中山佐知子 2007年6月29日



星のお母さん

                      
ストーリー  中山佐知子
出演  大川泰樹

星のお母さん
あなたがたったひとつの秘密を僕たちに教えて
バラバラに散ってしまってから
もうずいぶん長い時間がたちました。

あなたの破片は小さな星々になってただよい
いま、そのひとつに僕が住んでいます。
あなたの最後の思いやりのおかげで
小さな星はひとつについて人がひとり住むことができます。

友だちの星は大家族なので
村と呼べるくらい大きな星です。
けれど、僕の星にだって両親が残してくれた畑と
明るい森がひとつあります。
畑は僕を養ってくれるし
森は僕を元気づけてくれます。

僕は森に入って
小鳥の声を聴いたり
野いちごの赤い実をさがすのが大好きです。
たったひとつ不足といえば
「おはよう」や「おやすみ」を言う相手がいないことですが
でもそれはどうしても必要なことでしょうか。

1週間ほど前、友だちが来て言いました。
森の木を伐って畑を広げないなんてもったいない。
それから2日ほどすると
こんどは見たことのない女の人がきて
森の木を伐って大きな家を建てたら
自分の星と僕の星を繋げてもいいと言いました。

女の人はキレイな顔をしていたし
女の人の星も手入れが行き届いた素晴らしい果樹園で
水を汲む井戸までありました。
でも僕の森はいつもひんやりと涼しく
柔らかい土の下には水が流れています。
そのおかげで僕の星は井戸がなくても
水に不自由がありません。
僕は僕の森を壊したくないのです。

星のお母さん
僕たちの小さな星がどんどん繋がっていくと
いつの日か、バラバラになる前のあなたのように
大きな星ができる。
みんなそれを夢見て自分の星を育て
星と星をどんどん繋げています。
僕もそうするべきでしょうか。
森を壊して、誰かの星を迎え入れるべきでしょうか。

近ごろ、気づいたことがあります。
僕の森がほんの少し、大きくなりました。
よその星の森が壊されたときに飛んできた鳥や虫が
森を広げているらしいのです。

星のお母さんが最後に教えてくれたこと
森も虫も人も、星の一部だということを
どうして僕は忘れていたんだろう。

*出演者情報  大川泰樹 03-3478-3780 MMP所属

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中村直史 2007年6月22日



サイババに祈ってみた、その日の夕方。

                         
ストーリー 中村直史                          
出演  マギー

「働いているわたしが夕飯の準備までして、
職探しの身のあなたがそんな平気な顔で食べて。
なんか、結婚したころは、こんなんじゃなかったのになあ」
と、妻が言ったとき、
ぼくは、たまたま、サイババのことを考えていた。

インドに住んでいるという、いろんな奇跡を起こすという、
あのサイババのことをだ。

何もない空中をぱっとひとつかみするだけで、
きれいな石がその手のひらからあらわれたり、
医者が見放した難病の人を、突然治してしまったり。
いつかテレビで見た彼は、ほんとにいろんな奇跡を見せていた。

もし彼が「本物」ならば、
ここから遠く離れた国にいるとしても
僕の気持ちをテレパシーみたいなもので受け取って、
何か見せるくらいできるはずだ。

そう勝手に解釈して、
ごはんはしっかり食べつづけながらも、
妻の話も一応ちゃんと聞いているというそぶりも見せながらも、
心の中では、「サイババ、平凡な日々を送るこの平凡なぼくに、
何か奇跡を見せてもらえませんか」と、
なにげに真剣に祈ってみたのだった。

5回くらい繰り返し祈って、何くだらないこと考えてるんだ?
と思い始めたとき、妻が「ねえ、わたしの話聞いてないでしょ」と言った。

たしかにぼくは聞いていなかったのだけれど、
そんなことはどうでもよくて、
妻はそのせりふを言ったあと、ゲップをしたのだった。

それは、とても小さな音で、「きゃふ」と変わった音だったから、
一瞬ゲップだとはわからなかった。
でも、それはゲップだった。
美しいゲップだった。
音程で言うと、たぶん「ファ」と「ラ」の2つの音のつらなりで、
宙に放たれたゲップの上に、スタッカートの記号がついているかのような
快活で、輪郭のはっきりとした響きがあった。

