほうって眺めてるでしょ。

キミとの関係性を変えられるかもしれない良いアイデアがひらめいたのは、
アイドルがすっぴんからメイクを完成させるまでの
動画を見ていたときだった。
思ったの。キミをもっと、「顔」にしちゃえばいいんじゃないかって。
キミの顔を書くためのマジックは水性がいいか。
油性がいいか。ずいぶん悩んだ。
油性を選ぶメンタルでありたかったけど、
賃貸アパートだから水性にしておいた。
キミをどんな顔にするのがいいだろう。
まぬけな顔がいいか。戦ったら勝てそうな顔にするのがいいか 。
寝そべって肘をついてキミと向き合うと、
キミの上にうっすら埃がのっていた。
ティッシュで拭いてみたけど、まだ汚れがある。
キミの顔全体の汚れを水拭きでもして綺麗にしたいところではあるけど、
キミの怒りに触れて感電するとまずいから、やめておこう。

「私が使うのは水性サインペン黒 0.8mm。
ちょうどいい太さがポイント。まず、右眉毛から描いていきます。
まっすぐに、平行めに。眉毛は顔の印象を変える重要なポイントですから、
慎重に、慎重に。はい書けました。いい感じです。
左も同じように書いていきます。
続いては口。口は大きく口角のあがった、笑顔にしていきます」

キミをどんな表情にするか迷ったけど、笑顔にすることにした。
満面の、やりすぎくらいの、胡散臭いくらいの、笑顔に。
水性ペンで眉毛と口を書かれたキミは、不服そうだけど幸せそうだ。
部屋中のキミに顔を書いてしまえば 、
毎日毎日、パソコン スマホ 会社のスマホという
とにかくいっぱいの紐をそれぞれコンセントに挿して充電をするのが
おっくうでなくなるかもしれない。
部屋には2口タイプのコンセントが2か所。キッチンと玄関には1か所づつ。
全部、笑顔のキミにしようか。
いや、ちょっと眉毛が下がり気味の、困り顔のキミも、推せるかもしれない。
とりあえず、
いつもは面倒くさくてなかなか挿せないスマホの充電器を、
やりすぎくらい笑顔のキミにつないでから考えよう。



出演者情報:平間美貴 03-5456-3388 ヘリンボーン所属

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