直川隆久 2018年7月15日

ひまわり男

         ストーリー 直川隆久
            出演 遠藤守哉

 廊下のほうから、べたべたという靴音が響いてきて、
いつものベレー帽をかぶった菊池の顔が、
病室入り口からぬっとのぞきよった。
「お、ベーやん。こーこやったんかいな」
 やかましい声をはりあげて入ってくる。
「さがしたでえ。406号室!」
 いつものアロハ。片手にはギターケース。
片手にはなんやしらん、でかいスーパーのレジ袋。
俺は「おお、キィやんか」とだけいうと、
ベッドの脇のパイプ椅子を顎でしゃくった。
菊池は、べたべたと病室の中を横切ってくる。
 相部屋にいるほかの3人の患者たちはみなこちらに背をむけるか、
仕切りのカーテンを閉めるかしてるが、
注意の矢印が空気を突き破ってこちらに向けられてる。
 菊池は、どさりと荷物をおろすと、
 「あ、あらっ。あらっ」
 と、こっちの顔を覗き込みながら、わざとらしく明るい声をあげよる。
「元気そうやんか。元気そうやがな」
「そう見えるか」
「見える見える!」
 そう言うと菊池は、レジ袋の中から、
カップ入りの水ようかんを2つ取り出すと、
ベッド横のキャビネットに置いた。
「好きやろ」
「ああ」
 さらに菊池はガサガサと袋の底をまさぐる。
中からにゅっと取り出したのは、
茎を20センチほど残して切り取られたひまわりの花。
直径30センチもあるやろうか。重そうなその花を菊池は持って
「花瓶あるか?」
と訊いた。
「いや…ない」
というと、菊池は肩をおとした。
公園か小学校かに生えているのを無断で切り取ってきたんやろうか。
ばかでかいそのひまわりは、病室の中でなにやらえらい間抜けな感じがした。
「あれやで。入院する前より、顔色ようなってるんとちゃうか?」
 ほんまに、何をぬかしとんのか。
俺が入院したのは、おまえのせいやないか。と喉まででかけて、こらえた。

父親が倒れて家業のプレス工場をどうしても継がなならんようになった…
というのは事実ではあったけど、
正直おれは菊池とのバンド生活にほとほと嫌気がさしていたので、
工場の件は、半分はいい言い訳でもあった。
2人で行った天満の立ち飲み屋でそれを告げたときは、菊池は意外に素直やった。
 勘定を俺が済ませている横で、
「べーやんが決めたことやったらしゃあない」と何度も言っていた。
 本当は二軒目には行きたなかった。酒乱の菊池のことで、
行けば荒れるのは目に見えていた。しかし、行かんわけにいかなかった。
で、案の定荒れた。俺に馬乗りになり、首を締めあげ、
なめくさっとんのかわれ、と声を上げた。
今まで喧嘩になったことはあっても、俺から手をあげたときは一度もない。
でも、これが最後やと思ったから、俺は菊池の顔面におもいきりパンチをあびせた。
するとあいつがカウンターにあった焼酎のボトルで俺の顔面を殴りやがった。
俺はその日、歯を2本と我慢の理由とを、なくした。

「一曲やろか」
「なに?」
 菊池は嬉しそうに病室内に愛想を振りまいた。
「みなさん、すんまへん。こいつね、うちのバンドのベースですねん。
ちょっと事故で入院してるんですけど、元気づけてやろうと思いまして…
一曲だけ、すんまへん」
 と言いながらギターケースを開ける。
「おい、やめとけ」と俺は苦い顔をするが、菊池は
「練習してん」
と言いながら、ギターを抱える。
 練習。久々に菊池の口から出た言葉やった。
ピッキングハーモニクスでチューニングを整えると、菊池は演奏を始めた。
聞き覚えのあるコード進行やなと思うと、菊池の唄がかぶさってきた。

♪You are the sunshine of my life..

