富田安則 2009年12月17日



天国からのプレゼント
               
ストーリー 富田安則
出演 マギー

「東京の人は、どうしてこんなに寝ているのだろうか」

空港が近づくにつれて、ふえていくネオンの灯りに感動していた
さっきまでの自分が他人のように思えた。

電車の中で座って寝ている学生。
立ちながら、うたた寝をする女性。
駅のホームで酔いつぶれているサラリーマン。
みんな、うつむきながら目を閉じていて、
まるで視界に入ってくるものを遮るかのように、
起きることを拒絶している東京人の寝顔を、いまでも思い出す。

もちろん寝ている人ばかりではない。
新聞に目を通す人。携帯を触っている人。音楽を聴いている人。
それでも起きている人の多くは、
あたかも起きている自分の境遇を悔いているかのごとく、
ただ必死に時間を費やしているようにしか見えなかった。

寝ている人、そして起きている人にも共通していること。
それは、下を見ていることだった。
東京の人は、下を見ることで、生きている。
いや、下を見ることで、生きる活力を蓄えているのかもしれない。

それが、初めての東京の記憶になった。

いつしか自分も「東京の人」になり、そして電車で眠るようになった。
あの時、目を輝かせて眺めていた東京の夜景を見る気力は、
今はもう残っていない。

下を見る。下を見る。下しか見ない。やがて眠りにつく。
そして目を覚ます頃には、なぜかいつも、
ちょうど鎌倉駅に着いている。
駅から家まで歩いている間が、一日の中でもっとも好きな時間だ。
下を見る自分から解放され、上を見ると、
そこには高層ビルの灯りの代わりに
星が輝いている。

東京に住むということ。
それは、星がない街に住むということ。

ちっぽけな自分が上を向いても、
真っ暗な夜に吸い込まれそうになるのが怖い。
東京の人が見る下の世界には、
自分の存在を証明してくれる居心地があるのかもしれない。

冬がやってきた。
あいかわらず東京の夜に、星はない。
そこへ、どこからか甲高い女性の声が聞こえてきた。

「あっ、流れ星だ」

たった一人の声に反応して、1000万人が上を向く。
みんな、隙だらけの表情を見せながら、消え去った流れ星を目で追っている。
東京中が、上を向く瞬間。それは、平和の瞬間。

どこからか、ラジオから流れる歌が聞こえてきた。
「泣きながら歩く 一人ぽっちの夜」
そして、またみんな下を向いて歩いている。

僕は、この街が大好きだ。

出演者情報:マギー 03-5423-5904 シスカンパニー

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中里耕平 2009年1月9日



牛にならなかった男
                      
ストーリー 中里耕平
出演 マギー 

「食べてすぐ横になると、アレになっちゃうわよ」

食べてすぐ横になった僕にそう言った彼女は、
たしかに食べたあとも垂直を保ったままだった。

けれど。
「アレ」になっちゃう?
・・・なんで「アレ」などと言うのだ。
「牛」なんていう簡単なことばを忘れてしまう、
そんなことがあるんだろうか。
というか、いちばん肝心な部分を忘れていても
人はこんな迷信を持ち出すものだろうか。
「夜中にアレを切ってはいけない」なんて言われたら、
電気のスイッチも切れなくなってしまう。

「ねえ、食べてすぐ横になると、チョメチョメになっちゃうわよ」

彼女が表現を変えてきた。
そういえば彼女は、千葉の出身だったっけ。
ひょっとして千葉弁で「うし」には、
なにか卑猥な意味でもあるのかもしれない。
きっとそれで、アレとかチョメチョメとか、
そんなごまかし方をしているんだ。
チョメチョメのほうが、よっぽど意味深な感じだけど。

「食べてすぐ横になると、黒毛和牛になっちゃうわよ」

今度の発言は、ちょっと意図がはかりかねた。
「うし」を回避するためだけなら、「ぎゅう」と呼べば済むじゃないか。
それが、この女は、勝手にグレードを上げてきたのだ。
僕を牛肉にたとえたらオージービーフぐらいだということは、
自分でも充分わかっている。
牛肉偽装は、こんなワンルームマンションで密かに続いていたのかと、
僕は暗澹たる気持ちになった。

「食べてすぐ横になると、、、えーっと、、、」

・・・遊んでいる。
この女は、遊んでいる。
これは一種の、大喜利だったのだ。
「アレ」とか「チョメチョメ」は、空欄だったのだ。
気づくのが遅れたのは迂闊だったが、
そうとなれば、僕も大喜利リテラシーは低い方ではない。
それからは彼女の回答が楽しみになってきた。

