三島邦彦 2025年8月3日「だれも見てはならぬ」

「だれも見てはならぬ」三島邦彦

ストーリー 三島邦彦
   出演 平間美貴

その島に行ってみようと思ったのは偶然だった。
SNSでホテルの写真を見てたまたま行った一人旅。
どこでもいいからどこかに行きたい、だけど実家じゃつまらない、
という夏の週末を過ごす34歳独身女性の気軽な旅行。
その頃の私には、誰にも気兼ねなく過ごす時間がとにかく必要だった。

日本海に浮かぶ小さな島で飛行機を降りて、
さらに小さな島へフェリーで渡る。
東京は耐え難い暑さだったのに、
その島の空気は驚くほどに涼しかった。
空気が違う。それはとてもいいことのように思えた。

港から歩いてすぐにあるホテルに着き、
部屋に入ると窓の外は一面の海。
日本海は青さが違う。深い藍色が目の前に広がる。
まだ船の中にいるような気分。
遠くに来たことの満足感を味わう時間。

夕食まで少しの時間があったのでホテルの中を散策することにした。
地下に小さなライブラリーを見つけ、
その棚の一角に郷土の歴史についての本が数冊あった。
その島のことをよく知らないことに気づいた私は、
一冊を部屋に持ち帰った。

一人で静かな夕食をとり、
部屋に戻ると外はすっかり暗くなっていた。
海も山も暗闇の中に溶けて、
どこまでが海でどこからが山かがわからない。
部屋の外はまるごと一つの夜だった。

窓辺の椅子に座り、先ほどの郷土史の本を開く。
何気なく開いたページには、
島の祭りについての解説が書かれていた。

島には年に数回のお祭りがあるという。
その中で一番重要とされているお祭りは、
見てはいけない祭りだった。

その祭りが行われる夜、
島の人間はだれも外に出てはいけないというのがそのお祭りのルール。
一晩をかけて神様がその島を練り歩くため、
人は決して家を出てはならず、
窓から外を見ることも許されないという。
外に出た人や、外を見た人に何が起こるかは書かれていなかった。
きっとそんなことを考える人も試みる人もいないのだろう。
だれも見ることがない、
だけどそれは一つのお祭りであるという不思議。
窓の外の闇を見つめる。
家の前を何かが通り過ぎていくのを想像する。
老人も子どもたちも、すべての人が静かに過ごす夜を思う。

それがいつのことなのか、なんという名前のものなのか、
今はもう忘れてしまったけれど、
その祭りの存在は、不思議と心に残っている。
一年のどこか、その島では、だれも見ない祭りが行われる夜がある。

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出演者情報:平間美貴 03-5456-3388 ヘリンボーン所属

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遠藤守哉のご挨拶 2025夏

遠藤守哉のご挨拶

   出演;遠藤守哉

本日2025年7月26日は、凶暴な暑さです。
気温34℃。
1時間前は35℃でした。
一日の暑さのピークは何とか過ぎたようです。
が、暑いです。

しかも、テーブルの上にはカセットコンロがあり
大きな鍋が乗っています。
およそ1時間半煮込まれたその鍋の中は
アイスバインという豚の脛肉の塩漬けと野菜。
肉を食べ終えたらソーセージ。
こんな日の煮込み料理って命知らずですよね。はっはっは。

しかも、その熱を放つ鍋の横で
僕たちは原稿を読みます。
いえ、エアコンはありますがノイズになるので
スイッチがオフになっています。
暑いです。

そんなわけで、来月の収録はお休みです。
9月のTokyo Copywriters’ Streetはお休み、です。
ごめんなさい。暑いです…。

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関陽子 2025年7月27日「あとの祭り」

あとの祭り

    ストーリー 関陽子
       出演 遠藤守哉

ようこそ、あとの祭り回収所へ。
本日はどんなあとの祭りを回収いたしますか?

