John & yoko
ジョン・レノンが最後に遺した曲は
愛する妻にむけた、
とても優しいラブソングだった。
GROW OLD WITH ME
一緒に年を重ねよう。
ダコタハウスの寝室で、
この曲をヨーコに披露してから
たった一ヶ月後。
2人のラブソングは、銃弾の音にかき消された。
今日は、いい夫婦の日。
大切な人の声に、耳を傾けよう。
植村直己&公子夫人
冒険家、植村直巳。
命がけの挑戦を続ける中、
日本に残してきた夫人との唯一の連絡手段は、
手紙でした。
北極横断の532日間。
夫人にあてた手紙は、105通。
君の作ってくれたおしんこが食べたい。
と甘えてみたり、
迷惑をかけたけど、かんべんして。
と謝ってみたり。
最後は、いつも
元気で。
と、締めくくる。
何気ない言葉の中にも、
暗号のように
愛って隠れているんですね。
今日は、いい夫婦の日。
夕張夫妻
すべてを失ったとき、頼りになったものは、夫婦の愛でした。
北海道夕張市。
財政破綻で、
巨額の負債を抱えた田舎街に
たったひとつ残った財産とは。
シャッターが目立つ商店街で、
老夫婦が手を取りあって営むおまんじゅう屋さんに
答えはありました。
長年の愛です。
2007年、離婚率が日本一低いことに気づいた夕張市は、
夫婦円満の街を宣言。
市役所で交付される夫婦円満証をもらいに
全国から観光客が訪れ、
街は少しずつ活気づいてきました。
今日は、いい夫婦の日。
夕張市役所へは、駅から車で3分です。
龍馬とお龍
坂本龍馬は、
日本の歴史にだけでなく
夫婦の歴史にも革命をもたらした。
1866年、龍馬30歳。
背中に受けた刀傷を癒しに、
妻を連れて、温泉の旅へ。
ここから、日本人の新婚旅行が始まった。
今日は、いい夫婦の日。
江口順也
山口千乃 09年11月22日放送
江口順也 09年9月20日放送
矢沢永吉 12歳
はじめてビートルズを聴いたとき、
あなたは、なんて思っただろうか。
12歳だった矢沢永吉は、
ラジオから流れてきた
“プリーズ・ミスター・ポストマン”を耳にして、
こう思った。
こいつは、儲かりそうだ。
海の向こうのサクセスストーリーを、
矢沢少年は、
他人事では片づけない。
もしかして俺だって、音楽をやれば、
世の中ひっくり返せるんじゃねぇの?
イギリスから来たポストマンが
広島の少年に届けたのは、
ロックスターへの招待状だった。
矢沢永吉 上京
ふるさとを捨て、
ロックスターになるために上京してきた
若き日の矢沢永吉。
その口は、もっぱら二つのことに使われた。
ひとつは、歌。
もうひとつは、ハッタリ。
初めてのマスコミ取材で、
大新聞の記者を相手に
将来の目標を、こう答えてみせた。
10メール先のタバコ屋にもキャデラックで行って、
ピュッとハイライト買えるくらいの男になりたいっすね。
ツテもない。金もない。夢しかない。
ナメられたら、はい、それまでよ。
オレに、還る場所はない。
ヤザワのハッタリは、
自分を夢から逃げさせないための
ディフェンスラインだった。
矢沢永吉 スター街道
階段を一段抜かしで登っていくと、
人よりも早く、てっぺんに着く。
矢沢永吉の生き方には、
そんな無言のルールが感じられる。
初めてのライヴハウス、皆が浮かれているときに。
ヤザワは独り、それをどうレコード会社に売り込むか考えていた。
デビューバンドが、全国のチャートを沸かせているときに。
ヤザワは独り、世界の音楽シーンへの挑戦を考えていた。
いつも周囲より、一段先へ、先へ。
それが幼いころからの矢沢のクセであり才能であり、
孤独。
お前らとは夢のデカさが違うんだ。
そう心に秘めながら、走り続けたその道を、
人は後から、スター街道と呼んだ。
矢沢永吉 臆病
みずから敵の間へ躍り込んでいくのは、
臆病の証拠であるかもしれない。
と言ったのは、ニーチェだ。
矢沢永吉は、自身を臆病者と呼ぶ。
「大丈夫かな?」
「今のオレは、間違ってないか?」
「後悔してない?」
「これでいいのか?」
そういつも、自分にクエスチョンしている。
臆病なやつは、常に怖れているから、
次にどうすべきかを必死で探る。調べる。計算する。
大胆なライオンよりも、
本当に恐いのは、
臆病なライオンのほうだ。
矢沢永吉 どん底
てっぺんを走っていた男は、
ある日、どん底へと突き落とされる。
スタッフに裏切られ、
35億円というフザけた借金を
ひとり背負わされた、矢沢永吉。
傷つき、落ち込み、苦しみ抜いて、
しかし男は、こう考えるようになった。
これは、矢沢永吉という役なわけ。
田舎から夜汽車に乗って上京し、
いろいろ苦労して最後にスーパースターになるって役さ。
悪くないだろ?
