小山佳奈 09年11月21日放送

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「黒澤明 ノート」


天才に努力されたら
凡人はふて寝するしかない。

だが決まって天才は
努力家だったりする。

映画監督、黒澤明は
膨大な量の本を読み
片端からノートに取る。


 創造とは記憶です。
 自分の経験や記憶が
 足がかりになるんであって
 無から創造できるはずがない。


おっしゃる通り。

やっぱり凡人は
ふて寝するしかない。


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「黒澤明 ビフテキ」


 ビフテキの上にバターを塗り
 その上に蒲焼きをのせたような映画


1953年。
映画監督、黒澤明が
誰も見たことのない日本映画をつくろうと
頭に描いたイメージはこれだった。

ビフテキが時代劇。
バターがアクション
蒲焼きが人間ドラマ。

そう。

日本映画史上最高傑作、
「七人の侍」は
構想の時点ですでに
誰もが満腹になる
準備はできていた。


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「黒澤明 主人公」


 主役だけが主人公ではない。
 どんな人間だって
 ある角度から見れば、
 そいつは主人公なんでね。


黒澤明は言う。

だから彼の映画には
どんな端役の百姓にも
名前と年齢がある。

だから存在感のある役者を
キャスティングする。

人生に端役なんてない。


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「黒澤明 出会い」


映画監督にとって
つくることだけが才能ではない。
出会うことも才能。


 鎖につながれた猛獣がいる。


黒澤明は通りすがりのオーディションで
異様なものを見つけた。

「笑ってみて」と言われて
「おかしくないので笑えません」。
憮然と答えるその猛獣の名は、
三船敏郎。

一度はオーディションに落ちた三船を
黒澤が拾い上げた。

その瞬間、
黒澤映画の半分は
出来上がった。








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「黒澤明 三船」


時には狂った獣のように。
時には無邪気な子犬のように。

黒澤映画に出てくる三船は
縦横無尽に跳ねる、駆ける、笑う。
時にはカメラも追いつけない。

その予測不能の動きが
黒澤映画に命を吹きこむ。

黒澤はこう言っている。


 映画は時間の芸術であり、
 時間とは“動き”である。
 “動き”がなければ映画は成立しない。



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「黒澤明 スピーチ」


1990年、
映画監督、黒澤明は
史上3人目となるアカデミー特別名誉賞を受賞した。

映画人生62年目を迎えた80歳の黒澤は、
その壇上でこう言った。


 ぼくはまだ、映画がよく分かっていない。


ひとついえることは
黒澤は映画に関していえば
世界一、強欲で貪欲な監督である。

そしていまでも
黒澤の大きすぎる背中を
世界中の若者が追いかけている。

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