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薄景子 09年01月10日放送

西原理恵子

二十歳のころ  西原理恵子

笑うのではなく、笑い飛ばす。
西原理恵子のマンガを読むと、腹の底から力がわく。

19の時、上京。
手もとの100万円は、自殺した父が残した140万円から
母が娘に託したお金だ。
一銭たりとも無駄にできないそのお金で、美術の予備校に通う。

何をやっても落ちこぼれだった西原が、絵の道を選んだのは、
絵だけがかろうじて普通のレベルだったから。
翌年、火事場の馬鹿力で美大に合格。

才能もプライドもなかったおかげで、在学中からエロ雑誌のカットを描く。
絵の具を買うためにミニスカパブでバイト。
腹が立っても笑顔でいたら、顔面麻痺になった。

そんな二十歳のころをセキララに描いた「上京ものがたり」。
最後のページにこんな言葉がある。


 つぎはなにをかいたら しんどい人はわらってくれるかなあ

失敗も修羅場も、ネタにしちゃえばガハハハ。
西原のマンガは、たくましくて、あったかい。

斉藤里恵

二十歳のころ 筆談ホステス

筆談ホステスこと、斉藤里恵。
青森から銀座にきて2年でナンバー1となる。
耳が聴こえない彼女の会話は、すべて筆談だ。

人工内耳を埋め込んでみたものの
激しい頭痛に悩まされ、
結局、音のない世界を選択したのは
二十歳になろうとするときだった。

ある客が「辛い」という字を書けば
横線一本足して「幸せ」に変え、メモをわたす。


 辛いのは幸せになる途中ですよ。

音のない言葉は、耳ではなく、胸に響く。

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薄景子 09年11月15日放送

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山田洋次と黒澤明

78歳にして現役。映画監督、山田洋次は、
48作品に及んだ「男はつらいよ」終了後も次々と新作にとりかかる。
「好奇心がある限り、映画を作り続ける」
彼の信条に大きな影響を与えたのは、晩年の黒澤明監督だった。

それは、山田監督が黒澤監督の別荘に訪れたときのこと。
できたてほやほやの、「まあだだよ」の脚本を
読むかい?と言われ、山田監督は大興奮。
部屋にこもって一心不乱に読みふけていると、
すーっと扉があいては、黒澤監督が覗きにくる。
「どこまでだい?」「ここまでです」
短い言葉のやりとりを何度か重ねた後、
ここぞという瞬間を見計らって
黒澤監督はラジカセのスイッチを押した。

流れてきたのは、イタリアのカウンターテナーの美しい歌声。
「その辺からな、この音楽が入るんだ」
敬愛する監督の無邪気な笑顔が、後輩の脳裏に焼きついた。

いくつになっても映画少年のままだった大巨匠。
世界のクロサワが残したのは、
偉大なる映画史と、永遠の映画少年たち。

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薄組・薄景子 09年10月18日放送

魂の待ち時間


魂の待ち時間 ミヒャエル・エンデ

時間どろぼうを描いた「モモ」で知られる、
ドイツ人作家、ミヒャエル・エンデ。
彼のコラムに、インディアンの興味深い話がある。

中米奥地の発掘調査団が
荷物の運搬役としてインディアンのグループを雇ったときのこと。

初日からすべり出し好調。
作業は予想以上にすすむが、
5日目、インディアンたちは地べたに座り込み、
無言のまま、ぴたりと動かなくなった。

叱っても、脅しても、全く動じない。
調査団も根をあげたその2日後、彼らは突然立ち上がり、
荷物を担ぎ上げ、予定の道を歩き出したという。

ずっと後になって、
インディアンのひとりが初めて答えを明かした。

 「わしらの魂があとから追いつくのを、
 待っておらねばなりませんでした」

スピード化、効率化、24時間営業。
次なる便利を求めて、前へ走り続ける文明社会に
もはやゴールは存在しない。

エンデが空想した「時間どろぼう」が
現実となった今。
私たちが、腰をすえて
置き去りにした魂を待つには、果たして何年かかるだろう。

見つかる時間


見つかる時間 森 瑶子

あの17年間は、なんだったんだろう。

与えられたレールにのって
大嫌いだったヴァイオリンを
泣きながら練習した日々。
しかしこの先、一生ガマンすることに耐え切れず、
17年のヴァイオリン人生を捨てる。

その後、彼女は
誰からも教えられたことのない小説を
すらりと書き上げた。

森瑶子38歳。
処女作「情事」、すばる文学賞受賞。

彼女は言う。

 「何かを好きで好きでたまらないほど、
 好きになれるのは、天賦の才なのだ」

その「何か」が見つかるまでの時間は、
人それぞれ、
寿命のように定められているのかもしれない。

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薄景子 09年8月22日放送

金澤翔子

母と娘の書-金澤翔子

娘は右上がりに書くということが
理解できなかった。
母はプールに行く坂道を
いっしょに何度も上り下りし、
右上がりを体で教えた。

ダウン症の書家、金澤翔子。
競争を知らない彼女の書には、
邪念のかけらもなく。
見るだけで涙を流す人がいる。

お金の多い少ないも、ジャンケンの勝ち負けもわからない。
社長さんも、ダンボール暮らしも、みな同等。
庭に咲いた白い花に手を合わせ、深々と頭を下げる。

いつの日か、将来の夢をきくと、
「三日月になりたい」と
片言で言う。
ただそこにあり、まわりに照らされ、
優しく光る月のような人。

千人にひとりの、染色体が一個多い赤ちゃんに
かつて絶望した母は、今こう言う。


 千人にひとり、選ばれてこの世に降り立った

フジ子・ヘミング

女の手-フジ子・ヘミング

悪い夢をみている、と彼女は思った。
一流のピアニストとして認められるはずのリサイタル。
その直前、耳が聴こえなくなった。
ポスターが街に貼られる中、
演奏会はキャンセル。
「私の出番は、天国にしかないだろう」
そう、長い間思っていた。

フジ子・ヘミング。
その半生は、波乱つづき。
一時は聴力を失い、国籍を失い、
生きていくために、病院で掃除婦をして過ごした。


 その経験が大切に思えることが、いつか必ずあるのよ

美しい手をしたピアニストがあふれる中、
フジ子の手はゴツゴツしている。
労働をかさねた、その手でしか弾けない音は、
一音一音、生きものように鳴る。

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