視点を変えれば、気持ちが切り替わる。
地獄から這い上がったスターは、
いま苦しい人に、強く語りかける。
リストラされたって、借金を背負ったって、それは役だと思え。
苦しいけど死んだら終わりだから、本気でその役を生き切れ。
矢沢永吉 スタイル
テクノロジーが、あっという間に、
ものごとや価値観を変えていくようなときに。
矢沢永吉は、こう答えを出した。
ひとつだけわかったことはね、
ダウンロードできないものを作らないといけないと思ったの。
すべては検索でき、すべてがデジタルコピーできる時代。
歌はダウンロードできる。
しかしスタイルは、ダウンロードできない。
矢沢永吉 Happy Birthday.
時間よ止まれ。
かつて、
そんなタイトルで日本中を酔わせた
矢沢永吉も、
五日前に60歳の誕生日を迎えた。
Happy Birthday、永ちゃん。
二十代の終わりに出した
自伝「成りあがり」を開くと、
こんなことが記されている。
50になってもケツ振って
ロックンロールを歌ってるような
かっこいいオヤジになってやる。
今夜、開かれるのは、
予言の年齢を10も超えた
「還暦記念ライヴ」。
その公演タイトルはズバリ、
「ROCK’N’ROLL」。
江口順也 09年8月9日放送
バスケットマン、桜木。
10代を部活に明け暮れたやつは、
夏になると、あの頃を思い出す。
部活は、家。
そこには、絆があって、居場所があって、いざこざもあって。
部活は、檻。
そこから、みな一度は脱走を企て、縛られない自由に憧れて。
部活は、幻。
そこでの、とくべつな日々はいつか終わるという覚悟の下で。
湘北高校バスケ部に入部した、桜木花道は、
夏の体育館で、シロートから天才への進化を遂げる。
その姿を、かつての部活少年、部活少女たちはみな、
ハラハラと、自分のことのように見守った。
だから、漫画「スラムダンク」は、1億冊も売れたんだろう。
みんなブーブー言いながら、部活が、大好きだったんだ。
キャプテン、赤木。
夏の体育館は、
やる気なき者を追い出しにかかる。
肺がヤケドするかのような、熱の篭もった空気。
足を滑らそうと狙ってくる、汗まみれの床。
膨れ上がったボールは、本気でキャッチしないと、突き指をする。
そんな体育館を、湘北バスケ部キャプテンの赤木は、
誰よりも愛していた。
弱小チームでありながら、心はいつも全国制覇。
そのスピリッツに、僕らはいつも励まされた。
大人になった今も、ちょっと何かを怠けていると、
すぐに頭の中に聞こえてくるようだ。
あの、キャプテンの口癖が。
「ばかもん!」
夏が来ると、部活の日々を思い出す。
青春のバスケ漫画「スラムダンク」を、思い出す。
シックスマン、木暮。
多くの少年少女は、
10代の夏に、
初めての挫折を味わう。
「補欠」という現実。
部活の試合に出られない、レギュラーになれない、自分。
ある者は、悔しさをバネにする。
ある者は、悲しみにふさぎ込む。
ある者は、調子よくやり過ごし、
ある者は、不公平だと憤る。
ところが湘北バスケ部の控え選手、3年の木暮は、そのどれでもなかった。
自分を追い抜いていく後輩の成長を心から喜び、
負けじと、自らも練習に励んだ。
メガネ君と呼ばれた、その彼は、レンズの奥から、
いつもチーム全体を見ていたのだ。
木暮君が放ったシュートで、
ラスト1分、勝てば予選突破という最終試合。
湘北高校は見事に全国行きを決めた。
夏が来ると、部活の日々を思い出す。
青春のバスケ漫画「スラムダンク」を、思い出す。
