「鬼は笑ったのか」 久世星佳

「鬼は笑ったのか」

      久世星佳 

年が明けた。

いや、これを認めている時は
まだ、正確には明けてはいない。

来年のことを言うと鬼が笑う・・

物心ついた時には
意味をちゃんと知ってか知らずか
口にしていた言葉の一つだ。
けれど近頃では
未来は自分で作るもの。
なりたい自分を思い描いて
どんどん言葉にするべし、
という考え方が増えているらしい。

有言実行、ということになるのか。
もし、鬼の目を盗むのなら
不言実行のほうが良さげである。
鬼とは人の心に棲みつくものなのか。
2月には出て行けと豆を投げられ、
鬼の居ぬ間に・・と
その場にいないことをありがたがられ、
昔話のヒール役をもさらりとこなす。

どこかでべそをかいていないか・・
鬼の目にも涙とも言うし、
ちょっと心配になる。

新しい年には
欲や怒りでまみれた赤や青に染まった体を
少し淡い色にしてみたらどうだろう。

そんなことを考えていたら
お前たちこそ・・
と言う声が
笑い声と共に聞こえてきた。

そんな気がした。

.
作・出演:久世星佳  ARTScompany https://earts.jp/artist/seika-kuze/

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福里真一 2025年1月12日「あるベテラン調査員」

あるベテラン調査員 

ストーリー 福里真一
出演 遠藤守哉

あるベテラン調査員が、
92年にもおよぶ地球調査を終えて、
最近、帰還したそうだ。

若い頃からかなり意欲的な調査員だったらしく、
いったい何だろう
いったい何故だろう
いったいどうするべきなのだろう
などとつぶやきながら、
調査にのめり込んでいたらしい。

時には、
火星人たちが、
ネリリしたりキルルしたりハララしたりしている、
という重要機密を地球人にもらして、
厳重注意処分を受けたこともあったらしい。

ある時彼は、
こんな謎めいた調査報告を送ってきた。

かっぱかっぱらった
かっぱらっぱかっぱらった
とってちってた

あまりの不可解さに、
何か重要な暗号が隠されているのではないかという可能性が指摘され、
多くの学者が動員され、必死で解読にあたった。

しかしやがて、このことばそのもの以上の意味はない、
と結論づけられた。
彼はこのとき、2度目の厳重注意処分を受けたらしい。

その後も彼は、
かなり熱心に、何年も何年も、
いくつもいくつも、調査報告を送ってきたが、
その内容はあまりにも抽象的で、
地球のことばでいうと「文学的」で、
あまり役に立たない、
とされることが多かった。

同じく地球調査中の、
ジョーンズ、という名前のもうひとりの調査員と並んで、
ちょっと変わった調査員、
という評価を受けることが多かったようだ。

しかし、本部の中には、
よくわからないけどすごくわかる気がする
と、彼の調査報告の熱心な隠れファンになった者も、
少なからずいたらしい。

そんな彼が、
ようやく92年ぶりに召喚され、
地球から戻ってくるやいなや、
再調査への派遣を希望している、
と聞いた時には、誰もが驚きを禁じ得なかった。

どうやらあの惑星に忘れ物をしてしまったらしく、
過去の駅の遺失物係に
それを取りに戻りたい、
というのがその理由だそうだ。

ただでさえ、人気のない惑星だ。
もう一度行きたいという人間を、
止める理由もなかったのだろう。

この1月から、
カムチャツカの若者として生まれ変わり、
調査を再開することが内定したそうだ。

しかし、カムチャツカというのは、
いったいどこにあるのだろうか?(おわり)

.
出演者情報:遠藤守哉

録音:字引康太

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一倉宏 2025年1月5日「あなたのいない一月」

あなたのいない1月

   ストーリー 一倉宏
   出演・動画 一倉宏

それから 数日後の晴れた日に
あなたの家を目指して歩いた
「私の家への道順の推敲」を頼りに
その詩に書かれたとおりに

青梅街道を運動用品店の角で曲がって 
かつての阿佐ヶ谷住宅 いまは
プラウドシティとなった敷地に至る
そのあたりの 十字路の一つを曲がり 
他の一つを曲がらなければいい

