遠藤守哉 2025年11月23日「街灯の下に」

街灯の下に

     ストーリー 中山佐知子
        出演 遠藤守哉

街灯の下に占い師が店を出している。
店といっても箱型の小さな机をはさんで
占い師とお客が向き合って座る椅子が2脚あるだけで
机の上にはこれといった道具もなかった。

占い師が得意なのは
小さな不幸のストーリーを考えることだった。

あなたの才能があなた自身をいじめている。
あなたは自分の幸運を他人に分け与える人だ。

占い師はお客の顔をじっと見ながら
口当たりのいい不幸のストーリーを組み立てる。
本気で未来を知りたい人などどこにもいるはずがない。
みんなが欲しがるのは、手軽に持ち運びが出来て
友だちに話してきかせることのできる自分のストーリーだった。

ある晩、占い師のところに奇妙なお客がやってきた。
男か女かも定かでない老人だった。
老人は、自分はトカゲだと名乗った。

自分はこの冬を越せない年寄りのトカゲだ。
だから自分に未来はいらない。
自分が欲しいのは過去だ。
食べて寝て、獲物を追って
天敵から逃げた記憶しかない自分はどんな存在だったのだろうか。
老人のトカゲはそう言うとじっと占い師を見つめた。

占い師はしばらく目を閉じ、やがて口を開いた。
私が捨てられたばかりの子猫だったとき、
おまえはやっぱりトカゲだった。
私は飢えてひと晩草むらで鳴きつづけ、
もう声も出なくなったときにおまえを見つけた。
本能が私の前足を動かし、爪がおまえの腹に食い込んだ。
おまえの肉を食べたとき
私は自分が生きるために獲物を殺す存在であることを知ったのだ。

それでは、と、トカゲは言った。
おまえは私と変わらない。
占い師は話をつづけた。
私はトカゲを殺し、蛙を殺し、バッタを殺した。
それでも長くは生きられなかった。
私は未熟で自分を養うだけの獲物を殺せなかったが、
それでも私は自分が何ものであるかを知り
その生きざまを全うすることができた。
私はおまえに感謝しているし
おまえは自分がどんな存在なのかをとっくに知っている。

それからしばらくして
街灯の灯りも凍てつくような寒い晩に
占い師がいつもの場所に来てみると
トカゲが自分のストーリーを大事そうに抱えて死んでいた。

占い師はというと
いまでも毎晩お客のために不幸のストーリーを作り出している。
未来のある人に幸福なストーリーはいらない。
それはみせびらかすものではないからだ。

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出演者情報:遠藤守哉

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中山佐知子 2025年11月16日「蒼き狼は湖を渡って」2025版

蒼き狼は湖を渡って
             
ストーリー 中山佐知子
出演  地曵豪

蒼き狼は湖を渡ってやってきた。
平原を流れる川がはじまる場所で白い牝鹿をしたがえ
一粒の遺伝子を残した。

その平原で生まれた少年はよく母にたずねた。
どうして蒼いオオカミと白い牝鹿の間に
子供が生まれるのか。
若い母はそのたびに沈んだ顔で答えた。
私がおまえを生んだように。

母は昔、結婚式を挙げて花婿の家に向う途中で
少年の父にさらわれた花嫁だったので
少年には出生の秘密がつきまとっていた。

少年の父が敵対する部族に殺されてから
母は顔を上げ
長い髪をきりきりと結い上げて働くようになった。
どうして蒼いオオカミと白い牝鹿の間に
子供が生まれるのか
母はもうそのことを悲しむ暇もなかった。
少年は母に養われて成人し
母に似た賢い娘を花嫁に迎えた。

そして、その花嫁をさらったのもまた
少年の父に恨みをもつ部族だった。

ボルテ、ボルテ
少年は花嫁の名を呼びながら馬を走らせていた。
従う2万の兵はまだ少年のものではなく
同盟する部族から借りた援軍だったが
敵の部族すべてを灰にするほどよく戦っていた。
敵の族長はすでに身ひとつで逃れ
置き去りにされて逃げまどい
川を渡ってさらに逃げようとする人々を
少年の軍勢は執拗に襲った。

ボルテ、ボルテ
少年は川を渡り花嫁の名を呼びながら
馬を走らせていた。
ボルテ、ボルテ
逃げる人々の中から小さな影が飛び出して
少年が乗る馬の手綱を掴んだ。
ボルテ、ボルテ
少年はやっと自分の花嫁を
月明かりのなかで抱きしめた。

花嫁は少年のもとに戻って男の子を生んだ。
どうして蒼い狼と白い牝鹿の間に
子供が生まれるのか
どうして敵対する部族の血が混ざり合うのか
少年は、それが湖の意思なのだと思うことにした。