No.1ガード、宮城。
なんで、オレの敵はいつも、スゴイやつばっかなんだ。
なんで、オレより皆、10cmも背がでけーんだ。
なんで、オレはそれでも、まるで負ける気がしないんだ。
なにをして、オレはあいつらに、一泡吹かせてやろうか。
まったく・・・ アヤちゃん。
バスケ部のマネージャーだったキミに、
一目惚れなんてしたばっかりに。
こんな楽しいことになっちまった。
夏が来ると、部活の日々を思い出す。
青春のバスケ漫画「スラムダンク」の、
宮城リョータを思い出す。
天才シューター、三井。
かつて男はスターと呼ばれた。
バスケットボールで、かなうやつは殆どいなかった。
悲劇は突然。大怪我。長引くリハビリ。
拭えない焦りと、チームから必要とされなくなる恐怖。
そんな葛藤から、いつしかバスケを憎むようになっていた。
気がつけば、体育館に土足で殴り込んでいた。
しかし――――
安西先生・・・ バスケが、したいです。
憧れの恩師の前で、男はウソをつけなかった。
バスケなんか嫌いだ、というウソを。
こうして、天才シューター 三井 寿 は再びコートに戻ってきた。
チームのためにすべてを捧げているうちに、
かつての自分を、とっくのとうに越えていた。
夏が来ると、部活の日々を思い出す。
青春のバスケ漫画「スラムダンク」を、思い出す。
スーパールーキー、流川。
二の腕が痛いほど、シュートを打ち込んだか。
両ヒザが笑うほど、ダッシュを繰り返したか。
目と閉じても、ゴールまでの距離が分かるか。
画面に穴が開くまで、対戦相手のビデオを見たか。
全身の筋肉と関節を、とことん苛め抜いたか。
バッシュを何足、履きつぶしたか。
勝つイメージを、何種類描いたか。
すべてにYesと答えられなければ、
湘北バスケ部のルーキー、流川と戦うには、まだ早い。
日本一の高校生を目指してるあいつのことだ、
おめーにかまっているヒマはねぇ、
なんて言われんのが、オチさ。
夏が来ると、部活の日々を思い出す。
青春のバスケ漫画「スラムダンク」を、思い出す。
安西先生
安西先生は、言った。
あきらめたら、そこで試合終了だよ。
かつてスラムダンクという漫画が、
社会現象的にヒットする中で。
このコトバはいちばんの名ゼリフとして、
どんどん一人歩きしていった。
恋愛も、
犬のトイレのしつけも、
CO2削減も、
あきらめたら、そこで試合終了だよ。
そんなふうに言われたら、
あきらめるわけにいかない。
だって、試合を途中で投げるなんて、
部活少年のやることじゃないじゃないか。
井上雄彦
高校のバスケ部を描いて人気絶頂だった
漫画「スラムダンク」は、
全国トーナメント第二戦という
中途半端なところで突如連載を終了した。
作者の井上雄彦は、こう言った。
前の試合よりも、
つまんない試合は絶対描きたくなかった。
バスケの神様マイケル・ジョーダンが、
これ以上、最高のプレイを見せることができないという理由で
引退したように。
井上の引き際は、まさにスポーツマンのそれだった。
山口千乃 09年7月25日放送
平良とみ
おばあさん。
沖縄語で、おばぁ。
沖縄のおばぁ役として
活躍する女優、
平良とみは、
若い人たちに
沖縄の言葉、「うちなーぐち」を語り継いでいる。
なまや 自然も環境も いっぺぇ変わとぉーぐとぉ、
うちなーぐちびけーる うちなーんかいや ぬくぅてぃうらんさー
いまは、自然や環境が、どんどん変化して、
言葉にしか沖縄が残っていないんです。
穏やかに流れる波のような、