そうですね、3大祭りは、
恋の告白。政治家様の失言。夏休みの宿題。となっておりますね。

ああ、あの時思い切って好きだ、と言っておけば!
ああ、ついついオフレコだと思い込んでポロリと本音を!
ああ、なんでうちの子、絵日記が7月から白紙なの?!
・・ほんっと、あとの祭り、でしょ。
はい、回収しますと、皆さん晴れ晴れとお帰りになります。

お客様の前は、お身体のことが続きましたね。
お酒を嗜みすぎて、階段から落ちて大事な顔を擦りむいた、とか。
引越しで、本の詰まった段ボールを持ち上げてしまって腰を!、とか。
実のところ、カラダの後悔は、ココロのそれより切実でして、
その分、こちらの回収は、少しお値段が張るんですが。

で、お客様はどんなあとの祭りを?
・・ベッドサイドに置き忘れたスマホを妻に・・。
あ〜それもあるあるですよ、ふふふ。

では注意事項を。

回収した世界線で、お客様がお幸せになるかどうかは、
保証しかねます。
むしろ一度回収してしまうと、
大抵の方が次はあれ、その次はこれ、となりましてね。
そのうち、幸せになりたいはずなのに、なぜか不幸を探し回るようになってしまう。
回収中毒・・というんでしょうか。
ま、こちらは商売大繁盛の万々歳でございますがね。
・・おっと、口が滑りました。
これこそあとの祭りですよねぇ、ふふふ。

では、どうされますか?
お顔が少しお曇りのようですが、
あまり時間はありません。
この、あとの祭囃子が終わるまでに、
どうぞ、ご決断を。

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出演者情報:遠藤守哉 https://www.nicovideo.jp/watch/sm21477221

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田中真輝 2025年7月20日「りんご飴」

「りんご飴」

   ストーリー 田中真輝
      出演 大川泰樹

暗い川沿いの道を、虫の声に包まれながら歩いていると、
遠くにぼんやり赤い光が見えてきた。
かすかに、太鼓の音も聞こえるようだ。
白縫(しらぬい)神社。かつては、古くから伝わる祭り装束を
この神社で縫っていたのだと、母から聞かされた気がする。
光と音に引き寄せられるように歩みを進める人影が
暗がりのなかにゆらゆらとゆれる。

あれから何年経ったかな、と浩一(こういち)はふと考えて、
あれからって何から?と自問する。
幼いころは、地元の祭りが楽しみで、母に、
よく連れてきてもらったけれど、いつのまにか行かなくなった。
県外の高校に通うようになって、地元の友達と
遊ばなくなったせいかもしれない。そのまま大学に進学し、
そしてほとんど地元には戻らなくなった。

てかてかと赤く光るりんご飴が欲しくて、
何度もせがんで買ってもらったのに、結局食べきれずに
捨ててしまった。そんなことを思い出しながら、
賑やかな屋台に挟まれた道を歩いていく。

そういえば、母の手を振り切って走っていこうとすると
母はこわいことを言って、わたしたちを立ち止まらせた。
わたしたち、それは、わたしではなくわたしたちだったと思う。
いち、にい、さん、し、ご。
祭りのあかりを縫うように広がる暗闇のなかで、わたしたちは
かくれんぼをした。
二十数えたら、探しにきて。
わたしはそう言って、隠れる場所を探して走った。
ろく、しち、はち、きゅう、じゅう。
明かりと暗がりの狭間を走っていると、誰かにぱっと
手をつかまれた。
母だった。
暗いところに行くと、影を縫われるよ。
母は、そう言って、わたしの手を引いて歩いていく。
まってよ、浩二と、かくれんぼしてるんだ。
わたしの声は、賑やかな喧騒と祭囃子にかきけされる。
母は、まっすぐ前を向いて、どんどん歩いていく。
ぐるぐるまわる影と光の中で、わたしは、
あの赤いりんご飴が欲しい、と、ふと思う。
買ってもらったりんご飴は、食べかけのまま、家の台所に置かれていた。
次の日も、また次の日も。