「食べてすぐ横になると、アルシンドになっちゃうわよ」
昔のCMか。けど知らない世代には面白くないはず。

「食べてすぐ横になると、こまごめピペットになっちゃうわよ」
こまごめピペットって響きが好きなだけでしょ。

「食べてすぐ横になると、二番手止まりになっちゃうわよ」
何の二番手なのか言わない感じは、嫌いじゃない。

「食べてすぐ横になると、ホタテが、ホヨコになっちゃうわよ」
とんちものね。なんか古いな。

「食べてすぐ横になると、太っちゃうわよ」
そのまますぎるのが一周して面白い・・・のか? 
よく分からなくなってきた。

そうこうするうちに、彼女から、じつに斬新な回答が飛び出した。

「何よさっきから。自分で考えもしないで、他人の批評ばっかりしてると、
カラスになっちゃうわよ」

なるほど。もはや原型をほとんど留めていない、
ルール無視すれすれの回答である。

・・・と思ったけれど。これは大喜利の回答ではなく、
僕が知らない全く別の言い伝えだったなんて。

僕がカラスになってしまったのは、まったく、こういう経緯だったんです。
カー。

*出演者情報 マギー  03-5423-5904 シスカンパニー所属

shoji.jpg  動画制作:庄司輝秋

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福里真一 2008年12月31日 大晦日スペシャル


お年玉

ストーリー 福里真一
出演 マギー

おかあさん、
あのお年玉、どこにいったんでしょうね。

「おかあさんが、ちゃんと貯めといてあげるわね」と言って、
あなたが持ち去ったまま、
二度と戻ってこなかった、
あのお年玉のことですよ。

こちらでは、何かと物入りで、
たとえば、2011年の7月24日までに、
地デジ対応テレビか、
少なくとも、地デジ対応チューナーを買わないといけないんです。

もちろん、あの頃のお年玉ぐらいじゃ、
いくら三十数年分の利子がついても、テレビは買えないけど、
リモコン代ぐらいにはなったかもしれませんよ。

おかあさん、
あのお年玉、ほんとにどこにいったんでしょうね。

ぼくの伊藤博文や、岩倉具視や、聖徳太子を、
あの頃、あなたは、何につかってしまったんでしょうね。

出演者情報:マギー 03-5423-5904 シスカンパニー

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麻生哲朗 2008年12月31日 大晦日スペシャル

2009年 わたしの言葉

ストーリー 麻生哲朗
出演 マギー

誰かの存在が身近になるほど
言葉は少なくなってしまう。
落ち葉は、落ちるまではまだ落ち葉じゃないとか
雨の後は必ず晴れるとか
「おはよう」とか
当たり前の出来事を
当たり前のように近くにいる人に
ちゃんとしゃべりたいと思う。
そういうことを
いつか思い出と呼べるような
そんな一年にしたい。

出演者情報:マギー 03-5423-5904 シスカンパニー

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中村直史 2007年6月22日



サイババに祈ってみた、その日の夕方。

                         
ストーリー 中村直史                          
出演  マギー

「働いているわたしが夕飯の準備までして、
職探しの身のあなたがそんな平気な顔で食べて。
なんか、結婚したころは、こんなんじゃなかったのになあ」
と、妻が言ったとき、
ぼくは、たまたま、サイババのことを考えていた。

インドに住んでいるという、いろんな奇跡を起こすという、
あのサイババのことをだ。

何もない空中をぱっとひとつかみするだけで、
きれいな石がその手のひらからあらわれたり、
医者が見放した難病の人を、突然治してしまったり。
いつかテレビで見た彼は、ほんとにいろんな奇跡を見せていた。

もし彼が「本物」ならば、
ここから遠く離れた国にいるとしても
僕の気持ちをテレパシーみたいなもので受け取って、
何か見せるくらいできるはずだ。

そう勝手に解釈して、
ごはんはしっかり食べつづけながらも、
妻の話も一応ちゃんと聞いているというそぶりも見せながらも、
心の中では、「サイババ、平凡な日々を送るこの平凡なぼくに、
何か奇跡を見せてもらえませんか」と、
なにげに真剣に祈ってみたのだった。

