中山佐知子 2022年12月25日「聖夜」

聖夜  

   ストーリー 中山佐知子
    出演 
大川泰樹
         
   紀元前4年乃至7年のころだった。
   東の国の占星術の博士たちが
   はるばるユダヤの国にやってきて尋ねた。

   このたび生まれたユダヤの王はいずこにおわせしや。
   我ら東方よりかの人の星を見て
   その誕生を知る。

   3人の博士は
   ベツレヘムの方向に
   ひときわ輝く新しい星が生まれたのを見て
   ユダヤの国に新しい指導者が誕生したことを知ったのだ。

   星は博士たちを導き
   やがて、ひとりの幼子の上で止まった。
   その子は宿屋の飼い葉桶の中で
   布にくるまり母と共にいた。

   三人の博士は幼子の前にひれ伏し
   黄金、乳香、没薬を贈物としてささげた。

   星とともに生まれ
   ユダヤの王になるべき幼子は
   イエスと名づけられた。
   その母をマリヤという。

   そのとき、ユダヤの王だったヘロデは
   その幼子の存在を恐れ
   ベツレヘムの二才に満たない男の子を
   ひとり残らず殺させた。
   
   ベツレヘムは
   子を失った父と母の嘆きの声に満ちていた。
   
   このときヘロデ王に殺された男の子の数は
   次第に誇張され
   14,000人とも64,000人とも記される。
   イエスの誕生に伴う犠牲である。

   さて、イエスの誕生とともに生まれた星は
   一説によると超新星といわれている。
   超新星は星の誕生というより爆発で、
   強烈なガンマ線を放ち
   これもまた、輝くための犠牲である。



出演者情報:
大川泰樹 03-3478-3780 MMP所属

Tagged: , , ,   |  コメントを書く ページトップへ

上田浩和 2022年11月6日「女の子ちゃん」

女の子ちゃん

    ストーリー 上田浩和
       出演 大川泰樹

女の子ちゃんは考える。
男の子はなんで立っておしっこするんだろう?
どんな気分なの?
気持ちいいの?
ちょっとお行儀わるくない?
じょぼじょぼうるさいし。はねるし。

男の子はお外でも平気でおしっこするよね。
はずかしくないの?
風邪ひかないの?
木に向かってするのはなぜ?
木の栄養になるってこと?
その木にみかんがなったら、味はもしかして…。

女の子ちゃんはそんなことを考える。
座っておしっこしながら考える。
座るといろいろ考える。
男の子は座らないから、おバカなんじゃないの?

女の子ちゃんには夢がある。
プリンセスになること。
だからツメをかむのも我慢する。
ほんとうはがしがしかみたい。
でも、プリンセスになりたいなら、
お行儀よくしないといけない。
あと結婚もしないとね。
相手はパパがいいんだけど、
そうなると、パパとママは離婚しないといけないらしい。
ある日、女の子ちゃんが、
ママに「パパと別れてくれる?」と聞いた時は即答だった。
いいわよ。一瞬の迷いもなかった。

さっきまで降っていた雨があがった。
保育園の教室から見上げた空には、虹の予感があった。
お昼の2時に虹が出た。
男の子たちのあいだではやっているダジャレを
女の子ちゃんも言ってみた。
言った瞬間、ダジャレのどこがおもしろいんだろうと思った。

パパもやっぱり男の子だったのかな。
きっとそうに違いない。
パパも立っておしっこするし、ダジャレも言う。
校長先生、絶好調。
それのどこがおもしろいんだろう。

もう雨雲は見当たらない。
空はそろそろ夕焼けの準備をはじめる頃だろう。
もうすぐママが迎えにくる。
ママとパパが別れたら、
ママがお迎えにくることはなくなるのかな。
女の子ちゃんは泣きそうになった。
プリンセスになるためには仕方ないのかな。
プリンセスの笑顔がどことなくさみしそうなのは、
きっといろんな理由があるんだろうな。

女の子ちゃんも、来年は小学生。
校長先生に会ったら、
パパの言ったダジャレのおもしろさにも気づくかもしれない。



出演者情報:
大川泰樹 03-3478-3780 MMP所属

Tagged: , , ,   |  コメントを書く ページトップへ

中山佐知子 2022年10月30日「青い鳥」

青い鳥

ストーリー 中山佐知子
        出演 大川泰樹

1879年の4月8日は
イギリスの牛乳屋にとって特別な日だった。。
この日、初めてミルクはガラス瓶で配達されたのだ。
それまではミルク売りがくると
おかみさんたちは瓶や水差しを持って家から出てきて
馬車に積んだミルクをおたまですくって買っていた。
朝昼晩、一日3回牛乳売りが来ていた時代だ。