おおげさに聞こえるかも知れないけれど、
生きていてよかったと思えるほどのゲップが、
この世界にはあるのだと教えてくれる、そんなゲップだった。

あっけにとられるぼくに向かって、妻は
「今の、ゲップじゃないから」とちょっと怒ったような顔で
弁明しているのだけれど、
ぼくは、その怒った顔さえもなんだか神々しく見えてきて、
「ああ」とつぶやいた。

ああ、やるなー、サイババ。

うれしくて、ついニヤニヤしながら、
「ごはんおかわりある?」と聞いたら、
妻は落ち着きをとりもどした声で「あるよ」と答えたのだけれど、
ちょっと間をおいてから、
「ほんとにゲップじゃないんだってば」と言ったのだった。

*出演者情報 マギー 03-5423-5904シスカンパニー 所属

Photo by (c)Tomo.Yun

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柴田常文 2007年6月15日



反論の余地

                     
ストーリー 柴田常文
出演 坪井章子

それでは、次にまいります。
世田谷区に住む57歳の男性からのお便りです。       
  
私には、一人娘がおります。
現在、女子大の3年生になります。  
彼女が生まれたのは、私が36歳の夏でした。
ヘンな男のムシなどついたらタイヘン、と、
小学校から大学まで、一貫教育の女子校に入れ、
それこそ、蝶よ花よと、大事に大事に育ててきました。

ある晩、いつものように、午前様で帰宅しました。

あ、申し遅れました。
私は、芸能プロダクションの会社を経営しております。

テーブルの上に、妻からのメモが置いてありました。妻は、もう就寝中です。
「私にはとても、理解が出来ませんので、夢子といちどお話をしてください」
と、書いてあります。

夢子というのは、娘の名前です。夢がある子に、夢をもたれる子に、と、
私が名づけました。

夢子の部屋をノックすると、彼女はまだ起きておりました。
ビールを一缶あけて、リビングのソファに腰をおろしました。
「ママからのメモだよ。いったいどうしたと言うんだね?」と、
彼女にメモを見せました。

「もうママったら・・」と困惑した表情で、私を見つめます。
「だんだん、いい女になってきたなあ・・
でも、私の会社には所属させんぞ。芸能界はイカン!」と、ふと思いました。
大学3年生になって、就職をどうしようか?と悩んでいたと言います。
ああ、もうそんな歳になってしまったんだな、と、シミジミ思いました。

「私は働きたくない。毎日、毎日、時間に縛られ働いて、
何が楽しいんだろう・・だから、就職なんかしたくない」と言います。

「今のままがいい。何不自由なく育った今のままで、
ずっと、ずっと生きられたらいいなあ、と・・。
働いても、結局、いつかは結婚して家庭に入る・・それなら、
最初から、永久就職がいい」と思ったと言います。

「永久就職!!」って・・・・まさか?!

その、まさか!でありました。

夢子は「結婚します!」とキッパリ言いました。

「け、結婚って・・ま、まだ21だろ、ゆ、夢子・・あ、相手はいるのか?」
その時の私の動揺をお察しください。

「私はパパやママに大事に育てられてきて、ホントに感謝しています。
何不自由なく生きてきたし、貧乏なんて知らないし・・だから、
働いたりしたくない。苦労なんか、したくない。
お金のある人と結婚して、早く子供を産んで、ママになりたいの。
だから、安心して、パパ!」と、屈託のない顔でニッコリ言いました。

