古田組・八木田杏子 09年9月13日放送

村上春樹のギフト


村上春樹のギフト

天才が、才能にめざめる瞬間。

村上春樹のそれは、二十九歳の春に訪れた。

一行も小説を書くことなく、
肉体労働をしていた頃のこと。

神宮球場で野球観戦をしていたとき、
彼は突然、不思議な感覚におそわれた。

空から羽根が降ってくるみたいに、
「書きたい」と強く思った。

それは、天の啓示のような感覚。
常人には理解しがたい感覚。

さらに彼は、こう付け加えている。

そういうのは誰の人生にも、
一回くらいは起こるんじゃないかな。
ただ、人によっては見過ごしちゃうのかもしれない。

微かで儚いひらめきを、日常に埋もれさせなければ、
才能が目覚める瞬間は、きっと、誰にでも来る。

村上春樹の確信


村上春樹の確信

誰もがその才能を認めても、
村上春樹は、自分の作品が気に入らなかった。

はじめて書いた小説「風の歌を聴け」で、
新人賞をとったとき、彼はこんな挨拶をした。

四十歳になるまでには、
まともなものを書けるようになりたい。

小説の書き方がわからずに、
自分が扱える材料で創ったものへの不満。

一二年では、書けないという確信。
十年続ければ、書けるという希望。

小説家であり続けるために、
村上春樹は、人生を設計する。

ゆっくり、しっかり育てた才能は、
三十年間、輝き続けている。

村上春樹の世界


村上春樹の世界

光が届かない世界では、色も形も変わってしまう。

色とりどりの珊瑚礁や魚を通りすぎて、
さらに深く潜っていくと、
赤も黄色も、灰色がかった青になり、
そのうち全てが黒になる。
魚の形も、いびつなものになっていく。

人間の心の奥深くにも、
そんな世界が広がっている。

村上春樹は、そこまで降りていく。

自分の魂の不健全さ、歪んだところ、狂気を孕んだところ。
その「たまり」みたいなところまで、
実際に降りていかないといけない。

鍛えあげた肉体を、頼りに。
家族や友人との絆を、命綱にして。

人が立ち入れない世界に行けるから、
人が見たことのない物語が書けるのだ。

村上春樹の仕事


村上春樹の仕事

村上春樹の仕事は、
小説家ではないのかもしれない。

彼は、こう断言する。

注文を受けては小説を書かない。
ものを書く喜びが、なくなっちゃうから。

では、小説を書きたくないときは、何をしているのか。
彼は、翻訳をしている。

文章の技術を磨きながら、
自分の中の抽出を、満たしていくために。

そのあいだに溜まったものを、
引っ張り出して、長編小説がうまれる。

村上春樹は、小説を書くために、生きている。

だから、生きていくための仕事が、
もうひとつ必要になる。

こころのプロフェッショナル


こころのプロフェッショナル

心理学をやると、
人の心が、わかるようになりますか。

そう聞かれると、河合隼雄は、こう答える。

人の心を、わかったつもりになるのが、アマチュア。
人の心は、わからないと思えるのが、プロフェッショナル。

なるほど。
そう思って、まわりを見渡すと。

あの人は、こうだよね。
と言うときは、わかったつもりで終わらせていた。

あの人は、わからない。
と言うときは、その人のことを知ろうとしていた。

では。
いま、となりにいる人は、どうだろう。

エリザベス1世の誕生


エリザベス1世の誕生

エリザベスがイギリスの女王になったときの絵を見ると
王冠をいただいて戸惑うような表情を浮かべている。

実際に
王室の側近フランシス・ウォルシンガムが
はじめて会ったときのエリザベスは
女王としてはまだ心もとない存在だった。

政略結婚を嫌がって、恋人とのダンスに耽る。
大臣の言いなりになって、戦争に負ける。

そんな女王が、暗殺されそうになったとき、
ウォルシンガムは、命をかけて首謀者を追い詰めた。

そして、彼に守られたエリザベス1世は、
髪を切り、女を捨て、イギリスと結婚をする。

ウォルシンガムが、命をかけて見せつけた覚悟が
ひとりの偉大な女王を育てたのだろうか。

エリザベス1世の帝王学


エリザベス1世の帝王学

エリザベス1世は、
何も持っていない女王だった。

私生児と呼ばれ、幽閉され、
命さえ狙われていた。

だれもが、私を、疑う。
だれもが、私を、一度は裏切ろうとする。

どんなに不安が膨らんでも。
女王は、人を信じつづけた。

自分の弱さを隠す、強がりではなくて。
ひとの弱さを許す、強さを持とうとした。

そんなエリザベス1世だから、
弱小国家だったイギリスを、
世界の強国にできたのだ。

エリザベス1世の親友


エリザベス1世の親友

お世辞だとわかっていても、男は喜ぶ。
お世辞だとわかっているから、女は冷める。

だれもが誤魔化して生きる宮殿で、
エリザベス1世は、自分を誤魔化せない。

だから彼女は、飢えていた。
まっすぐ向かってくる人間に。

その男は、世界をぐるりとまわって、
抱えきれないほどの財宝をもって、現れた。

フランシス・ドレーク。
海賊でもある彼は、女王を恐れない。
小賢しいやりとりは、いらない。

女王と海賊は、
取引ではなく、友情で結ばれていく。

エリザベス1世が追い詰められたとき、
型破りな海の王者は、
スペイン無敵艦隊を焼き尽くした。

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