スティービー・ワンダーの名曲を、アレンジした曲やった。
今までステージではやったことがない。
自分の声の個性を少しおさえた歌い方で、そういうやり方は、
最近菊池が…自分の声の力によりかかって、
そこから一歩踏み出すことを邪魔くさがっていた菊池がやらんかったことやった。
ここから、もう少しあるかもしれない。そう思わせる演奏やった。
なんで今までやらんかったんか、と思った。

最後のコードをストロークで弾いたあと、弦が鳴りやむまで菊池はじっとしていた。
病室の全員がじっとその演奏をきいていたのがわかったが、
最後の音がやんで静寂が訪れた。拍手はおこらんかった。

「どうかな」と菊池が俺のほうを見た。
「よかった。あんたの声におうてる。レパートリーになるで」
俺も指が動いてもうたで、とは言わんでおいた。
菊池の顔が、「は」と笑う顔になった。
おれは続けた。
「けど、俺は、やらんで」
 菊池の顔はそのまま笑い声をあげることなく、硬い表情にかわっていく。
「すまんな」
おれは、水ようかんをパカリと開けて、黙って食べた。
様子をうかがうと、菊池は窓の外を見ている。震えていた。
俺は反射的に、ナースコールのボタンを握りしめた。菊池の様子次第では、
押すつもりやった。
そやけど、菊池は、それ以上何も言わんかった。
ギターケースにギターをしまい、立ち上がって、
「ほな」
とだけ言うと、またべたべたと足音をさせながら、病室を出ていった。
振り向くかな、と思ったが、振り向かなかった。

キャビネットの上で生首みたいに横たわってるひまわりを、
看護師さんに頼んで捨ててもらった



出演者情報:遠藤守哉(フリー)

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安藤隆 2018年7月8日

お気に入りの家
    
   ストーリー 安藤隆
      出演 大川泰樹

朝、その遊歩道を通って出勤する。
遠回りになるが遊歩道は家々の裏手にあたる
ので人通りがすくなく気分がいい。
途中一軒の白い板壁の平屋が建っていて、わ
たしはきまって歩をゆるめる。
遊歩道との境目の白い木の柵にバラがからま
っている。
とくに手入れが行き届いているようでもない
裏庭にはバラのアーチもつくられている。
どういう品種か知らないが花のちいさなバラ
である。
その家のバラが妙にすきだった。
バラなのに控えめなたたずまいがすきなのだ。

三日前のことだ。
いつものように横目で鑑賞して通りすぎよう
とすると、バラの間から誰かがわたしをみた。
この家の老人夫婦かと振りむくと顔ではなか
った。ヒマワリだった。
まだ夏でないのにと思ったがおきまりの異常
気象かもしれない。
問題はそれが嫌な感じだったことだ。
ヒマワリのどぎつさはどうみてもちいさなバ
ラたちのたたずまいと調和しない。
この庭が嫌いになっちゃうじゃないかと思っ
た。

夜中、遊歩道を歩いている。
街灯のまわりだけ雨が照らされている。
わたしは黒い傘をさしゴム靴をはいて黒いウ
インドブレーカーを着ている。
雨を待っていたのだ。

夜目にも白い家の電気はひっそり消えていた。
わたしは断固たる決意でひくい柵を乗り越え
た。雨が音を消してくれる。そのうえ雨が土
を掘り起こしやすくしてくれる。
わたしはバラの茂みにしゃがみこみ、用意
してきたちっちゃなスコップでヒマワリの根の
まわりを掘り起こした。
土はやわらかく三十センチかそこら掘るのに
二十分とかからなかった。
根が張っていた。このときだけ傘を閉じ両手
で慎重に根っこを抱えた。
それからヒマワリを遊歩道とは逆向きに植え
直した。要はヒマワリの顔がみえなきゃいいのだ。

翌朝、快晴である。
できるだけなに食わぬ顔して遊歩道を会社へ
むかっている。
白い家にさしかかる。
ドキドキを悟られないよう横目で通りすぎる。
その刹那また視線を感じた。
思わず振りむくとソイツがわたしをみていた。
お日様にむかって半回転し、前とおなじ向き
になってわたしをみていた。



出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

 

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大友美有紀 2018年7月1日

「角を曲がって」

    ストーリー 大友美有紀
       出演 地曳豪

ひまわりが咲いている角を曲がって
3軒目が私のうちだから

と彼女は言った

川沿いの道は日ざしが強くて
道の両側にひまわりが咲いていた
これでは「ひまわりが咲いている角」
だらけじゃないか
不安を抱えながら僕は時速30キロで車を走らせた
後続車がクラクションを鳴らす
夏の日ざしのせいだけではない汗をかきながら
ふと左側に目をやると
「ひまわりが咲いている角」が見つかった
いくつも並ぶ、似たような建て売り住宅の
白い板壁を背景にして
絵はがきのようにひまわりが咲いていた