おばぁのうちなーぐち。
言葉は世界遺産にならないものか。
マルコ・パンターニ
明日はツール・ド・フランス最終日。
地球上で最も過酷なレースと言われる
戦いの王者は誰かと、
パリ中のビストロで噂が飛び交っている。
10年前。
その栄冠を二本の足でもぎ取った
イタリアの英雄、
マルコ・パンターニ。
<走る哲学者>と呼ばれた彼は、
「なぜ、そんなに速く走れるのですか」
インタビュアーの質問に、こう答えたという。
1秒でも速く、この苦しさから解放されたいのさ。
人はなぜ走るのか。
そのとき、世界中が考え込んでしまった。
フェルディナンド・バイエル
彼が作った多くの曲は、
コンサートホールで演奏されることもなければ、
レコードやCDでかけられることもない。
しかし、最も多くのピアニストたちに弾かれている曲。
「バイエル ピアノ教則本」
今日は、その作者、
フェルディナンド・バイエルの誕生日だ。
ショパンやヴェルディといった大作曲家たちが
貴族や王族に捧げる大作で覇を競い合う中、
バイエルは生涯をかけて、
庶民のための小さな曲をこつこつと作り続けた。
そんなことは露知らず。
今日も、小さな手をしたピアニストたちが、
彼の曲から生まれている。
スナフキン
旅の達人が、言った。
何でも自分のものにして、
持って帰ろうとすると、難しいものなんだよ。
ぼくは、見るだけにしてるんだ。
そして、立ち去るときには、
それを頭の中へしまっておくのさ。
そのほうが、カバンをうんうんいいながら運ぶより、
ずっと楽しいからね。
旅に必要なものは、
孤独を恐れないこと、ほんの少しの音楽、
そして、とんがりぼうし。
旅を楽しむ人、スナフキンの荷物は軽い。
ノエル・ギャラガー
90年代ブリティッシュ・ポップを代表する
oasisのギタリスト、ノエル・ギャラガー。
まだデビューも
おぼつかないころに
こう言ったそうだ。
ALL AROUND THE WORLDは、3rdアルバムに入れる。
数年後、
リリースされたサードアルバムは、
ヒットチャートを席巻。
そこにその曲は、
確かに収録されていた。
ロックスターは、
過剰な自信家であるべきだ。
ウォルト・ディズニー
悲しいことに、
人には、向き不向きがある。
時にそれは、人から夢さえ奪うことも。
ウォルト・ディズニー。
彼は若い頃、夢にも思わない理由で、
新聞社での仕事を失っている。
「ウォルトは想像力に欠け、よい発想は全くなかった。」
しかしその後、
彼が別の道で想像力を発揮して、
夢の国を作り上げたのはご存知の通り。
しあわせなことに。
人には、向き不向きがある。
スティービー・ワンダー
目を閉じて、聞いてごらん。
スティービー・ワンダーは、言った。
目が見えなくて良かったと思っているんだ。
この方が、人生がよく見えるからね。
彼は、肌の色や身なりの違いで
人を判断することが
いかにばかげたことかを教えてくれた。
江口順也 09年6月13日放送
ビル・ゲイツ
毎週月曜日には、
ビル・ゲイツの言葉を噛みしめたい。
自分が出したアイデアを
少なくとも一回は人に笑われるようでなければ、
独創的な発想をしているとはいえない。
そして、火、水、木、金と、
結局なにかを生み出すことができなくても、
また次の月曜日には、
同じ言葉を口にしたい。
いつかきっと、その仕事に、その日々に、
大きなWindowが開くことを信じて。
マーシャル・マクルーハン
テレビにとって、映画のスクリーンにあたるものは何か?
