2009 年 8 月 のアーカイブ

五島のはなし(37)

五島の実家に置いてあった
小学校の卒業文集を開いてみたら、
将来の夢「プログラマー」と書いてありました。
今の自分のパソコンの使えなさを考えると
正直意味がわかりません。

そのころパソコンを使っていたわけでもありません。
ただ、小学生にしてメンズクラブを愛読し、
誰よりも早くパソコンを購入した友人に影響されていたことは覚えています。

「メンズクラブ」と「パソコン」にあこがれた島の小学生は、
それが何かも知らないのに夢は「プログラマー」と語り、
高校時代は将来「NASA」で働くとほざき、
部活はずっと「バスケットボール」で、やがて
「アメリカ」に留学し、日本に帰って「コピーライター」になりました。

僕が死んだら、
墓には「もっと横文字を」と刻まれることでしょう。

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Vision収録見学記(仮)予告

まだ「ギャル」とかろうじて呼べるふたり、
熊埜御堂由香(クマ)と石橋涼子(イシバ)の収録見学記を
おとどけします。
たぶん…来週あたりから。

週末のJ-waveは怖いぞ〜
いっぺんトイレに出るともう中に入れなくなるぞ〜
と、脅されまくり
オシッコも我慢しながら頑張ったふたりは
さて、どんな体験と学習をしたのか。
お楽しみに。

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五島のはなし(36)

36回目です。
祝、僕の年齢と同じ回数。
12で割り切れる数字です。つまり丑年、年男です。
年始に見た占いに、丑年の人は今年活躍するでしょう、
特に「広告・出版」業界の人は、目覚ましい活躍をします。
と書いてありました。
いまのところ、その占い師に「うそつき!」と叫びたい状況です。

さて、今回実家に帰ったら、親が僕の大学時代の荷物
(大学卒業と同時に留学したので、まとめて島に送っていたらしい)を
整理していて、そしたら、そのころにもらった手紙が
どっさり出てきました。手紙をやりとりしてたんだなあ~としみじみ。
まだケータイ(メール)ありませんでしたからね。

その中の多くは死んだ祖母からのもので、
すべて現金書留でした。
手紙が入っていて、読み返してみたら、しめくくりはいつも
「ばあちゃんからお金をもらっことは誰にも言わないように」

そのころ祖母はうちの母にお金の管理をまかせていて、
お金を送っているとなると「甘やかすな」と咎められるので
そう書いたのでしょう。
実際、母は頻繁に小遣いをせがむ祖母に
「また何に使うつもりね?」と小言を言ってたらしいです。

この夏、そのお金が僕(やたぶん他の孫たちも)に送られていたこと、
筆不精だった祖母が一所懸命手紙を書いていたことを、
はじめて知った母は泣いたそうです。
そのせいもあってか、この夏は母の孫たちへの応対が
いつもよりやさしく、僕としては、
「ばあちゃん、グッジョブ!」という気分でした。

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五島のはなし(35)

ぼくの実家から歩いて2分くらいのところに、
「明人堂」があります。
かつて、明の国から五島にやってきて貿易なんかを
活発に行っていた「王直」という人がまつられています。

有吉佐和子は、その著書の中で五島にふれ、
種子島に鉄砲が伝わる以前に、すでに日本に鉄砲が入ってきてたんじゃないか、
それにこの王直が一枚かんでたんじゃないか、
その証拠に、王直は鉄砲に使う火薬を交易の品として運んでいた、
さらに種子島に鉄砲が伝わったとき、この王直の名前が出てくる
という説を述べています。

「鉄砲伝来、実は五島が先だった」ら。
もっと五島はメジャーだったのに!日本史の教科書でみんな必ず覚えるのに!
宇宙センターだって五島にできてたかもしれないのに!