あなたの愛読者だったら
きっと尋ね歩いてみたくなるだろう
謎かけ なのに 最終ヒントはない
それも 詩だから あなたらしく

生まれてから ずっと住んでいる
けれど住所は ここではなく
宇宙の片隅と 思っていたという
あなたのふるさとは 宇宙だった
それも やっぱり あなたらしい

だけどね 中年を過ぎた頃から
杉並がふるさとっぽくなってきて
70歳を過ぎてからかな
近所をよく散歩するようになった
2017年の 広報すぎなみ 
あなたの特集号で そう語っていた

そうですか 
うれしいな ぼくもいま 
同じ 善福寺川沿いを
散歩道としています 

そして 模型飛行機を飛ばした
少年の頃から ぼくもまた
同じ この宇宙の片隅で 
暮らしてきました 

きのう 荻窪の中央図書館で
あなたの手書きの
かっぱ かっぱらった
かっぱ らっぱ かっぱらった
を 禁止に気づかず 写真に収めて

それから 商店街で馴染みの
パスタの店に 立ち寄ってみたら
あなたの 追悼セットメニュー
なるものに気づいて 注文して

前菜にパセリとタコのマリネ
パセリとベーコンとオリーブの
ペペロンチーノ
赤ワインをグラス一杯
いただきました

ありがとうございます
谷川俊太郎さん

そして
あなたのいない
1月がやってくる

あの 愛された子犬のいない
はじめての夏のように

息は白く 凍えるばかりの 
まだ寒い冬なのに

それを 新しい春と呼んで
ぼくたちは また
歩き出します

.

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遠藤守哉のご挨拶

遠藤守哉のご挨拶

あけましておめでとうございます。

中央人民政府の発表によると
2025年の春節、つまり正月は1月29日だそうです。
28日から正月休みが始まり大型連休になる模様です。

タイでは正月が3回。
新暦の正月と中国と同じ旧暦の正月、
そしてタイ独自の正月は4月にやってきます。
ちなみにタイでは4月がいちばん暑い時期だそうです。わお。

ちょっと複雑なのはエチオピアです。
エチオピアの暦では1年が13ヶ月。
この暦に従うとエチオピアの新年は9月11日になります。
エチオピアでは日付が変わるのも午前0時ではなく午前6時です。

さて、インドへ行くとヒンドゥー暦という独自の暦が新年を決めます。
それによると、
10月下旬から11月中旬の新月の日が新しい年のはじめです。
そして、新年の最初の行事は大掃除。

新年って、一緒じゃないんですね。
でも、それがいいのかもしれない。
世界の皆さん、今年も来年も100年後も
バラバラな正月を仲良く迎えましょう。

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磯島拓矢 2024年12月29日「約束」

「約束」

ストーリー 磯島拓矢
   出演 阿部祥子

今の彼とつき合い始めて気がついた。
前に同棲していた人が、約束好きだったこと。
「今日夕飯おねがい。明日、私やるから」そんな私の一言に、
その人は必ずこう言った。
「約束だぞ」
「明日まとめて洗濯するよ~」という私の言い訳にも、こう返してきた。
「約束だぞ」
それが嫌いで別れたわけではないけれど、こうして思い出すということは、
それなりにストレスだったようだ。
確かに、別れ話は私からした。
「寂しくなったら、連絡するかも」別れ際の挨拶にも、彼はこう言った。
「約束だぞ」
もちろん、その約束は守っていない。

「明日まとめて洗濯するよ~」私の言葉に、今の彼はこう返してくる。
「わかった」。以上。
約束というのは、つまりは言質を取る、ということなんだなあと改めて思う。
前の人は、言質を取ることで、ちいさな安心を積み重ねていたのだろう。
今の彼は、言質を取ることで、互いに縛られてゆくのが嫌なのだろう。
どちらが正しいということではない。
今の私には、今の彼が合っているということだ。

