安藤隆 2026年4月26日「東南口満ち欠け」

東 南 ⼝ 満 ち ⽋ け

ストーリー 安藤隆
   出演:大川泰樹

   JR の 番 線 を 乗 り 換 え る の に 、 地 下 通 路 の
混 雑 が 息 ぐ る し い の で 、 エ ス カ レ ー タ ー を 上
が る 。 ふ だ ん は そ う や っ て 地 上 階 の 構 内 を 通
っ て 、 中 央 線 の ホ ー ム へ 降 り る 。 だ が き ょ う
⽼ ⼈ は ふ だ ん の 乗 り 換 え と は ち が う こ と を 思
っ て い た 。 東 南 ⼝ か ら 外 へ 出 る か も し れ な い
と 思 っ て い た 。
   構 内 は 帰 宅 ラ ッ シ ュ に 当 た っ た う え 、 ⽼
⼈ の ⾝ に は 、 ⾏ き 交 う 健 常 者 の ⾜ ど り が 異 様
な 早 ⾜ と 感 じ ら れ 、 た び た び あ や う く ぶ つ か
り そ う に な る 。 な の に ⽼ ⼈ は 地 上 階 の 混 雑 を
嫌 い で は な い 。 そ れ ど こ ろ か お ぼ つ か な い ⾜
ど り に 微 か な ト キ メ キ が 混 じ っ て い る 。 東 南
⼝ を 出 た ち い さ な 地 帯 の 猥 雑 に 、 1964 年 の
上 京 少 年 の 夢 を み て い る 。
   南 ⼝ 改 札 は 甲 州 街 道 に ⾯ し て い る が 、 構
内 を ス ラ イ ド し て 東 南 ⼝ へ 回 る と 、 改 札 の 先
は 急 な 下 り 階 段 。 ⽼ ⼈ は 、 そ う 決 め て い た の
で は な い け ど 改 札 を 出 て い た 。 階 段 下 に は ち
い さ な ス ク エ ア が あ り 、 ⽤ 無 き ⼈ が て ん で に
た む ろ し て い る と み え る 。 そ う 思 え ば ⻑ く 急
な 下 り 階 段 は 異 界 の ⼊ り ⼝ と 思 え な く も な い 。
降 り る と 選 ん で な い け ど 降 り て い る 。 ⽼ ⼈ の
選 択 は い つ も そ ん な ふ う だ 。
   ⾏ き 交 う 外 国 ⼈ に 違 和 感 が な い 。 ⽼ ⼈ に
は ⽇ 本 ⼈ も 外 国 ⼈ に み え る 。 み な 東 南 ⼝ の 登
場 ⼈ 物 に み え る 。
ス ク エ ア か ら 路 が 3 本 放 射 状 に 出 て い る 。
左 か ら 順 に せ ま い 。 せ ま い ほ う へ せ ま い ほ う
へ し ぜ ん と 右 の 路 へ 連 れ て い か れ る 。
   数 ⽇ 前 ⽼ ⼈ は 映 画 を み に き た 。 そ の と き
も 右 の 路 に 引 っ 張 ら れ た 。 東 南 ⼝ は 久 し ぶ り
だ っ た 。 満 杯 の 歩 道 か ら こ ぼ れ 落 ち な が ら 映
画 館 を 探 し 回 っ た 。 あ げ く 建 物 の 前 で べ そ を
か い て い た そ の ⽩ い 建 物 が 、 映 画 館 の ⼊ る ビ
ル だ っ た 。