5回くらい繰り返し祈って、何くだらないこと考えてるんだ?
と思い始めたとき、妻が「ねえ、わたしの話聞いてないでしょ」と言った。

たしかにぼくは聞いていなかったのだけれど、
そんなことはどうでもよくて、
妻はそのせりふを言ったあと、ゲップをしたのだった。

それは、とても小さな音で、「きゃふ」と変わった音だったから、
一瞬ゲップだとはわからなかった。
でも、それはゲップだった。
美しいゲップだった。
音程で言うと、たぶん「ファ」と「ラ」の2つの音のつらなりで、
宙に放たれたゲップの上に、スタッカートの記号がついているかのような
快活で、輪郭のはっきりとした響きがあった。

おおげさに聞こえるかも知れないけれど、
生きていてよかったと思えるほどのゲップが、
この世界にはあるのだと教えてくれる、そんなゲップだった。

あっけにとられるぼくに向かって、妻は
「今の、ゲップじゃないから」とちょっと怒ったような顔で
弁明しているのだけれど、
ぼくは、その怒った顔さえもなんだか神々しく見えてきて、
「ああ」とつぶやいた。

ああ、やるなー、サイババ。

うれしくて、ついニヤニヤしながら、
「ごはんおかわりある?」と聞いたら、
妻は落ち着きをとりもどした声で「あるよ」と答えたのだけれど、
ちょっと間をおいてから、
「ほんとにゲップじゃないんだってば」と言ったのだった。

*出演者情報 マギー 03-5423-5904シスカンパニー 所属

Photo by (c)Tomo.Yun

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麻生哲朗 2007年3月9日



桜のアパート

         
ストーリー 麻生哲朗
出演    マギー

いくつか見せてもらった部屋の中から
一番古くて、一番手狭だったこのアパートを選んだのは
窓の外を眺めていた僕に、不動産屋がつまらなそうに言ったからだ。
「あぁそれですか?桜の木ですよ」
夏の終わりの、蒸し暑い日だった。
僕にはしわくちゃのまま固められたようにしか見えなかった、
二階の部屋の、窓のすぐ外に見える、たった一本の細い木は、
まだ若い、桜の木らしかった。

会社の同僚たちが、遅い引っ越し祝いにかこつけて、大挙して訪れ
缶ビールを空けながら
「もうちょっといいとこがあったろう」とか
「どうも畳がしめっぽいよ」とか、好き勝手に盛り上がる中で
ひとつ年下の、少し前に長かった髪をバサリと切った
今まであまり話しをしたことのなかった女の子が、
窓の外を眺めてぽつりと言った。
「あれ、桜の木ですよね」

それからしばらく、夏が過ぎて、冬が来ても、
僕とその彼女は普通の同僚だった。
「あの桜がそろそろ咲くよ」
会社の中ですれ違った時の
それが僕なりのせいいっぱいの一言だったけれど
彼女がその言葉を待っていたのかどうかは、よくわからなかった。

そのアパートでの始めての春に
窓の外の、一本だけの桜は確かに咲いて
彼女は、4月最初の休日に、ケーキを手に、僕の部屋へやってきた。
僕たちの付き合いは、静かに始まった。

それから何度か、僕たちは桜の季節を一緒に過ごし
満開の時も、葉桜も、ふたりでそれを窓から眺めた。

桜の季節には、桜の話しをして
桜の咲かない季節には、それ以外の話しをした。

僕たちは普通の恋人同士で
僕たちの間にも普通の恋人同士のように、普通に色々なことがあった。

2年前、僕は窓の桜を、思えば初めて、一人で眺めた。
僕たちの付き合いは、終わり方もまた、静かだった気がする。

去年、やっぱり僕は窓の桜を一人で眺めていて
その桜がすっかり散った頃、
彼女が、故郷の誰かと結婚したという話を、人づてに聞いた。

夕方、ガムテープがなくなって買い物に出ると
まだ風は冷たく、春と呼ぶには少し早かったけれど
あと3週間も経てば、また桜は咲き始める。

ひと月前に新しく決めた部屋の窓から、桜の木は見えない。
代わりに、東京タワーの先っぽだけが、雑居ビルの隙間からのぞいている。

荷造りはほとんど終わった。
荷物は思ったより少なかった。
後は明日の朝、業者のトラックが来るのを待つだけだ。
最後にカーテンを外して段ボールに入れた。
むき出しになった窓の外には、あの頃より少し立派になった
まだ咲かない桜の木があって
その、別に毎年、春など待ってはいなかったような素っ気ない姿に、
僕はなんとなく、小さく会釈をした。

*出演者情報:マギー 03-5423-5904 シスカンパニー所属

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