磯島拓矢 2025年12月21日「孤独」

「孤独」

   ストーリー 磯島拓矢
     出演 大川泰樹

今や東京中にコーヒーショップがある。
日本人はこんなにコーヒー好きじゃないと思うのだが、
いわゆるサードプレイスのようなものを必要とする人が、
それだけ多いということだろう。

コーヒーショップがこんなにも増える前は、
コンビニがサードプレイスだったと思う。
少なくとも独身時代の僕にとってはそうだった。
毎日毎日深夜にワンルームのマンションへ帰る。
早く帰って眠ればよいものを、
それこそ街灯に引き寄せられる羽虫のように、
コンビニの明かりに吸い込まれる。
僕だけではなかったと思う。店内には一人客がいつもいた。
渋谷に近かったせいか、
外国人モデル向けの借り上げマンションがあるようで、
すらりと背の高い女性をよく見かけた。
夜コンビニで立ち読みするのに、そんなキレイじゃなくていいだろう!
といつも思っていたのだが、
もちろん口にしたことはない。
やたらキレイな女性の横で雑誌をめくり、
朝に飲む牛乳パックを持ってレジにゆく。
バイトの金髪君が、週5日くらいレジに立っていたと思う。
「いらっしゃいませ」
「あ、袋いいです」
店内でかわす言葉はこれだけだった。
別にエコというわけじゃなく、
僕はビニールの感触が苦手でいつも袋を断っていた
みんなコンビニの明かりに引き寄せられながら、
並んで立ち読みをしながら、
それぞれがそれぞれの孤独を楽しんでいたように思う。

ある日のことだ。深夜いつものように立ち読みをし、
いつものように牛乳パックを手にレジへ向かった。
「いらっしゃいませ」
バイトの金髪君はバーコードを読み込み、
すっと牛乳パックを僕に戻した。
店を出てふと思った。「あ、僕は金髪君の知り合いになった」と。
彼はビニール袋を用意するそぶりを見せなかった。
「袋どうしますか」とも聞かなかった。つまり
僕のことを「袋をもらわないいつもの人」と認識してくれたわけだ。

うれしくなって帰り道スキップを踏んだ、なんてことはない。
ただその夜から、
そのコンビニは僕にとって「金髪のバイト君の店」になった。

その後も僕はコンビニに通い、美女の横で立ち読みをし、
牛乳を買った。
金髪君と親しくはならなかった。
「袋いいです」という僕の一言がないだけ、むしろ会話は減っていた。
それでいいと思っていた。
とある女性とつき合い始めた時、
彼女がビールをお土産に部屋に来てくれたことがある。
コンビニのビニール袋に入ったビールを見て、
ああ、この点だけは、
彼女より金髪君の方が僕のことをわかっているな、
なんて思ったりした。
その女性とうまくいかなかったのは、そのせいではないけれど。

結婚を機に、ワンルームから引っ越して10年以上たったある日、
たまたまその近くで会食があり、懐かしくて会食終わりに散歩をした。
コンビニは、まだあった。明かりに引き寄せられるように店に入る。
言うまでもなく、雑誌はすべて封がされていて立ち読みはできない。
きれいなモデルさんもいない。
きっと近くのコーヒーショップにいるのだろう。
僕はミントガムを手にセルフレジへ向かう。
「袋は不要」を押し、バーコードを読み取り、決済をして、店を出た。
久しぶりに金髪君のことを思い出した。
でも金髪君は、僕のことを思い出したりしないだろう。
そう思ったら、ちょっと、寂しくなった。

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出演者情報:大川泰樹 03-3478-3780 MMP所属

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