この問いに、何と答えるべきか。
ブラウン管? いや、液晶画面?
ところがマクルーハンの答えは、まったく違った。
テレビの場合、映画のスクリーンにあたるものは視聴者である。
彼は、テレビという巨大な大衆メディアに映し出されるのは、
ふつうの人々、
つまり私たち自身の、夢や欲望、生活や人生が
コンテンツだと言い切ったのだ。
近頃、テレビがつまらない、という声をよく聞く。
それって、だれのせい?
マルセル・プルースト
人はときどき、タイムスリップする。
ふとした匂いを嗅ぐことによって。
埃っぽい雨の匂いに、なにかを思い出したり。
公園の芝生の匂いに、いつかを思い出したり。
そんな体験を、「プルースト現象」と言うそうだ。
家マルセル・プルーストは、
生涯の大半をかけて、
記憶喪失の主人公が、
紅茶に浸したマドレーヌの匂いによって
過去を思い出す。
という長編小説を書いた。そのタイトルは、
『失われた時を求めて』。
プルースト自身は、
どんな過去にタイムスリップしたかったのだろう。
彼は、その人生の最後に、
ママ!と叫んで、
息を引き取った。
山崎富栄
うどん屋の屋台で、
小説家のオサムに恋をした夜。
サっちゃんは日記にこう書いた。
戦闘開始! 覚悟をしなければならない。
それは、戦さのような日々の始まりだった。
血を吐きながら執筆するオサムに寄り添い、
秘書として、恋人として、母として、看護婦として、
サッチャンは彼を支え続けた。
男が、よそで設けた私生児への養育費すら、
自分の貯金をはたいて、毎月こっそりと支払った。
そして、61年前の今日、
1948年6月13日。
その恋は、終戦を迎える。
太宰治と、その愛人サっちゃんこと、山崎富栄。
入水自殺。
幸せな死に方をして、ごめんなさい。
と、遺書に残した彼女は、
勝ったのだろうか、負けたのだろうか。
リバー・フェニックス
あんなに大勢の女の子を
一度に泣かせた男は、
いなかったんじゃないか。
リバー・フェニックスのことだ。
死体置き場の中で、いちばん美しい死体になりたい。
なんてカッコつけて、
雑誌のインタビューに答えていた彼は、
その後本当に、23の若さで、
死体置き場に転がった。
友達のナイトクラブで、
友達にすすめられたドラッグを、
断り切れなくて。
あとはただ、
泣きじゃくる女の子を前に
困り果てた男の子たちが、
世界中の国にいたことを
覚えている。
アンドリュー・カーネギー
かつて、
経済には
ロマンがあった。
人生の前半をかけて、
莫大な金を稼いだ、
アメリカの大富豪カーネギー。
彼の人生の後半は、
持てる財産のすべてを
社会のために使い切ることに
費やされた。
その理由が、ロマンチックだ。
金持ちのまま死ぬなんて、もっとも恥ずべき死に方だ。
いま、カーネギーがいたら、
この経済危機に、
何て言っただろう。
レイ・クロック
マクドナルドの創業者、
レイ・クロック。
そのビジネスエピソードには、
凄味がある。
よく彼は、夜中にライバル店のゴミを漁り、
仕入れや消費のヒントを探したという。
そこから名づけられた、
自伝のタイトルは、
『成功は、ゴミ箱のなかに。』
どうやら、
空を見上げて
ただ成功を夢見ていても、
いいことなんて
なさそうだ。
江口順也 09年5月3日放送
村上春樹
メロスは、
友の信頼に応えるために
走り続けた。
村上春樹氏は、
なんのために
走り続けるのだろう。
彼は、小説家になって以来、
フルマラソンに挑み続けている。
12時間をかけて、
100キロを走破したこともある。
なぜ、そこまで自分を追い込むのか。
彼はこう答えた。
小説には毒が必要だ。
自分の中にある毒なるものを抽出するためには、