それから、ちょうど二十年経った。
赤いりんご飴の屋台の光。その光の輪の外にある暗がりの中に、
小さな影が見える。その影がゆっくり振り向くと、
あ、にいちゃん、みつけた。と言う。



出演者情報:
大川泰樹 03-3478-3780 MMP所属

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佐藤充 2025年7月13日「ホーリー」

ホーリー

  ストーリー 佐藤充
     出演 地曵豪

「キッキッキッキ、キィキィキィ」
枕元で猿が鉄格子を揺らしながら鳴いている。

インドのバラナシ。
ガンジス川まで徒歩5分のゲストハウス。
その屋上に乾季限定でトタン屋根に鉄格子で囲われて
ベットがびっしり置かれているドミトリーの相部屋がつくられる。

トタン屋根に鉄格子。
吹き抜ける風。騒音。スパイスのにおい。
部屋というより出入りが自由にできる牢屋。
動物園の動物たちの気持ちを体験できるオリ。
と言ったほうがいいかもしれない。

一泊100円。ほぼ外。

一番手前に置かれたベッドが僕のスペースで、
そこに服や本など荷物を置いておく。

セキュリティという概念はない。
自己責任と信頼関係のうえに成り立っている。

盗まれたら困るパスポートやお金は、
ウエストポーチの中に入れて寝るときも、
シャワーを浴びるときも肌身離さず持っておく。

20くらいあるベッドは
人種や性別様々なバックパッカーたちで埋まっている。

朝になると猿に起こされる。
鉄格子を激しく揺らす。

お母さん人間が寝ているよ。
そうだね、馬鹿みたいな顔して寝ているね。
起こしてやろう。
ほら、寝るな寝るな。
起きろ起きろ。
なんかやってみろ。

毎朝、
猿はオリのなかで寝ている人間たちにちょっかいをだす。

バラナシの猿は狂犬病をもっている。
噛まれないように気をつけろ。
先輩バックパッカーが教えてくれた。

誰かが入り口を開けっぱなしだったときなど、
そこから猿が僕たちのオリの中に入ってきたので、
全員で猿を威嚇して追い出したりもした。

猿に怯えて暮らす日が来るとは思わなかった。
そして、脅威は猿だけではなかった。

オリのなかでの生活の初日。
なにも知らずに寝て起きたら、
全身を蚊に70箇所以上刺されていた。

ほぼ外で寝ているのと一緒なのを忘れていた。
蚊帳が必要なことを知らなかった。

バラナシの蚊はマラリアに感染する。
刺されないように気をつけろ。
先輩バックパッカーが教えてくれた。

刺される前に知りたかった。

マラリアに感染したかもと怯えながら、
インドの強烈な薬を飲んだり塗ったりして対処した。

そんなオリでの生活も1週間がすぎた。
暑さによる寝苦しさや睡眠不足は否めないが、
夜になると耳元を飛ぶ蚊にも、
朝になると騒ぐ猿にも少しずつ慣れていった。

別に慣れる必要などない。
もっと快適な環境に移動しなさい。
そう思うだろう。

貧乏バックパッカーだということもあるが、
今回のバラナシにはある目的があってやってきた。

インドのホーリーという祭りに参加するためにやってきたのだ。

ホーリーとは春の訪れを祝う祭りで、
インドやネパールの各地の町中で極彩色の色粉や色水をかけ合う。

その日だけはカーストや男女貴賤など関係なく、
誰彼かまわず「ハッピーホーリー」と言いあい
全身を色まみれにしあう。

特にバラナシはインドの中でも
もっとも過激なホーリーが行われるのだと聞いた。
身も心も準備万端。いつでもハッピーホーリーだ。

バラナシのホーリーは死人がでる。
去年はバックパッカーが2人死んだ。
先輩バックパッカーが教えてくれた。

死ぬ?ホーリーで?ぜんぜんハッピーじゃない。
先輩バックパッカーの話の真偽はわからないが、
僕は素直なので基本的に先輩の言葉は信じる。
そこまで過激だと思ってはいなかった。