さて、このガラス瓶のミルクが定着した1920年代のはじめ
イギリスの南部の街サウサンプトンの郊外で
アオガラという青い羽を持つ小鳥が
玄関口に配達された瓶の蓋をこじ開けて
盗み飲みをする姿が目撃された。
蓋のすぐ下には乳脂肪たっぷりのクリームが固まっている。
それを飲んでしまうのだ。

やがて黒いネクタイのシジュウカラや
とんがり帽子のヒガラもアオガラを見習うようになり
イギリス中でミルクを盗む小鳥が目撃されるようになった。
それから赤いチョッキのコマドリがやってきて
アオガラのお余りを飲むようになった。
さらに少し離れた茂みにはキツネが座り込んで順番を待っていた。
小鳥たちはすっかり牛乳配達のファンになった。
彼らは常に配達のクルマを取り巻き、
隙を見つけては配達する前のミルクを飲んだ。
ある学校に配達された300本の牛乳のうち
50本以上が盗み飲みされていた日もあったという・

ミルク瓶の蓋はいろいろ開かない工夫が考えられたが
状況は改善されなかった。

ミルクを受け取る人が鳥を理解する必要があるという
意見が出された。
鳥は見つけたものを食べにくるのだから、
見えなくすればいい。
頑丈な牛乳箱の登場だった。

動物学者は鳥の社会的行動について研究を深め、
カメラを持っている人はプロもアマチュアも
小鳥がミルクを飲んでいる写真を撮りたがった。
ミルク瓶と小鳥の絵は人気のカードにもなった。

不思議だったのは何十年も被害に遭い続けた人々から
鳥を追い払えという意見が出なかったことである。
ある新聞にはこんな投書が届いた。
「私たちが小鳥の棲む森を奪ったのです。
 人間の愚かな行為が彼らを追い詰めたのです。」

いまアオガラはミルクを盗むのをやめている。
配達が減って、みんな店でミルクを買うようになったし
瓶の蓋も開けにくくなったのもあるが、
庭のある家ではチーズやベーコンの皮、ナッツなどのご馳走を
置いてくれるのだから
わざわざ開けにくい蓋に挑戦する必要もない。

イギリスは鳥を愛する国である。
バードウォッチング発祥の地で、日常の話題のひとつが自然科学だ。
野鳥の数は、持続可能な農業の土地利用の目印になっている。
しかし、この国でさえ2012年に発表された報告によると
野鳥は半世紀でおよそ20%、4400万羽減っている。

2017年、王立鳥類保護協会では庭で野鳥を助ける提案をした。
その中には庭で野菜を育て、
その野菜につく害虫を食べてもらうと言う提案が含まれていた。




出演者情報:
大川泰樹 03-3478-3780 MMP所属

Tagged: , , ,   |  1 Comment ページトップへ

磯島拓矢 2022年9月4日「トンボ」

「トンボ」

  ストーリー 磯島拓矢
     出演 大川泰樹

小学生になった息子が、軽快に自転車を飛ばしている。
僕は後をついていく。
その背中には、できることが増えたよろこびが満ちている。

公園の散歩道に入る。
彼は何台もの自転車を追い抜いてゆく。
こんなにゆっくり漕げるなんて逆にすごい!
と思えるおばあさんはもちろんのこと、
小さい女の子をのせた若い母親、高校生くらいの男の子も追い抜いてゆく。
男の子は大声で歌を歌っていた。
元気でいい歌声だった。

トンボが飛んできたのは、そんな時だ。
息子の前をスーッと横切る。
当然視線はそちらに流れる。
そして、転んだ。
大きな石をよけそこなったのか、原因はわからない。
ただただ見事に転び、かごに入っていたザリガニ獲りの道具をぶちまけた。
急停止して自転車のスタンドを立てようともたもたしている父親の横を、
3つの影が通り過ぎた。
歌っていた男の子が、すごい勢いで息子に駆け寄る。
「大事大事、荷物は大事だよ!」
と言いながらぶちまけた道具を集めてくれる。
若いお母さんはいつの間にか息子の脇で立ち上がるのを助けてくれている。
小さな女の子も「大丈夫?」と彼のズボンの泥を払っている。
もう無茶苦茶可愛い。
そしておばあさんは自転車にまたがったまま
「大丈夫かい?頭打ってない?大丈夫かい?」
繰り返し語りかけてくれる。
もはや僕のやることはなく、ただただその光景を見つめていた。
息子も呆然としている。それは、転んだショックというよりは、
突然、圧倒的善意に囲まれた戸惑いのように、僕には見えた。