   ⽜ と 男 の 映 画 は 良 か っ た 。 ⽼ ⼈ は 千 円 の
パ ン フ を 購 ⼊ し て 脇 ⽬ も ふ ら ず 帰 っ た 。 と い
う の は ⽼ ⼈ の 擬 態 で 、 ⽼ ⼈ の ⼼ に 残 っ た の は 、
良 い 映 画 よ り 映 画 館 界 隈 の ワ ル の ほ う だ っ た 。 
懐 か し い お の の き に ふ い に 呼 ば れ た 気 が し た 。
で 、 脇 ⽬ も ふ ら ず 逃 げ 帰 っ た 。 な ん に つ け 、
と り あ え ず 逃 げ る 。
   そ し て き ょ う 、 ⽼ ⼈ は 、 あ の と き の お の
の き が や っ ぱ り 気 に な っ て 来 た の だ け ど 、 そ
の こ と は 伏 せ て い た 。 な ぜ な ら き っ と み つ か
ら な い か ら 。 探 せ ば な に ご と も み つ か ら な い 。
⽼ ⼈ は 希 望 を お そ れ て い た 。
   な の で そ そ く さ と ⼀ 周 し た 。 貢 茶 の 前 に
⼥ ⼦ ⾼ ⽣ が た か っ て い た 。 ド キ ド キ し て 道 を
あ け た ら 、 オ ジ イ チ ャ ン と ⽬ が 合 っ ち ゃ っ た
と い う ⽬ を さ れ た 。
そ そ く さ と ⼀ 周 し た 。 店 先 の マ ッ サー ジ
の 写 真 に ⾒ ⼊ っ て い た ら 、 店 先 の 中 東 っ ぽ い
男 に ニ ヤ リ 笑 わ れ た 。 ジ ャ ズ ビ レ ッ ジ は ⽬ を
合 わ せ ず に 1 時 間 ご と コ ッ プ に ⽔ を ⾜ し て く
れ た 。 コー ヒ ー ⼀ 杯 で 朝 ま で い ら れ た 。
   そ そ く さ と ⼀ 周 し た 。 タ イ ム ス に は た し
か に 来 た こ と が あ っ た 。 タ イ ム の 複 数 形 は ど
う い う 意 味 だ ろ う 。 バー ジ ニ ア ウ ル フ の 映 画
は タ イ ム ス と い う よ う な 題 名 だ っ た よ な 。
   そ そ く さ と 、 そ こ に い た の か ど う か わ か
ら な い ⼀ 周 を し た 。 ぜ ん た い て き に ま あ ま あ
だ っ た 。
   東 南 ⼝ 改 札 を ⼊ れ ば 、 構 内 は き た と き 同
様 の ⼤ 混 雑 。 ⽬ の 端 に ⼤ き な 影 が 近 づ い た 。
交 錯 す る ま え に す り ぬ け よ う と し た 。 と 、 固
い 筋 ⾁ の 塊 が ぶ つ か っ て き た 。 吹 っ ⾶ ば さ れ
通 り す が り の 男 に 衝 突 し た 。 転 ば な か っ た の
は よ か っ た 。 巻 き 添 え を ⾷ っ た 男 が よ ろ け な
が ら 、 ジ ジ イ わ ざ と ぶ つ か っ た の か と 睨 ん で
い た 。 違 う 違 う 違 う 、 ⽼ ⼈ は 妙 に 上 機 嫌 に ヒ
サ シ ブ リ ー み た い に ⼿ を ⾼ く 振 っ た 。