彼女は3軒目の家の前で待っていた
ひまわり咲いていたでしょと言う
僕は咲いてたねと答えた

それからその日は、ダムに行った
観光放流があるから、と
車じゃないと行きにくい場所だから、と
彼女が言ったので、初めてのドライブデートに出かけた

ダムは溜め込んでいた鬱屈を吐き出すように
水を放った
水しぶきを浴びて、彼女はキャーキャーと笑った
ああ、この人はこんなふうに笑うんだな
僕は、僕たちの新しいページが開いたように感じていた

秋になると、彼女も僕も仕事が忙しくなり
残業帰りにちょっとお酒を飲むぐらいで
遠出のデートは結局、ダム行きの1回だけだった
週に2回会っていたのが
週に1回になり、2週間に1回になり
あぁ、もうひと月も彼女に会ってないな
と思った頃、知らない番号から着信があった
彼女の友だちからだった
3日前から出社していないという
3日前のメールに出張に行くと書いてあったので
そう伝える

出張なんてないですよ
彼女、経理だもん

僕には営業職だと言っていた
それに、彼女の友だちという人とも初めて話した
僕の番号は、彼女から聞いていたらしい

いま、どこにいるの、と送ったメールは
宛先不明で戻ってきた

とにかく、彼女の家に行ってみる
ひまわりは、もう咲いていない
ナビに登録していた家までの道を車で走る

似たような建て売りの
小さな可愛らしい家たちが並んでいる
どの角を曲がるのかわからない
目的周辺に到着したので
ナビの案内は終了してしまった

川沿いの道の角をひとつひとつ曲がって
3軒目の家の表札を見る
表札のない家もある
表札のある家には彼女の苗字がない
そんなことを繰り返して
夜があける頃、彼女はもうどこにも
いないんじゃないかと思えてきた

彼女の友だちに
家にはいなかったと連絡した
もしかしたら
家はなかったと言ってしまったかもしれない

それでも僕は、時間ができると
「ひまわりが咲いている角」を探しに行った
何度も角を曲がり
3軒目の家の前で車を止めた
彼女の家は見つからなかった

3回目に警察に職務質問された時、
彼女の名前を伝え、家を探していると
言ってみたけれど、そんな家はないと断言された

その夜のことだった
「ダムに連れて行ってくれてありがとう」と書かれた
ひまわり畑の絵はがきが届いた

僕は今、アムステルダムの空港で
マドリード行きの飛行機を待っている
成田で見たテレビには
僕のよく知っている彼女の顔が
僕の知らない女の名前で報じられていた

スペインの「ひまわりが咲いている角」を曲がって
彼女に会いたい



出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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中山佐知子 2018年6月24日

祖母の嫁入り

     ストーリー 中山佐知子
        出演 大川泰樹

祖母の嫁入りは雨の日だったそうだ。
朝からパラパラ降っていた雨が上がって
雲の切れ間から日が差しはじめた頃、
花嫁行列はやっと出発した。

祖母は黒い紋付の大振袖で
昨日まで三つ編みにしていた髪を島田に結い、
初めてさした紅に緊張していたと笑う。

ご近所の人に見送られ、人力を連ねて峠を越えたが
初めて乗ったその人力が恐ろしく
歩くと言って叱られたそうだ。

そのうちまわりを見渡す余裕ができると
雨に洗われた山道の様子が目に入ってきた。
ホタルブクロの花は揺れてシャラシャラ鳴りそうで、
山法師は風車になって飛んで行きそうで、   (かざぐるま)
くるくると丸まったシダの若い芽は歌の音符のようで、
まだ少女の花嫁はすっかり嬉しくなってしまった。

茂みの中からはヤマユリが頭ひとつ背伸びをしていたし、
少し開けた場所には
イチヤクソウが小さな金平糖のような花をぶら下げていた。

山もそういう時期なんだ、と祖母は思ったそうだ。
自分の身に引き換えてのことだった。
山の木も草も秋の実りの準備をはじめている。
自分も同じだ。
今日がそのはじめの日なのだろう。

湿った崖に岩タバコの花があった。
ところどころにミツバツツジの花が散っていた。
いい日だった。美しい日だった。

やがて峠の道は尽き、
ひらけた村里に大きな門構えの家があった。
ずっしりと重みのある家だったが
玄関も庭に面した座敷の障子もすべて開け放たれ
笑顔でやってきた花嫁をこころよく受け入れた。