「お、お金がある人って・・その男はいったい誰なんだ?」と詰問しますと、
昨年の夏、アルバイトで行った原宿のアパレル会社の社長だと言います。
「そんな浮き沈みの激しい会社、ITと同じで、今はいいかも知れないが、
いつ、どうなるかわからんぞ。そんな若い経営者じゃ、危なっかしい・・」
と、私は、思い直すよう必死になって語りかけました。

すると、
「大丈夫なの、心配しないで、パパ!
彼はチャンとした大人だし。広尾にマンションも持っているし、
軽井沢とハワイに別荘もあるの」と、目を輝かせます。

「お、大人といったって・・・いったい、その男は何歳なんだ?」
と聞きますと、

「49歳よ。あ、バツイチだけど・・。
友だちは、年齢が離れすぎだって言うけど、私、全然、ヘーキ!
大丈夫なの。彼ったら、私と、生まれてくる赤ちゃんのために、
一生困らないように、生命保険にもド~ンと入ってくれるって言うし。

ね、いいでしょ?!パパ、安心でしょ!
君は何もしなくていいよって。メイドもつけてくれるし、
私を娘のように、一生可愛がってくれるからって。
よかったね、パパ!」と、言います。

それからあと、私は何を言ったか・・

おそらく、何も言えずに、リビングを去りました。

私とたいして歳の違わない男から、お父さんって呼ばれるのか・・

喜んでいいのか?
何なのか?それさえも、もはや、定かではありません。

こんな娘に・・・誰がした・・・って。


*出演者情報 坪井章子 3479-1791 青二プロダクション

Photo by (c)Tomo.Yun

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小野田隆雄 2007年6月8日



出来ちゃった婚、昔と今

                  
ストーリー 小野田隆雄
出演    久世星佳

 お手打ちの 夫婦なりしを 衣更
という、蕪村の俳句がございます。

 江戸時代、武家屋敷の奉公人の男女が、恋
をするのは、ご法度、つまり禁止されており
ました。でも、ときおり、恋に落ちてしまう
若いふたりもいたのですね。これが、主人に
知られると、さあ、大変。やぼな主人ですと、
 「ふたり並べて、四つにする!」
つまり、エイヤーッとふたりを切って捨てよ
うという、大騒ぎにもなってしまいます。
 こんなとき、さいわい奥方が話のわかる女
性ですと、まあまあと、止めに入ってくれる。
「おまえさまも、ずいぶんおなごを泣かせて
きたではありませぬか。若いふたりが好きお
うているのです。許しておあげなさいましな」 
などと主人をいさめてくれまして。

晴れてふたりは許されて、夫婦になり、
お長屋門の小さな部屋で新世帯。
お手打ちの騒ぎが、梅の咲く頃で、
春も過ぎて、めでたく衣更を
迎えたという、そんなロマンスが
蕪村の俳句でございます。

衣更して、浴衣姿で、差し向い。
おたがいに見つめあって、
いまの時代でしたら、
ビールで乾杯って、ところですが、
あいにく江戸時代でございます。
ギャマンのさかづきに
ひやざけを、なみなみ注いで、
甘ーい気分で飲んでおりますと、
螢が一匹、庭先を、スーイ、スーイ・・・・・・
昔は、こういう結婚もございました。
けれど、よく考えてみますと、
これもひとつの「出来ちゃった婚」
なのかも知れませんねえ。