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出演者情報:大川泰樹 03-3478-3780 MMP所属

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田中真輝 2026年3月29日「桜と鉄パイプ」

「桜と鉄パイプ」 

   ストーリー 田中真輝
      出演 大川泰樹

桜、と聞くと、思い出す情景がある。
満開の桜の下、ひらひら舞い落ちる花びらの中に、
中学生の男の子が立っているワンカットの映像。
やたらと太いズボンに、異常に短い学ラン。
当時、ボンタンに短ラン、と呼ばれていた、いわゆる変形制服セットアップ。
浅黒い肌に、ツンツンに尖らせた短髪が天を衝いている。
どこを見ているのかわからない、眠たそうな目をいつもしていた。
男の子、と今なら言えるけど、当時は界隈で最も恐れられていた男だった。
今ではあまり聞かなくなったが、
不良品の品をとって、不良、と呼ばれるカテゴリーに属していた。

あだ名は「オクゲ」。
本名が「おくした」だったような気もするが、
とにかく「オクゲ」という名前は
彼自身が発する不吉な雰囲気と相まってわたしたちが住む盆地一体に
どんよりと広がっていた。
そのオクゲが、花散る木の下に立っている。
右手に長さ30センチぐらいの鉄パイプを持って。

オクゲは、わたしと同級生で、わたしと同じくバスケ部に所属していた。
元々はおとなしいやつだったのだが、1年の冬ごろから急速に荒れ始め、
そのうちまったく部活に来なくなった。
どうも顧問の先生とひと悶着あったらしい。
それが原因なのか、わたしたちバスケ部員は、登下校時や部活中、
なにかといちゃもんをつけて絡まれたり、追いかけられたりした。
なんでとばっちりを食わなきゃならないんだ、と、
わたしたちはそのたびに嘆いた。
そうこうしているうちに、オクゲの行状は悪化の一途をたどり、
授業中、とんでもない音を立てるスクーターで校庭を走り回ったり、
誰かの歌みたいに学校中の窓ガラスを割って回ったりするようになった。
近くの公園で他校の不良と喧嘩になり、持っていた鉄パイプで誰かを衝いて、
肺に穴が開いた、などという物騒な噂も広がっていた。
鉄パイプで衝かれて肺に穴が開く、という絶妙に怖いリアリティに、
いわれなく追いかけまわされるバスケ部の面々は深いため息をついた。

夏休みのある日、隣の中学まで練習試合に出かけたその帰り、
わたしたちは、ばったりオクゲに出会ってしまった。
今でも鮮明にその時のことを覚えているが、
草ぼうぼうの斜面の上から、
わたしたちを見下ろすそのシルエットを捉えた誰かが
「あっ」と言った瞬間、顧問の先生が「逃げろ!」と叫んだのだ。
言うに事欠いて「逃げろ」かよ、と今となっては思うが、
そのときはみんな反射的に必死で走り出していた。
そして、逃げるわたしたちを見て、オクゲは斜面を駆け下りてきた。
そのあとのことは、よく覚えていない。
ただ、順番的には「先生の逃げろ」のあとに「追うオクゲ」だったことは
間違いないと思う。

そんなことが日常になっていた中学生活も、いつかは終わる。
たいした成績も残せないまま中学を卒業するバスケ部のメンバーは、
なんとなく、まあ記念写真でも撮っておくか、という話になり、
卒業証書の入った筒を片手に、
体育館前の桜の木の下にゆるゆると移動していた。
その、桜の木の下に、オクゲがいた。
ささくれだった短ランにボンタン。ガムテープで補修されたスリッパ。
焦点を結ばない目は、どこを見ているのかわからない。
そして、その右手に、鉄パイプが握られているのを見たとき、
わたしたちはうんざりしながらも踵を返し、三々五々、逃げ出した。

あれからオクゲには会っていないし、部活の仲間と会うことも
ほとんどなくなってしまった。
でも、桜を見ると、桜の下にいたオクゲを思い出すことがある。
そして、最近、ふと思うのだ。
もしかしたら、あいつが右手に持っていたのは、鉄パイプじゃなくて
卒業証書だったんじゃないか、と。

出演者情報:大川泰樹 03-3478-3780 MMP所属

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中山佐知子 2026年1月25日「夢で苦労している人」

夢で苦労している人

  ストーリー 中山佐知子
     出演 大川泰樹

夢で苦労している人の愚痴を聞いたことがある。

ある人は飛行機に乗る夢をよく見るのだが、
気がつくと飛行機に跨っているのだそうだ。
あ、しまったと思う。
するとなぜか夢は最初に戻る。
搭乗口の番号を確かめる。
案内されて飛行機に乗る。
座席に座って、シートベルトをしっかり締める。
シートベルトは何度も何度も確認する。
よし、こんどこそ大丈夫だ。
飛行機は無事に離陸する。
そして、気がつくとまた飛行機に跨っている。
「疲れるんだよぉ〜」と散々愚痴をこぼされた。

この人にはもうひとつ疲れる夢がある。
三輪車で神戸まで行く夢だ。
子供用の三輪車。
あれをキコキコ漕いで神戸の三宮へ行く。
「疲れるんだよぉ〜」ともういっぺん言われた。

またある人は、夢で空を飛ぶという。
空を飛ぶ夢はそんなに珍しくないとは思うが、
なぜか高度が低い。速度は駆け足程度。
川の上を飛ぶときは水面からせいぜい3メートルほどの高さ。
油断するとどんどん下がろうとする。
落ちたら泳げないので、なんとか上昇したい。
足が攣って目が覚めることもあるらしい。

そういえば、空を飛ぶ夢が気持ちよかったという人の話を
聞いたことがない。

金縛りは、夢の中でまた夢を見ているような状態だと思う。
動こうとしても動けない。
動けないが、見えている。
電気を消した部屋で寝ている自分がいる。
襖を隔てた隣の部屋も見える。
寝ている祖母がいる、
祖母の枕元の仏壇にうずくまる影がある。
泥棒だ。たいへんだ。
でも動けない。声も出ない。