それから70年余り、祖母はまだその家で暮らしている。
ほがらかで孫たちに人気があり
いまでも一輪挿しに山の花をいけている。



出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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直川隆久 2018年6月17日

雨の来た方向

         ストーリー 直川隆久
            出演 遠藤守哉

ぷつ、ぷつ、と窓をたたく音がするので
外光透過モードに切り替えると、
雨が見えた。窓辺に寄り空を見上げる。
風に軌道を曲げられながら遥かの高みから
きりもなく落ち続ける水滴の運動。
そういえば。地位、価値、評判。
そういったものがより望ましい状態であることを示すために、
地位が「高い」、価値が「高い」という表現をしていた時代があった。
考えてみれば不思議だ。
地面から垂直方向へより離れた状態をさす言葉がなぜ「よい」という意味を?
太古の時代には、雨や太陽の光といった農作物を育てる恵みが
「上」のほうから降ってきたからだろうか。
そこから「上」すなわち「よきもの」という感覚がうまれた、
というのはありそうな話だ。

人間にとって上空というものがとりたてて憧れを呼ぶものでなくなって久しい。
おそらくは、月や火星といった遥か我々の頭上にある場所が、
資源採掘の対象となり、
劣悪な労働環境の象徴とされるようになってからだろう。
現在地球上の人間は一般に「善い」「正しい」という意味をもつ言葉として
「screeny」という言葉を使うが、
その語源は「スクリーンでしばしば見られる、
スクリーン映えする」ということだったようだ。
それも、ある特定の価値観を反映した言葉である以上、
また変わっていくのかもしれない。

雨は、降り続く。おそらく、あと3週間はやまないだろう。
空気の中に湿りが充満していき、
肌との摩擦が少なくなる。自分と外との境界が少しだけ曖昧になる気がする。
これは、好きな気分だ。
とても、screenyだ。



出演者情報:遠藤守哉(フリー)

 

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張間純一 2018年6月10日

「雨の日のアドバイス」

    ストーリー 張間純一
      出演 桜岡あつこ

とても気になっている人がいて
恋人にどうかもうひとつ決めてが欲しいと悩んでいるとしたら、
雨の日の映画館に誘うのがよい。

正確に言うと、
天気予報を見て、
途中で降り出しそうな時間帯の映画に連れ出すのだ。

もちろん、予報のことは告げずに。
自分は折りたたみ傘をカバンの奥にしまって。

映画を楽しんで、外に出たら相手がどういう顔をするか見てみよう。

「あ、雨」

というひと言は、どういう人か知る手がかりになるだろう。
予想外のことを、楽しめるのか、困惑するのか、
そのときどういう表情をするのか。
ひょっとすると、天気予報を知っていて予想外じゃないかもしれない。
だとすると、どう反応する人なのか。

「あ、雨(喜)」
「あ、雨(怒)」
「あ、雨(哀)」
「あ、雨(楽)」

次はどう行動するかだ。

この雨を知らなかったら。
濡れない道を探す人かもしれない。
近くのコンビニに傘を買いに走る人かもしれない。
それをいっしょに楽しむのもいいし、
用意していた折りたたみ傘を取り出してふたりで入るのもいい。

この雨を知っていたら。そして傘を用意していたら。
自分の傘を出すのはワンテンポ待とう。
その間にその人は何か行動するはずだ。
もしくは行動しないはずだ。
そのあと、傘に入れてもらうのもいいし、
自分の傘を出してもいい。

近くの喫茶店やご飯やさんでひととおり映画の話をし終わるころには
その人が、
どのくらい用意周到な人なのか
どのくらい予想外のことを楽しめる人なのか
困ったときにどういう行動をとるのか
そして、どのくらいの親密さをその人と持ちたいのか
気づいているはず。

そうしたら、もう一度雨の話をしてみよう。
かならず、試すようなことをしたことを謝りながら。
その時の対応もまた、その人がどういう人かを知らせてくれる。

もし、ちょっとでもトラブルになりそうなら、
このラジオにそそのかされたことにしてください。
東京コピーライターズストリートのテーマが雨で
困ったコピーライターが変なことを書いた、って。

でも。
多少怒ったって、困惑したって、逆に楽しんだって、
きっとうまくいきますよ。

ふたつの意味で、雨降って地かたまる。です。



出演者情報:桜岡あつこ 03-6435-4353 懸樋プロダクション

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