肉体は健全でなければならない
春樹氏が走り続ける限り、
ファンたちが裏切られることはないだろう。
飯島 愛
おなじ町内に住んでいて。
時おり姿を見かけると
とびきりセクシーで。
ほんとにこの辺の住人かな、
と思うような年上のお姉さんが
どんな街にもいる。
そんな子が、
突然ある日、遠くへお嫁に行ってしまった。
去年のクリスマス。
飯島愛さんが
もういないと聞いたとき、
そんな感じがしませんでしたか。
トーマス・エジソン
亡くなる2年前。
エジソンは、こんな問題を出した。
一、 1億円の遺産があったら、何に使うか。
二、 幸福 快楽 人気 名誉 財産 愛情の中で、
いちばん欲しいものは何か。
三、 死ぬ前に人生を振り返るとき。
何をもって、成功だったか失敗だったか、判定するか。
四、 どういう場合に、うそをついてもよいと思うか。
不況にあえぐ世界の行く末を心配した彼は、
みずから資産を投じた奨学金制度を設け、
そのテスト問題も、みずから考案したのだ。
技術や知識より、人間性を問うたこの4問。
エジソンが最後に発明したかったもの、
それはきっと、
希望だった。
香山リカ
ふと声が聴きたくなる。
そんな、古い友だちはいますか。
むかしよく遊んだその女の子は、
愛くるしい顔立ちだった。
デザイナーの母と、
フランス人音楽家を父に持つ、
裕福な家柄。
いつもキレイに着飾った彼女といると、
まるで自分まで、
セレブの仲間入りをしたような気になれた。
落ち込むことがあった日は、
その子によく電話したものだ。
ケータイなんて、なかった時代。
黒電話の受話器から聞こえてくるその声は、
いつだって、やさしかった。
もしもし、わたし、リカちゃん…
今もきっと、
どこかの少女の悩みを聞いてあげている。
今日は、リカちゃん人形の誕生日。
エリオット・スミス
多くの天才たちがそうあるように
彼もまた、短命だった。
享年34才。
多くの天才たちがそうあるように
彼もまた、苦悩していた。
うつ病、薬物、アルコール依存症。
多くの天才たちに続くことなく
彼だけは、スターになることを拒絶した。
アカデミー賞 授賞式での演奏後。
僕はこんな世界に住みたいとは思わない。
でも1日だけなら月の上を歩いてみるのも悪くなかったよ。
ローリング・ストーン誌による
史上最も過小評価されているギタリスト25人に選ばれた男、
エリオット・スミス。
エイブラハム・リンカーン
世界は一つしかない。
それを、
上から見下ろす人と、
下から見上げる人が、
いるだけだ。
22歳で破産し、
無一文になったリンカーンは、
8度の落選を経て
大統領になった。
あるとき、
廊下の片隅でしきりに靴を磨いていると、
そんな真似はおやめくださいと
秘書にたしなめられる。
リンカーンは笑った。
靴磨きは、恥ずかしいことかね。
大統領も靴磨きも、どちらも人のために働く仕事だ。
下から見た景色を胸に焼き付けて、彼は、一番上に立った。
そして、全米の奴隷が解放された。
エルネスト・ゲバラ
革命への情熱ひとつで
キューバにやって来たエルネストは、
だれにでもよく声をかけた。
ねぇ、体の調子は大丈夫かい。
ねぇ、俺たちで世界を変えよう。
ねぇ、ねぇ、ねぇ。
子どもに、農民に兵士に、
人懐っこく呼びかけるこの口癖は、
いつしか彼のアダ名となっていく。
母国、アルゼンチンの言葉で、
「チェ」
エルネスト・ゲバラを、
民たちの愛が、
チェ・ゲバラに変えた。
泉 重千代
ユーモアとは、
心の健康をあらわす言葉では
ないだろうか。
120歳で世界最長寿の
記録者となった泉重千代さんは、
取材陣に、
好きなタイプの女性を聞かれ、
こう答えている。
やっぱり、年上の女かのぅ。