泥棒だ。たいへんだ。
たいへんだ、たいへんだ、たいへんだ。
でも動けない。
わー、わー、わー。わあー。
最後のわあー!でやっと目が醒める。

夢って、疲れませんか。

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出演者情報:大川泰樹 03-3478-3780 MMP所属

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中村直史 2025年12月27日「WE DO NOT WORK ALONE」

WE DO NOT WORK ALONE
わたしがつくるものと、
わたしたちがつくりあうもの、について。

ストーリー 中村直史
   出演 大川泰樹

陶芸家であり、民藝運動を牽引した河井寛次郎(わかいかんじろう)は、
そのすばらしい作品と功績にもかかわらず
推挙された文化勲章も人間国宝も受け取ることがなかった。
誠実な人だったから、という人がいる。
本当の理由はわからない。

もしかすると、
河井寛次郎という人は、
生み出したあの素晴らしい作品の数々を、
「自分がつくった」とは思っていなかったのではないか?

もう今はいない人の気持ちを詮索し、
勝手に物語をつくりあげてはいけないと思いつつ。
「ものをつくる」ということにおいて大切なことを
河井寛次郎が示しているんじゃないかと感じて、
もう少し話を進めさせていただきたい。

こんな逸話を聞いた。
河井寛次郎は陶芸の仕事をしているときに
言葉を書き留めていた。

いつも腰にノートをぶらさげて
思い浮かんだものを書いていた。
夕飯時になると、それらの言葉を家族に聞かせたという。
そのとき彼は「今日はこんな言葉をもらったよ」と
家族に言ったらしい。
「思いついた」ではなく。「もらった」と。

「言葉をもらった」・・・だれに?

一人もくもくと作業し、一人で考え、一人で書き留めていたのに。
言葉たちは「もらったもの」だった。

そうして書き留められ、残された言葉たちは、
いま書物となって私たちも手に取ることができる。
たとえばこんな言葉がある。

ひとりの仕事でありながら、ひとりの仕事でない仕事

はたから見れば、たった一人の孤独な作業に見えるだろう。
けれど、いっしょにつくりあっていたのかもしれない。
陶芸というもの、文化というものを、脈々と、人知れず、
何百年何千年も受け継いできた先人たちと。
民藝の名になっている「民」、自分自身もふくめ、
有名無名にかかわらず、
その時代を生きる一人ひとりの「民」の人たちと。

ちなみに。
もちろん、陶芸の仕事じゃなくても、どんな仕事でも同じはずだ。

ひとり悶々と仕事に向き合い、
どうにも出口がないように感じる夜も。
決して慰めではなく、
むしろそこで自分一人と思うのは
おこがましいくらいのものなのかも知れず。

私たちは一人ではないのだ。
だれかが話してきた言葉をあやつり
だれかが見てきた目でモノを見
だれかが動かしてきた体をつかって動作する。

仕事という漢字に入っている、仕えるという言葉は、
仕事を発注した人や世の中のお客さんに仕えることだと思ってきたけれど
本当は、脈々とつないできた先人たちに仕える事なのかもしれない。

河井寛次郎が語ったことを、
世界の人に知らせたいと
外国の人がまとめた英語の本がある。
タイトルは「WE DO NOT WORK ALNOE」

私がつくるのではない。
どんなときも、私たちはつくりあっている。

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出演者情報:大川泰樹 03-3478-3780 MMP所属

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磯島拓矢 2025年12月21日「孤独」

「孤独」

   ストーリー 磯島拓矢
     出演 大川泰樹

今や東京中にコーヒーショップがある。
日本人はこんなにコーヒー好きじゃないと思うのだが、
いわゆるサードプレイスのようなものを必要とする人が、
それだけ多いということだろう。

コーヒーショップがこんなにも増える前は、
コンビニがサードプレイスだったと思う。
少なくとも独身時代の僕にとってはそうだった。
毎日毎日深夜にワンルームのマンションへ帰る。
早く帰って眠ればよいものを、
それこそ街灯に引き寄せられる羽虫のように、
コンビニの明かりに吸い込まれる。
僕だけではなかったと思う。店内には一人客がいつもいた。
渋谷に近かったせいか、
外国人モデル向けの借り上げマンションがあるようで、
すらりと背の高い女性をよく見かけた。
夜コンビニで立ち読みするのに、そんなキレイじゃなくていいだろう!
といつも思っていたのだが、
もちろん口にしたことはない。
やたらキレイな女性の横で雑誌をめくり、
朝に飲む牛乳パックを持ってレジにゆく。
バイトの金髪君が、週5日くらいレジに立っていたと思う。
「いらっしゃいませ」
「あ、袋いいです」
店内でかわす言葉はこれだけだった。
別にエコというわけじゃなく、
僕はビニールの感触が苦手でいつも袋を断っていた
みんなコンビニの明かりに引き寄せられながら、
並んで立ち読みをしながら、
それぞれがそれぞれの孤独を楽しんでいたように思う。