「じゃあね気をつけてね」
ケガがないとわかると、4人は立ち去ってゆく。
僕は慌てて背中に向かって声をかける。
「ありがとうございます」
息子もようやく我に返り「ありがとうございます!」と叫ぶ。

愛とは何かという命題に対し、たくさんの人が様々な名言を残している。
僕はそこに「愛とは反射神経だ」という一言を加えようと思う。
転んだ人に手を差し伸べる。転びそうな人に手を伸ばす。
これはもう、反射神経だ。
人を助けるために、人の身体は自然と動くようにできている。
息子に駆け寄ってくれた4人から、僕はそんなことを感じた。
愛とは反射神経だ。
人の身体にあらかじめ備わっているもの。そして、
脳が指令を出す前に、突然発露されるもの。

目の前を再びトンボが横切る。
先ほどのトンボと同じかどうか、それはさすがにわからない。
「お~い、トンボだぞ」僕は息子に話しかける。
「いいよ別に」
転んだのはコイツのせいだと言わんばかりに、彼は口をとがらせている。
まあ怒るな。
トンボのおかげで、お父さんはいい風景を見ることができたんだ。

出演者情報:大川泰樹 03-3478-3780 MMP所属

Tagged: , ,   |  コメントを書く ページトップへ

安藤隆 2022年7月24日「 きょうは飛鳥さんと天の川」

きょうは飛鳥さんと天の川

 ストーリー 安藤隆
    出演 大川泰樹

 飛鳥さんが「天の川見たことない」と言う
から「天の川を、ミルキーウエイというのは、
どうしてですかあ?」と、僕の物知りぶりを
披露して、自慢しようとしたら「ひろしくん、
おしっこ出しなっ」と飛鳥さんが、寝ている
僕の僕を無造作につかんで、尿瓶の口に突っ
こんだ。
 ミルキーウエイの話が、どうしておしっこ
の話に変わったのと思ったけど、まあいいか
あ、と思った。僕は飛鳥さんを気に入ってい
るから。
僕は天の川を見たことがいっぺんある。あ
れはぜったい天の川だった。
 小学校4年と5年の2年つづけて、夏休み
のあいだじゅう、岐阜の山村にある父親の生
家に預けられて過ごした。
 庭で飼っている山羊の乳が搾りたてで毎朝
飲めるし、卵も生みたて、昆虫もいっぱい。
そのうえ店が忙しい親にとって、めんどくさ
い盛りの小学生を厄介払いできる一石二鳥の
アイデアというわけ。いま思い返せばね。
 僕は、でも、自然豊かな父親の村での夏を
十分楽しんだ。早朝、霧のかかった山へ入り、
みんなで蚕の桑の葉を摘んだ。夕方の矢作川
は、水面が斜めに光って、川がぐっと深くな
り、鮎がうようよいた。いとこたちが、おも
ちゃみたいな竹のモリで、たちどころに一人
5、6匹突いて、笹に刺し、意気揚々と持ち
帰った。
 天の川を見たのは、集蛾灯に集まる昆虫を
捕りに、夜の田んぼへ行ったときだ。うるさ
く飛び回るウンカや、蚊や、こがね虫や気味
のわるい蛾に混じって、目当てのかぶと虫も
いた。木の幹にいるのを見つけると、輝く宝
物だけど、集蛾灯のかぶと虫は、汚らしいた
だの虫に見えた。気分が下がって捕るのをや
めたら「お前が言うから連れてきてやったの
に」と、いとこたちは怒ったけど。
 その帰り道。異変を感じて見上げたら、空
が、集蛾灯みたいに細長く青白かった。星が、
虫みたいに集まっていた。
 「天の川だ、天の川だ」と騒いだら「きょう
は七夕でないで。8月だで。天の川でないわ」
と、いとこたちがバカにした。
 天の川は、天女の母乳が宇宙に飛び散った
んだ、だからミルキーウエイなんだ、という
話を飛鳥さんにまだできていない。飛鳥さん
なら飛び散らせるかもしれないね、と褒めた
いけど、セクハラじじいってまた言われるか、
あはは。
 僕はおしっこを尿瓶に垂れながら、子犬の
ように飛鳥さんを見あげる。
 「窓あけて天の川見たい」と甘えたら「見え
るわけないよ、夜でも明るいから」と言いな
がらあけてくれた。やっぱり飛鳥さんはやさ
しい。むーっとする湿った空気がさっそく入
ってくる。
 僕はベッドに寝たままだけど、二人で恋人
みたいにちょっと黙った。
 「汚いから、じぶんで拭いて」おしぼりを手
渡される。僕の僕にやっと届かせながら
 「来年の七夕って、飛鳥さんにまだ会えるか
なあ」と言ったら、
 「ひろしくん、おしっこけっこう出るから、
大丈夫だよ」と飛鳥さんが笑った。