彼は本当に約束をしない。
「約束を破らない唯一の方法は、安易に約束をしないこと」
これは今私がつくった教訓だが、彼のスタイルを言い当てているかもしれない。
「約束をするのはたやすい。約束を覚えておくのが難しい」
これも今私がつくった教訓だが、ん~ひょっとしたら、こっちかもしれない。
約束というのは、確信犯で破られることは少ない。
約束を忘れてしまうことから、多くのトラブルは生まれている。
どうせ忘れちゃうから、約束はしない。
彼がそう思っているとしたら、なんと不誠実な態度だろう。

そんな不誠実な男と、私は来週結婚する。
当然のように「君をしあわせにします」みたいな約束はなかった。
家族に紹介した時も「娘さんを大切にします」みたいな約束はなかった。
両親は気にしてなかったけれど。
彼が「しあわせにします」と言わないのは、
「安易な約束はしない」からなのか、
「そんな約束きっと忘れちゃう」からなのか…。
こんなことをあれこれ考えてしまうのが、マリッジブルーというものなのか。
でも私は、前の人に電話しようとは思わない。

来週私たちは式を挙げる。
例の「病める時も健やかなる時も、愛し敬うことを誓いますか?」の儀式をやる。
そう、人生最大級の約束だ。
彼は一体どうするのだろう。
さすがにここは誓うのか、それとも、ここでもいつもの無表情で流すのか。
ちょっと、ドキドキしてきた。

ひとつ、決めていることがある。
「愛し敬うことを誓いますか?」牧師が私に聞いた時、
すぐには答えないことにする。一拍おいてやろうと思う。
そして、彼の顔をのぞくのだ。
私だって安易な約束はしないよ。
忘れちゃうような約束はしないよ。
それを、彼に伝えてやろうと思っている。

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出演者情報:阿部祥子  連絡先ヘリンボーン https://www.herringbone.co.jp/

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坂本和加 2024年12月22日「なまえのやくそく」

なまえのやくそく

   ストーリー 坂本和加
      出演 平間美貴

ちょっと前に良い話を聞いた
とある役者さんの名前の話だ。

来年控えている大きな仕事と
自分の名前がよく似ているのは理由があった。

それは同じ役者だった父の願いが込められた名前。

初めて知った自分の名前の由来と父の思いに、
大いに驚くといった感動ストーリーだった。

そうだ

名前は名付けた親の願いそのものだと
あらためて思った

私の名前は父がつけた
画数にこだわって
どうしても使いたい漢字にもこだわって
悩んでつけてくれた名前だった
おかげで姉も兄もみんな同じ画数になった

和加という名前は
音も漢字も当時はちょっと珍しくて
名前をネタにからかわれた。とても嫌だった。
いい名前だねとほめられるの嫌だった。恥ずかしいから

わたしは自分の名前が好きではなかった。
それについて深く考えることもなかった。

中学の時、古文の授業で「いろはうた」の
元になった漢字に自分の名前を見つけて
「そうだったのか〜!」と、感銘して帰宅したら
父の返事は「そんなの知らない」。

がっかりして、母に後から聞いた名前の由来は、
「和を加える、じゃないの」という
そのまますぎる内容だったけれど、
「和」には「なかよくする」という意味もあれば
「やわらぐ」や「おだやか」「なごむ」、
ひいては「日本のこと」だったりもする。

「ワ」という音は、輪になるの「ワ」だなとも思った。

父は私が学生のうちに他界してしまったので
私にどんな「和」を加える人になってほしいのか
もう聞くこともできない。

けれど人付き合いの苦手だった父を思うと、調和、の和かなと思う。

え・・・・・・。そっちの和はあまりにも立派すぎる。

どこへいっても、なんとなくはみ出してきた私に
そんな素敵なことができた試しがあるはずもなく。
あの役者さんのような感動ストーリー!にもまったくなってない。

コピーライターは、
日本語を使う、和っぽい仕事と
浅はかに喜んでいただけでした。

・・・・・・じゃあ、いまからでも。

もう死んじゃったんだから、
父との名前の約束に、遅いも早いもないよ。

そうと決めて、鏡の前で、笑顔をつくる。引きつっている。

がんばろー、私。



出演者情報:平間美貴 03-5456-3388 ヘリンボーン所属

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