ちなみにその王直さんのことを父に聞いたら(父は市役所で働いていた)、
「王直さんは中国の〇〇省出身で、わざわざそこに姉妹都市を結びに行ったよ~」
なんて言ってました。
先方では「へ~、そんな人いたんだあ、じゃあ、姉妹都市になりましょう!」
と歓待してくれたそうです。

明人堂

明人堂

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五島のはなし(34)

昨日、世界陸上男子マラソンで
6位に入賞した佐藤敦之(さとうあつし)選手。
北京五輪では最下位の76位で、
まさに「どん底」を味わって臨んだ大会でした。

40キロを過ぎての激走で2人を抜き、
ゴールを駆け抜けたとき
天を仰ぎ大声で何度も叫んでいました。

直後のインタビュー。
「もう陸上をやめようと思ったけれど、ある人から、
どん底からはい上がるのが会津の人間だ、と言われて・・・」

感動的でした。
と同時に「どん底からはい上がるのが会津の人間だ」にしっくりくるのは
「会津」だからだよなあとも考えました。
もし僕がどん底を味わっていて、五島の人間から、
「どん底からはい上がるのが五島の人間だ」と言われたら
思わず顔を上げて、「ほんと~?」とつっこみたくなります。

どん底の五島人に、他の五島人が、どんな郷土魂を根拠にして励ますか。
考えてみたのですが、そもそもそんな郷土魂が希薄な気がします。
あえて言うなら、
「どん底っちいうたっち、生きていかんばしょんなかろーもん」
(どん底だろうがなんだろうが、生きていくしかしょうがないでしょ)
かなあ。

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保持壮太郎+小野麻利江 09年8月23日放送

コンラート・ローレンツ


コンラート・ローレンツ

– 保持壮太郎 –

夏。
あちこちの玄関先に、
アサガオの鉢植えが並ぶ。

いままで
どれだけの小学生が
自由研究と称して
アサガオ観察をしたことだろう。
もはや研究され尽くしたと
言ってもいいはずなのに。
また、この夏も。

でも動物行動学者の
コンラート・ローレンツの
言葉を聞いてちょっと納得する。

誰もが見ていながら、
誰も気づかなかったことに気づく、
研究とはそういうものだ。

ことしも
新しい研究成果に
期待しよう。

ロバート・ソロー


ロバート・ソロー

– 保持壮太郎 –

天才たちの生きる世界を、
しばしば僕たちは想像する。

ゴッホの目から見た風景は、
きっと鮮やかな色彩に満ちている。
フェルマーだったら、
世界にいくつもの数式を見るだろう。
ラフマニノフならば、
そこに美しいメロディを感じるはずだ。

経済学者はどうだろう。
マクロ経済学の巨匠、
ロバート・ソローはこう答えた。

私は何を見てもセックスのことを連想してしまう。
極力、私の論文からはそのことを排除するようにしているが。

なるほど。

オスカー・ハマースタイン2世


オスカー・ハマースタイン2世

– 小野麻利江 –

ミュージカル「サウンド・オブ・ミュージック」の中で、
主人公のマリア先生が
雷を怖がる子供たちのために歌う、
「My Favorite Things」。

子猫のひげや、銅の光るケトルなんかのことが歌われる
風変わりな歌詞だけど、
わたしが、オスカー・ハマースタイン2世の代わりに
歌詞を付けたとしたら、
「お気に入り」たちに、何を選ぶだろう。

柴犬のしっぽ。
良く冷えた牛乳瓶のふち。
ぎょうざの羽のパリパリ。
水たまりに浮いた虹色の油。
飛行機から見る雲。
東京タワーの明かりが、消える瞬間。

挙げるときりが無いから、もうやめておくけど、
これだけは歌詞のとおりだ、ってことが、
いま、はっきりとわかった。

 悲しい気持ちになるときは、
 私はただ 自分のお気に入りを思い出す
 そうすれば、そんなにつらい気分じゃなくなる。

ディック・ブルーナ


ディック・ブルーナ

– 小野麻利江 –

いつも正面を向いている白いウサギ、ミッフィー。
自転車に乗るときも
自転車は右に向かって進んでいるのに
ミッフィーは顔をこちらに向けている。

前を向いて歩きなさい!
お母さんにいつも叱られていた小さな女の子は
ミッフィーが不思議だった。
ウサギさんはよそ見をしてもいいの?