出演者情報:大川泰樹 03-3478-3780 MMP所属

Tagged: , , ,   |  コメントを書く ページトップへ

中山佐知子 2022年5月29日「たんぽぽ婆さん」

たんぽぽ婆さん

    ストーリー 中山佐知子
       出演 大川泰樹

近所に怖そうな婆さんが引っ越してきたのは
僕が小学校のときだった。
爺さんはおらず、婆さんと婆さんの娘と
ふたりきりだった。
何をして食べているのか分からないし。
婆さんは気が強く、押しも強く、
子供たちもよく叱られたが
娘さんは婆さんに似ない優しげな人で
話しかけると明るい声で受け答えをしてくれた。

引っ越して来て1年ほどたったころ、
娘さんの縁が決まってお婿さんがきた。
婆さんの家で質素な婚礼があった。
窓からのぞいた花嫁の顔はきれいだったし、
お婿さんもがっしりしたよさそうな人だと母は喜んだ。
婆さんもこれで楽隠居だとみんな思っていた。

ところが
婚礼から三月もしないうちに娘さんが亡くなってしまった。
あまりに急なことでびっくりしたのと気の毒なのとで
子供たちもしばらくはイタズラをやめたほどだったし。
ご近所も遠巻きに心配していた。
お婿さんはしばらくいたが、
四十九日が終ると肩を落とした姿で元の家に帰っていった。

婆さんはひとりになってしまった。

さて、それからだった。
頼みの綱の娘夫婦を失った婆さんは
隠居などしていられなかった。
朝は早くから箱車を押して竹輪や蒲鉾を売り歩き、
夕方になると銭湯の前にたこ焼きの屋台を出した。
さすがの強い気も折れて、愛想がよくなり、
夜はときどきうちのお風呂をもらいに来るようになった。
みんなが婆さんのことを「たーばー」と呼ぶようになったのも
その頃だ。
「たーばー」はたんぽぽの「た」と
「ばあさん」の「ば」の組み合わせだと聞いたが
決して野の花にたとえられるような婆さんではなかったので
なんでたんぽぽなんだ?と僕は不思議だった。

朝、僕がまだ寝床にいる時間から
婆さんは車を押して竹輪を売り歩き
僕が学校から帰る頃にはたこ焼きを焼いていた。
竹輪の車にもたこ焼きの屋台にも鈴がつけてあって
チリンチリンと大きな音で鳴った。
その音を聞くと、母は財布を持って玄関を出て行った。

春の運動会が近づいたころ
生徒は運動場の芝生の雑草を抜くことになった。
メヒシバやチドメグサに混じって黄色いタンポポがあった。
タンポポは黄色い花と緑の葉っぱの下に
とんでもなく長い根っこがあり、
とても全部掘ることはできなかった。
途中で切れてしまったタンポポを
僕たちは「ちっ!」と言いながら集めて捨てた。
残った根っこがまたタンポポになる。
タンポポってすげーと思った。

運動会の日、たんぽぽ婆さんは
学校にたこ焼きの屋台を曳いてきた。
人だかりがして大繁盛の屋台の下に
僕たちが抜くのを諦めたタンポポが黄色い花を咲かせていた。

出演者情報:大川泰樹 03-3478-3780 MMP所属

 

Tagged: , , ,   |  コメントを書く ページトップへ