「だれも見てはならぬ」三島邦彦
その島に行ってみようと思ったのは偶然だった。
SNSでホテルの写真を見てたまたま行った一人旅。
どこでもいいからどこかに行きたい、だけど実家じゃつまらない、
という夏の週末を過ごす34歳独身女性の気軽な旅行。
その頃の私には、誰にも気兼ねなく過ごす時間がとにかく必要だった。
日本海に浮かぶ小さな島で飛行機を降りて、
さらに小さな島へフェリーで渡る。
東京は耐え難い暑さだったのに、
その島の空気は驚くほどに涼しかった。
空気が違う。それはとてもいいことのように思えた。
港から歩いてすぐにあるホテルに着き、
部屋に入ると窓の外は一面の海。
日本海は青さが違う。深い藍色が目の前に広がる。
まだ船の中にいるような気分。
遠くに来たことの満足感を味わう時間。
夕食まで少しの時間があったのでホテルの中を散策することにした。
地下に小さなライブラリーを見つけ、
その棚の一角に郷土の歴史についての本が数冊あった。
その島のことをよく知らないことに気づいた私は、
一冊を部屋に持ち帰った。
一人で静かな夕食をとり、
部屋に戻ると外はすっかり暗くなっていた。
海も山も暗闇の中に溶けて、
どこまでが海でどこからが山かがわからない。
部屋の外はまるごと一つの夜だった。
窓辺の椅子に座り、先ほどの郷土史の本を開く。
何気なく開いたページには、
島の祭りについての解説が書かれていた。
島には年に数回のお祭りがあるという。
その中で一番重要とされているお祭りは、
見てはいけない祭りだった。
その祭りが行われる夜、
島の人間はだれも外に出てはいけないというのがそのお祭りのルール。
一晩をかけて神様がその島を練り歩くため、
人は決して家を出てはならず、
窓から外を見ることも許されないという。
外に出た人や、外を見た人に何が起こるかは書かれていなかった。
きっとそんなことを考える人も試みる人もいないのだろう。
だれも見ることがない、
だけどそれは一つのお祭りであるという不思議。
窓の外の闇を見つめる。
家の前を何かが通り過ぎていくのを想像する。
老人も子どもたちも、すべての人が静かに過ごす夜を思う。
それがいつのことなのか、なんという名前のものなのか、
今はもう忘れてしまったけれど、
その祭りの存在は、不思議と心に残っている。
一年のどこか、その島では、だれも見ない祭りが行われる夜がある。
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出演者情報:平間美貴 03-5456-3388 ヘリンボーン所属