江口順也 09年4月26日放送
チャーリー・チャップリン
TVをつければ、お笑いだらけ
新聞をひらけば、笑えないことばかりの
あべこべなまいにち。
かつて暗黒の時代に、
世界中の人をゲラゲラさせたチャップリンはこう言った。
ヒトラーという男こそ、
笑い者にしてやらねばならないのだ
さて。
僕らはいま、だれを笑い者にすればいいのだろうか。
野比のび太
少年は、落ちこぼれだった。
でも、
あきらめのいいところがぼくの長所なんだ
そう言ってケロリとしていた。
今もってる自転車は嫌いだ!乗れないから
そう開き直ったりもした。
社会なんて、知れば知るほど、デタラメなのかも。
ときどき人のせいにした。
でもある日、こんなことに気づく。
いちばんいけないのは、じぶんなんかダメだと思いこむことだよ
その言葉に、おとなもこどもも励まされた。
少年の名は、野比のび太。
日本人は、彼といっしょに大きくなった。
ロベルト・グッチ
グッチが欲しいわ。
今日もだれかが、だれかに、おねだりしている。
15年前。その名をめぐり、
激しく身内で争ったグッチ家の人々は、
グッチの名前を、資本家に取り上げられてしまった。
いま、三代目のロベルト・グッチ氏は、
一族の誇りをふたたび取り戻そうと、
まったく新しいブランドを立ち上げている。
決してグッチの名前を出してはならない、
という約束のもとで。
グッチが欲しいわ。
そう言ったかどうかは、だれも知らない。
カズ
だれより先に、世界へ飛び出していった。
だれより先へと、日本を引っ張った。
だれよりもたくさんイメージし、
だれよりも、その日を夢見ていた。
でもカズは、ワールドカップに出られなかった。
だれよりも、サッカーの神様を愛していたのに。
そんなカズがよく使う言葉、
ボア・ソルチ。
ポルトガル語で、GOOD LUCK、だそうだ。
イシ
まだ、グローバル化という言葉はなかった。
1915年のこと。
インディアン狩りに追われ、
死を覚悟で白人の町に現れた
人類最後のインディアン、イシは、
世界に別れのメッセージを残した。
あなたは居なさい、ぼくは行く
それは、部族に代々伝わる
ヤヒ語で語られた、最後の言葉だった。
ひとつの言語が消える瞬間。
英語は、殺し屋だった。
たけしさんと関根さん
その番組には、たけしさんがいた。
面白いことは全部、たけしさんが言ってしまう。
男は、もがいていた。
そんなある日、彼は、
ほんとうにどうでもいいようなことを言ってみた。
ふと思いついた、本当に本当に、どうでもいいことを。
今のVTRに出てきた人、次男っぽいですよね
スタジオは、
笑いの渦に包まれていた。
だけしさんも、笑っていた。
その男とは、関根勤さん。
どんな場所にも、ポジションは、きっとある。
スティーブ・ジョブス
天才の条件。
その一つは、
いつまでも子供でいられること。
利害や損得を気にせず、
情熱や好奇心で動けること。
10年前、スティーブ・ジョブスは、
つぶれかけた古巣のアップル社に、
わずか年俸1ドルで復帰した。
やがて、
1年で、imacが。
5年で、ipodが生まれた。
天才の給料は、いまも1ドルのままだという。
王貞治
世界のホームラン王と言われた
王貞治のバットから、
まったく音が消えてしまったことがある。
第699号を打ってからの20日間。
あと1本が、どうしても出ない。
焦る姿を見かねた知人は、
ある一言をアドバイスしたという。
その翌日。
第700号ホームラン、達成。
いったい知人は、何と言ったのか。
あと1本で700ではなく、
あと101本で800だと思えばいいさ
数字の魔法が、王様を救った。