ある日のことだ。深夜いつものように立ち読みをし、
いつものように牛乳パックを手にレジへ向かった。
「いらっしゃいませ」
バイトの金髪君はバーコードを読み込み、
すっと牛乳パックを僕に戻した。
店を出てふと思った。「あ、僕は金髪君の知り合いになった」と。
彼はビニール袋を用意するそぶりを見せなかった。
「袋どうしますか」とも聞かなかった。つまり
僕のことを「袋をもらわないいつもの人」と認識してくれたわけだ。

うれしくなって帰り道スキップを踏んだ、なんてことはない。
ただその夜から、
そのコンビニは僕にとって「金髪のバイト君の店」になった。

その後も僕はコンビニに通い、美女の横で立ち読みをし、
牛乳を買った。
金髪君と親しくはならなかった。
「袋いいです」という僕の一言がないだけ、むしろ会話は減っていた。
それでいいと思っていた。
とある女性とつき合い始めた時、
彼女がビールをお土産に部屋に来てくれたことがある。
コンビニのビニール袋に入ったビールを見て、
ああ、この点だけは、
彼女より金髪君の方が僕のことをわかっているな、
なんて思ったりした。
その女性とうまくいかなかったのは、そのせいではないけれど。

結婚を機に、ワンルームから引っ越して10年以上たったある日、
たまたまその近くで会食があり、懐かしくて会食終わりに散歩をした。
コンビニは、まだあった。明かりに引き寄せられるように店に入る。
言うまでもなく、雑誌はすべて封がされていて立ち読みはできない。
きれいなモデルさんもいない。
きっと近くのコーヒーショップにいるのだろう。
僕はミントガムを手にセルフレジへ向かう。
「袋は不要」を押し、バーコードを読み取り、決済をして、店を出た。
久しぶりに金髪君のことを思い出した。
でも金髪君は、僕のことを思い出したりしないだろう。
そう思ったら、ちょっと、寂しくなった。

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出演者情報:大川泰樹 03-3478-3780 MMP所属

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小野田隆雄 2025年11月9日「すすき、幻想」

すすき、幻想

       ストーリー 小野田隆雄
          出演 大川泰樹

広い広いすすきの草原に、
月の光がさしていました。
すすきの穂が、風の中で、
寄せては返す波のように金色にひかっています。
すすきの穂波は、はるかかなた、
草原の向こうにある山のふもとまで、走っていきます。
そして山々は雪をかぶり、
まぼろしのように浮かびあがって見えるのでした。
真夜中に近い時刻のようです。
まだ少年の私は、黒いマントを着て、
左手に重いカバンをぶらさげて
すすきの海を一生けんめい歩いていました。
すると風が吹きぬける中を、
青い着物を着た女性がひとり、歩いてくるのです。
室町時代のあそびめのように、
細い帯を腰のあたりに低くしめ、
黒い髪をうしろにたばねていました。
面長な顔立ち、青白い肌、切れ長の眼、
形のよい唇。
彼女は私の前で、立ち停り、私を見ました。
そして、すーっと何かを呑み込むように笑いました。
赤い唇がすこしひらかれると、
なんだか、あたりの空気がゆらりとゆれて、
ひときわ強く、風の音が聞えてきます。
狐だ!、少年の私はそう思いました。
すると月が雲に隠れ、女性の姿も消えました。
すすきの原は、暗い灰色の、ただのすすきの原に
もどってしまいました。
このカバンは? ふと、少年の私は思いました。
この左手にぶらさげている重いカバンは、
いったい何が入っているのだろう…
気がつくと、私は現実の私にもどっていました。
六十歳をずいぶん過ぎた私が、
無彩色の、夜のすすきの草原に、
カバンをぶらさげて、立っているのでした。



出演者情報:大川泰樹 03-3478-3780 MMP所属

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