そんなミッフィーの生みの親は、
ディック・ブルーナ。

キャラクターはいつも、
本と向き合っている、あなたのことを見ている

歩くとき、いつもこちらを見ているミッフィーには、
そんな深い愛情のこもった意味が、あるのだという。

小さな女の子もオトナになったら
絵本作家の愛情が、きっとわかります。

メイナード・ファーガソン


メイナード・ファーガソン

– 小野麻利江 –

トランペットを手にした少年や少女が
まずぶち当たる困難な壁、
それは高い音をいかに正確に出すかということだ。

唇はやわらかく
息を早く吹き込み
横隔膜でしっかり支える。

理屈ではわかっていても肩や喉にチカラが入る。
演奏会の3週間前になってもまだ出ない音がある….

そんな悩みを経験した人にとって
メイナード・ファーガソンの高音は
この世の自由を謳歌しているように聞こえる。

どんな理屈もテクニックも
彼の高音の前に平伏する。
空気を切り裂くハイノート、ダブルC.

3年前の今日
天才トランペッター、メイナード・ファーガソンの死とともに
空へ駆け上がるあの高音が失われてしまったのが
惜しまれてならない。

キース・ムーン


キース・ムーン

– 保持壮太郎 –

楽器を壊しながら演奏する
それが、ロックバンド「ザ・フー」のスタイルだった。
なかでも過激だったのが
ドラマーのキース・ムーン。

キースの破壊力はステージだけにとどまらず
ホテルの窓からテレビを放り投げたこともあるし
プールにクルマを沈めたという噂もあった。

しかし彼のドラムは天才的で
音と音の隙間に極限まで装飾音を詰め込んだ
アドリブだらけの演奏はコピー不可能といわれた。
計算なんてどこにもなかった。

32歳という若さでキースが亡くなって
いま、「ザ・フー」のドラマーは
リンゴ・スターの息子、ザック・スターキー。

ザックは自分の父ではなく
キース・ムーンにドラムを教わっている。

アドルフ・ロース


アドルフ・ロース

– 保持壮太郎 –

装飾がないということは、
精神的な強さのしるしだ。
と、かつて
建築家アドルフ・ロースは言った。

装飾は罪であり、
装飾の多さは文化水準の低さをあらわすと主張した。

この言葉はさまざまな誤解を生んでいるけれど
本人の著書からその解釈を見出すことができる。

我々が森の中を歩いていて、
ピラミッドの形に土が盛られたものに出会ったとする。
それは我々の心の中に語りかけてくる。
「ここに誰か人が葬られている」と。
これが建築なのだ。

彼は、建築を見る人が自分の気持ちを入れることのできる
余白をつくったのだ。

クリフォード・ギアツ


クリフォード・ギアツ

– 小野麻利江 –

文化人類学者、クリフォード・ギアツは、
インドネシア・ジャワ島の文化や習慣を書き記していく中で、
ひとつの強い確信に、たどりつく。

われわれは誰かから目配せをされても、
文脈がわからなければ、
それがどういう意味か理解できない。
愛情のしるしなのかもしれないし、
密かに伝えたいことがあるのかもしれない。
あなたの話がわかったというしるしなのかもしれない。
文脈が変われば、目配せの意味も変わる。