どうして蒼い狼と白い牝鹿の間に
子供が生まれるのか
その問いを発する少年も
その花嫁が生んだ最初の息子も
湖の意思によって生まれた狼の末裔なのだ。

少年はやがて4の字がふたつ並ぶ年齢のときに
平原の部族をひとつにして
ユーラシアの支配者になったが
チンギス・ハーンのチンギスには
湖という隠された意味があり
チンギス・ハーンから広まった湖の遺伝子は
いま、この世界の1600万人の男子の染色体の中に
潜在している。

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出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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中山佐知子「旅をする魔法使いと(2025年版)」

旅をする魔法使いと

   ストーリー 中山佐知子
      出演 遠藤守哉

旅をする魔法使いと出会った。
魔法使いは、若い頃にかけた魔法を「調整」するために
旅をしていると言った。
魔法を調整?
すると魔法使いは、
「例えば水に不自由している国に与えた井戸を枯らすのも調整だ」と答えた。

水のない国に井戸を与える。
すると誰かがその井戸の権利を主張し、
水を汲む人々から代金を取り立てることがある。
「そんな井戸は枯らしてしまうのさ」と魔法使いは言う。
井戸を枯らして、今度は水脈を見つける方法を教える。
みんなで探してみんなで掘った井戸はみんなのものだからな。

魔法使いが若いとき、
悲しみに沈んだ国へ行った。
土地は痩せ、耕しても収穫は少なく
育たずに死ぬ子供も多かった。
情深い王さまはそれを見るに堪えず
この国から悲しみを取り去るよう魔法使いに頼んだ。
それはあっという間だったそうだ。
泣きながら畑で働いていた国民は笑うようになり
子供が飢えて死んでも涙を流す母はいなくなった。
子供たちは世話をしているヤギが死んでも
明るく笑うだけだった。

どうにもまずいことをしたものだと魔法使いは思ったが、
いったんかけた魔法は取り消しができない。
しかも悲しみを与える魔法はあっても
悲しむことを思い出させる魔法はないのだった。

その国の悪い評判を聞くたびに
魔法使いの心はチクチクと痛んだ。
しかし、やっといまになって、と魔法使いは言った。
「やっといまになって思いついた方法がある」
そう言って魔法使いはポケットから小さな瓶を取り出した。

この瓶の中身は酒だ。
酒は何からでもつくれる。
穀物、芋、果物。蜂蜜に水を混ぜても勝手に酒になる。
あの国に酒のつくりかたを教えようと思う。

それを聞いて私は首を傾げた。
酒は悲しいことを忘れるためにあると思っていましたが…
すると魔法使いはニヤッと笑った。

その通りだ。でも考えてもごらん。
忘れるためには思い出さないといけないじゃないか。

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出演者情報:遠藤守哉(フリー)


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中山佐知子 2024年1月28日「嗚咽」

嗚咽

   ストーリー 中山佐知子
      出演 石橋けい

結井とは友人の紹介で出会った。     
結井は詩人という触れ込みだった。
会ったはじめから金を持たない男で、
その居酒屋でもお開きの瞬間に大声で
「ご馳走さま!」と言った。
あまりのタイミングの良さに私たちは大笑いをしたほどだ。

プロポーズの言葉は「愛を教えてあげる」だった。
何をほざくかと私は内心激怒した。
でも、退屈はしなくて済むかもしれない。

結婚してみると、結井には定収入というものがなく、
不定期収入もわずかなものだった。
いつも小遣いをせびりたそうな顔をしていた。
私は結井が金の話をするきっかけを潰すことが
次第に巧みになっていった。

あるとき、それで大喧嘩になった。
おまえは、と結井は言った。
おまえは詩人を何だと思っているんだ。
「いつもお金が落ちてないかキョロキョロしてる人」と
私は答えた。
結井は肩を揺らして大笑いした。
はじめて見せた無邪気な顔だった。

何年かして…
結井の詩がときたま雑誌に掲載されるようになったとき、
私はふっと予感のようなものを感じた。
結井は金が入ったときは家に寄り付かなくなっていたが、
それ以上のものを感じたのだ。

案の定、帰宅した結井は
金をくれではなく、別れ話を持ち出した。
金持ちの女の人としばらく海外で暮らしたいという話は
本当のようだった。

望むところだと私は答えた。
タクシー代はあげないけど、いますぐ出ていってください。
結井は手まわりのものを紙袋に入れはじめた。
辞書、何冊かの本、鉛筆…
ガサガサと紙袋が音を立てていた。
そうか、結井はカバンも持っていなかったのだ。

そう思ったとき、何かが喉に詰まった。
声を出そうとしたが、声は出なかった。
空気を吸っても吸ってもちゃんと吐き出せない。
苦しくて涙が出てきた。
やっと声が出たと思ったら、それは号泣になった。
私はその場に自分を投げ出すようにしてわんわん泣いた。

