2018 年 3 月 31 日 のアーカイブ

名雪祐平 18年3月31日放送

180331-01

一円五千円 樋口一葉

小説で、母と妹を養いたい。

樋口一葉の覚悟は、
日本女性初の無謀な賭けだった。

生活は苦しかった。
なじみの質屋、伊勢屋に走る。

数着の着物を、
数枚の一円札に。
何度も、何度も。

24歳の若さで一葉が亡くなったとき、
伊勢屋の主人は、一円の香典を包んだという。

一円に困っていた自分の顔がまさか、
五千円札の肖像になるなんて。
一葉が知ったら、どんな顔しただろう。

現金書留に五千円札を入れて、
明治の一葉宛、送ってみたくなる。

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名雪祐平 18年3月31日放送

180331-02
たにぐち
二眼二行 樋口一葉

樋口一葉、名は奈津。
七つのころから、
本が好きで好きで、しょうがなかった。

羽子板より、お人形より、読書。
読むのが抜群に速く、
           
「眼が二つあるから二行ずつ読める」
「里見八犬伝全98巻を三日で読んだ」
と伝わるほど。

読書への熱中を
母はよく思わなかったので、
奈津はこっそり薄暗い蔵で眼を輝かせ、
むさぼり読んだ。

奈津から一葉へ。
好奇心と読書が、
近代初の職業女性作家の芽を育んだ。

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名雪祐平 18年3月31日放送

180331-03
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ひ夏い夏 樋口一葉

樋口一葉は、小学校を首席で卒業した。

母の反対で進学はかなわなかったが、
父は娘の才能を見抜き、
和歌を習う「萩の舎」に入門させた。

そのころの名前は、樋口夏子。
塾には、もう一人の夏子がいた。
伊東夏子。

ひ夏ちゃん、い夏ちゃん
と呼びあう親友。

塾は、贅沢な着物の
伯爵や侯爵のご令嬢たちばかり。
ひ夏ちゃん、い夏ちゃんは平民組。地味な着物。

和歌の短冊には、身分まで書く決まりだった。
「わたしたち、爵という面倒な字を
 書かなくていいね」

と、笑いあった。

ユーモアと反骨心。
ひ夏ちゃん、明治の青春。

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名雪祐平 18年3月31日放送

180331-04
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雨女雪女 樋口一葉

19歳。樋口一葉は、恋に落ちた。
          
小説の指導をお願いに、
新聞社の小説記者半井桃水に初めて会った日、
雨が降っていた。

それから一葉が訪ねるたびに、雨、雨、雨。
着物をびしょ濡れにしても、
下駄が泥まみれになっても、
こころは弾んだ。

桃水は、ほほえんだ。
「君が来るときは、いつも雨だね」

冬の雨は、よこなぐりの雪に変わった。

かじかんだ体で桃水の隠れ家に着くと、
いびきが聞こえた。
一葉は、底冷えのする玄関で1時間ほど待ってから、
コホンとせきをした。

「早く起こしてくれればいいのに。
 遠慮が過ぎますよ」

桃水は火鉢に火を熾し、
しるこをこしらえて、一葉に食べさせた。

降りしきる雪。
二人きり。

一葉の短い生涯の、最良の日。

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名雪祐平 18年3月31日放送

180331-05

奇跡十四ヶ月 樋口一葉

日本文学史上に輝く、
樋口一葉・奇跡の十四ヶ月。

『たけくらべ』『にごりえ』をはじめ
傑作の数々は、一葉の晩年の
驚きべき短期間に書き上げられた。

一葉の小説が載った文学雑誌は飛ぶように売れ、
森鴎外や幸田露伴といった
文壇の大作家たちは一葉の小説にとどまらず
人となりまで絶賛。

家の表札まで盗まれ、
まるでトップアイドルのような一葉。

そのさなか、肺結核という悲劇に侵された。

ハッピーエンドはまずない自分の小説のように、
一葉24歳の生涯だった。

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