「おい、花子、どうしたんだ。
 ビール飲まないのかい、
 よく冷えてるぜ」

「しばらく飲まない。それからね、
 これからは私の前で
 タバコ吸うのも止めてね。」

「なんだ、なんだ、
 どうしたの、なにがあったの」

「ねえ、次郎。キミが鈍感でもいいよ。
 でも、今日から、私のことには
 敏感になってね」

「おいおい、お願いしますよ。
 おれ、ずーっとまじめだったし、
 コンビニで働くの、向いてそうだし、
 もう、フリーターとは呼ばせないぜ」

「あのね、次郎がしっかりしてきたから、
 こうなったのかも知れないんだ」

「なにが、こうなったの?
 えっ? もしかして、赤ちゃん?」

「そう、赤ちゃん。今日、病院行ってきた」
「うーん、よーし、わかった。覚悟をきめ
た。
 キッチリ結婚式をあげよう」

「結婚式の式なんて、どうでもいいよ。
 でも、ふたりが結婚してるってこと、
 そのことを大切にしてね、次郎。
 もう、ママゴト、終りだもんね」

*出演者情報久世星佳 03-5423-5904シスカンパニー 所属

Photo by (c)Tomo.Yun

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2007年6月(結婚)

6月1日 一倉宏 & 光野貴子
6月8日 小野田隆雄 & 久世星佳
6月15日 柴田常文 & 坪井章子
6月22日 中村直史 & マギー
6月29日 中山佐知子 & 大川泰樹

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一倉宏 2007年6月1日



せつないオカザキくん

                       
ストーリー 一倉宏
出演   光野貴子

会いに来てくれてありがとう オカザキくん と 私はいった
なんだかせつなくなっちゃったよ オカザキくん

そう私がためいきをついても 絶対に誤解しないところが 彼のいいところだ
こうしてふたりだけで会うなんて たしか3年ぶりのこと
そして もう2度とはないのだろうと思う 私は結婚するから

幼なじみ ともだちよりは もうすこし男性として意識して
けれど 恋人であったことは一度もなかった オカザキくん

3年前 私が手痛い失恋をして お粥さえすする気力をなくしていたとき
たまたま ごく平凡な用件で電話してきたので 私から会おうよと誘い
そうしたら 煙がモウモウの焼き肉屋に連れていってくれた オカザキくん
あの店のタン塩とミノはたしかにおいしかったけれど 煙が目にしみた

ばかだなあ オカザキくん けれど 私は知ってる
あなたは鈍感なんじゃなくて 敏感すぎるから かんじんな話題を避けたこと 
炭火焼き肉の煙と 忘れていた中学時代の笑い話で 私は涙をこぼした
なんだ あいかわらずで安心したよといった オカザキくん
あの日 私はなぜだかヒールの高いサンダルを履いてきてしまい
帰り道 2回もよろけて右側から支えてもらい
3回目につまづいた後には 左側からしっかり腕を抱えてくれて
けれど 決して手は握らなかった オカザキくん

あれから3年 どこから聞いたのか
結婚を決め 仕事をいったん辞めて 郊外の実家に戻った私を 訪ねて来てくれた
結婚する彼氏の話を 多すぎず少なすぎずすると 思ったとおり 
よかったね うまくいくよと 多すぎず少なすぎず うなずいてくれて
私は そのオカザキくんの いい加減でも大げさでもない祝福のしかたが
静かにうれしくて そして ちょっぴりせつなかったのだ

上り電車で帰るオカザキくんと 店を出て歩きはじめた
生まれ育った街だから 神社の参道を抜けると近道だということを知ってる
ここでもういいよというオカザキくんに 駅まで見送るよと付いていった
照明も人通りも少ない道だけど べつに近道以外の意味があるはずもない
両親も元気 兄妹も元気 みたいな話をして歩くだけだった

すると オカザキくんは せっかくだからお参りしていこうと言い出し
拝殿の階段をのぼって お賽銭を投げ 手を合わせた
突然のことに戸惑いながら 私もそれにならった

どうしてなんだろう そして オカザキくんは何を祈ったのだろう
まさか 私のことを? 私の結婚のことを?
だとしたら いいひとすぎるよ せつなすぎるよ オカザキくん

それから 急ぎ足で駅まで向かい 改札を通って一度だけ振り返り 
消えていった後ろ姿の 一度も恋人ではなかった オカザキくん

ありがとう さようなら

*出演者情報 光野貴子 03-5571-0038 大沢事務所

Photo by (c)Tomo.Yun

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