でも、幸せな片思いをする人は言うだろう。
「あなたの文脈」を、「わたしの文脈」に勝手に置き換える。
そんなカンチガイがなかったら
恋もはじまらない。

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小野麻利江

朝はやく起きて、夜はやく眠くなります。

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熊埜御堂由香 09年8月22日放送

武田百合子

妻の呼び名-武田百合子

「やい、ポチ。わかるか。神妙な顔だなぁ」
夫は妻をポチと呼んだ。

作家、武田泰淳と百合子。
仕事部屋の掃除をしながら、積み上げられた本に
夢中になる妻をからかった言葉だ。

文壇の真ん中で、もの書く夫に、憧れつづけた。

泰淳の死後、百合子はエッセイストとして名を残す。
丁寧に綴られた泰淳とすごした日々。
夫の不在がポチをもの書きにしたのだ。

その日記のせつなさは、どこからともなく、
かすかに聞こえてくる犬の遠吠えにも似て。



山田詠美

彼女の批評-山田詠美


 ちょっと古いものは、いちばん古臭い。

芥川賞選考委員、作家・山田詠美が、
ある若手女性の作品について書いた。
その文芸批評のたしかさには定評がある。

50歳で、美しく、新鮮な作品を世に送り出し続ける、
このひとが言うのだから、
強く、正しく、おそろしい。

すこしだけ、いじわるな解釈をすれば、
「ちょっと古い女は、いちばん古臭い。」とも読める。

どうしようか、
とびきり古めかしい女になるか、
ぴかぴかに新しい女になるしかない。


森茉莉

少女であり続けた女-森茉莉

文豪・森鴎外が贅沢三昧で育てた、娘・茉莉。
16歳でお嫁にいくまで、父の膝の上が特等席であり続けた。

父の死後、結婚に失敗。帰る家をなくした。
恋と言い切った父との関係を、書き始める。

晩年は、貧乏をした。
茉莉の美意識でうめつくされた、「ゴミ屋敷」が最後のお城。
ひとりきり、世界はそこだけで完結した。

子どものままに年老いた。
父の膝の上のような小さな楽園で、夢うつつで暮らした。
彼女は言った。
現実、それは「哀しみ」という意味。

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石橋涼子 09年8月22日放送

ドラ・マール

泣く女-ドラ・マール

その人は、とてもよく泣く女の人だった。

ドラ・マール。
写真家であり、画家であり、ピカソの恋人。

「愛してる」と笑っては泣き、「浮気者」と責めては泣く。
彼女はいつだって、全力で泣いた。
どんな言葉よりもまっすぐで、激しくて、正直な、
彼女の涙はとても魅力的。

ピカソも一度だけ、彼女に涙を見せた。


 人生はあまりにもひどい、
 という以外に説明ができない

と、言いながら。

男の人の涙って、
理屈っぽくって、うすっぺらで、ダメね。


樋口一葉

彼女の名は-樋口一葉

樋口一葉の人生は、貧困との戦いだった。

「一葉」というペンネームは
達磨大師が一枚の葉っぱに乗って川を下る
故事からとった。


 達磨さんも、わたしも、
 おあしが無いから。

おあしは足、そしてお金。
足のないダルマさんとお金のない自分を
しゃれで笑い飛ばす強さがここにある。

一葉は原稿料をもらうために小説家になったが
お金のための小説、というものは書かなかった。
江戸前のいい女だったに違いない。

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薄景子 09年8月22日放送

金澤翔子

母と娘の書-金澤翔子

娘は右上がりに書くということが
理解できなかった。
母はプールに行く坂道を
いっしょに何度も上り下りし、
右上がりを体で教えた。

ダウン症の書家、金澤翔子。
競争を知らない彼女の書には、
邪念のかけらもなく。
見るだけで涙を流す人がいる。

お金の多い少ないも、ジャンケンの勝ち負けもわからない。
社長さんも、ダンボール暮らしも、みな同等。
庭に咲いた白い花に手を合わせ、深々と頭を下げる。

いつの日か、将来の夢をきくと、
「三日月になりたい」と
片言で言う。
ただそこにあり、まわりに照らされ、
優しく光る月のような人。

千人にひとりの、染色体が一個多い赤ちゃんに
かつて絶望した母は、今こう言う。


 千人にひとり、選ばれてこの世に降り立った

フジ子・ヘミング

女の手-フジ子・ヘミング

悪い夢をみている、と彼女は思った。
一流のピアニストとして認められるはずのリサイタル。
その直前、耳が聴こえなくなった。
ポスターが街に貼られる中、
演奏会はキャンセル。
「私の出番は、天国にしかないだろう」
そう、長い間思っていた。

フジ子・ヘミング。
その半生は、波乱つづき。
一時は聴力を失い、国籍を失い、
生きていくために、病院で掃除婦をして過ごした。


 その経験が大切に思えることが、いつか必ずあるのよ

美しい手をしたピアニストがあふれる中、
フジ子の手はゴツゴツしている。
労働をかさねた、その手でしか弾けない音は、
一音一音、生きものように鳴る。

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