ゲストハウスのスタッフたちも
ホーリーの日は外出すると危険だと言う。

急遽、ゲストハウスの屋上で実施することになった。
ホーリーは一切トラブルもなく、とても安全に行われた。

その翌朝だった。
「キィキィキィキィ」
また猿たちが起こしにやってきた。

「キッキッキッキィィィイ!!」

明らかにいつもと様子が違う。
怒りの感情がこもっている。

目があけると我々のオリを囲んでいたのは
歯をむき出しの赤青黄色紫など極彩色な猿たちだった。

起きろ。
ふざけるなよ。
なんだこれは。
どうしてくれるのだ。
どんな顔料を使っているのだ。
ガンジス川で洗っても落ちないだろ。

オリの外で訴えかけてくる極彩色な猿たちを
オリのなかからジーっと眺める。

色が違うだけでいつもの猿と変わらない。
そう気づくと飽きてきて眠くなってきた。
横になり、二度寝する。

ここでの生活も悪くない。

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出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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名雪祐平 2015年6月1日「青天の月」

青天の月

   ストーリー 名雪祐平
      出演 平間美貴

ハロー、ぼくです。
ぼくは男でも女でもない。
仇名は、ゾラ。

16の時、校舎の屋上でこんなことがあったんだ。
売店で買ったコロッケパンをほおばろうとしてたら、
天文部の月子が近づいてきた。
「へぇー、いかにもコロッケパンらしいコロッケパン」
月子はへへへへと笑いながら、いきなり手をのばして、
コロッケパンからコロッケを奪い取り、
空中にオーバースローで放り投げた。

5月の青空に浮遊する、コロッケ型UFO。
ぼくの手に残ったのは、ただのパン。
アイデンティティを無くしたパン。

月子は、指についたソースを面倒くさそうに舐めながら、
聞いてくる。
「そのパンにいま、何が挟まってる?」
見てのとおりさ。何も。
「君だよ。この青空みたいに、がらんどうの君が挟まってる」
ぼくは何も抵抗できなかった。
なにしろ、ゼロ・アイデンティティ。

「がらんどうだから、名前なんか無くていいね」
間に合わせに、月子はぼくに仇名をつけた。
青空を略して、ゾラ。
宇宙人みたいな、ゾラ。

「ゾラ、あしたから国籍無しね」

オッケー。
月子とぼくは、また会う約束をした。
この屋上で、雲ひとつない青空の日にだけ会う。
一週間に一日あるかないかだったけれど、
月子は会うと気まぐれに
へへへへと、ぼくから一つ一つ奪っていった。

「ゾラ、人種無しね」

「ゾラ、性別無しね」

「ゾラ、夢無しね」

夢なんかもともと無かったけれど、
無くていいんだと、スーッと楽になった。
そうやって一つ奪われるたびに、不思議なことに
ぼくは身震いするような喜びを感じた。

これが自由なんじゃないか?
あたりまえにあると思い込んでいたコロッケが、
何個も空に飛んでいった。

雨ふる季節になった。なかなか月子に会えなくなった。

ぼくは、どうしても無くしたくないものに気づいてしまった。
つぎに月子に会ってしまえば、それを「無しね」と
告げられそうで恐ろしい。
だから、祈った。
あした雨になあれ。あした曇りになあれ。

6月のある日。梅雨が嘘のような青空。
ぼくは階段をのぼった。
屋上で、もう月子が待っていた。
へへへへ、こんなに無邪気に笑うんだ。

「ゾラ、わたし、無しね」

恐れていたとおり、ぼくは月子を無くした。
会ったのは、それが最後。

抜けるような青天の日。
白い月が淡く見えることがあるでしょう。

ハロー、月子。
ハロー、ゾラです。
あれからぼくは、ほんとうに、がらんどうになったよ。
ぼくは自由なんだ、よね?

ぼくはささやく。返事はなくても。



出演者情報:平間美貴 03-5456-3388 ヘリンボーン所属

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