もしこれが愛というものだったとしたら、
結井はやっと最後に愛を教えてくれたのだ。
しかしそれは、美しくもなく清々しくもなく、
落ち葉や泥が惨めに腐って澱んだ
呼吸のできない水たまりのようなものだった。
私は二度とそれを見たくない。

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出演者情報:石橋けい 吉住モータース所属 https://www.y-motors.net/

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中山佐知子 2023年4月23日「タンホイザー」

タンホイザー

ストーリー 中山佐知子
    出演 
大川泰樹

タンホイザーというシンガーソングライターが
ビーナスの国で快楽のかぎりを尽くしまくり、
それから神の許しを得ようと巡礼の仲間に加わって
ローマ法王のもとにやって来たのは十三世紀だったと思う。

神の代理人であるはずの法皇は
タンホイザーが味わった快楽に嫉妬の炎を燃やし、
彼に嘘をついた。

「ビーナスの国へ行ったものよ。
たったいま、おまえに永遠の呪いが下った。
わたしのこの杖に緑が芽吹き花が咲くことが決してないように
おまえの罪が許されることはない。」

何を言うか、と私は思った。
私は人を呪ったりしない。
美しいビーナスにチヤホヤされたタンホイザーを羨んで
呪いの言葉を口にしたのは法皇ではないか。

申し遅れたがわたしは神である。
神とは許す存在である。
許すのは神の唯一の仕事である。
それしか仕事がないのだから、許して許して許しまくる。
法皇の政治的暗躍や隠し財産も許しているくらいだ。

それなのに法皇はさらに言い募った。
「おまえは地獄の業火から決して救われることはない」

さて、わたしは困り果てた。
法皇は嘘をついているのだが、
それをただす言葉を私は持たないのである。
人は神に語りかける言葉を持つが
神は人に語りかける言葉を持たない。
思えば不自由だ。

タンホイザーは絶望のあまりビーナスの国に戻ろうとするし
私はとっくに許しているのにそれを告げる言葉がなく、
神の代理人を称する法皇は嘘つきである。

そこで私はコミュニケーションの手段として
小さな奇跡を起こすことにした。
法皇の杖に緑の葉を茂らせ、花を咲かせたのだ。
法皇は驚愕のあまり尻餅をついた。
たったいま自分が不可能のたとえにしたことを
目の当たりにしたからだ。

枢機卿たちは口をぱくぱくさせている法皇を放っておいて
すぐさま許しの使者団を派遣した。
彼らは喜びの知らせを胸に抱き、花が咲いた杖を掲げて
タンホイザーの後を追った。

彼らは歌う。
「神の恩寵の救いの奇跡
地獄の罪びとに救いをもたらす
ハレルヤ ハレルヤ」

私はこの歌が大好きだ。
許すとは何と気持ちのいいものだろう。



出演者情報:
大川泰樹 03-3478-3780 MMP所属

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中山佐知子 2022年12月25日「聖夜」

聖夜  

   ストーリー 中山佐知子
    出演 
大川泰樹
         
   紀元前4年乃至7年のころだった。
   東の国の占星術の博士たちが
   はるばるユダヤの国にやってきて尋ねた。

   このたび生まれたユダヤの王はいずこにおわせしや。
   我ら東方よりかの人の星を見て
   その誕生を知る。

   3人の博士は
   ベツレヘムの方向に
   ひときわ輝く新しい星が生まれたのを見て
   ユダヤの国に新しい指導者が誕生したことを知ったのだ。

   星は博士たちを導き
   やがて、ひとりの幼子の上で止まった。
   その子は宿屋の飼い葉桶の中で
   布にくるまり母と共にいた。

   三人の博士は幼子の前にひれ伏し
   黄金、乳香、没薬を贈物としてささげた。

   星とともに生まれ
   ユダヤの王になるべき幼子は
   イエスと名づけられた。
   その母をマリヤという。

   そのとき、ユダヤの王だったヘロデは
   その幼子の存在を恐れ
   ベツレヘムの二才に満たない男の子を
   ひとり残らず殺させた。
   
   ベツレヘムは
   子を失った父と母の嘆きの声に満ちていた。
   
   このときヘロデ王に殺された男の子の数は
   次第に誇張され
   14,000人とも64,000人とも記される。
   イエスの誕生に伴う犠牲である。

   さて、イエスの誕生とともに生まれた星は
   一説によると超新星といわれている。
   超新星は星の誕生というより爆発で、
   強烈なガンマ線を放ち
   これもまた、輝くための犠牲である。



出演者情報:
大川泰樹 03-3478-3780 MMP所属

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