櫻井暸 2025年8月17日「いざなわれて」

いざなわれて

  ストーリー 櫻井暸
     出演 大川泰樹

船に乗っていると、
ふしぎな気持ちになる。

大海原にポツン。
スマホの電波も繋がりにくい。

もしここでこの船が沈んだら、
僕はもうダメなのか。

そんな、
しょうもない妄想もふくらむ。

飛行機に乗っている時よりも、
その感が強い気がする。

船のほうが窓が大きく、
水面に目線が近いからだろうか。

あるいは、船という非日常が、
ただただ僕をカッコつけさせてるだけか。

新潟港からフェリーで2時間半。
島の名は、佐渡島。

「佐渡島」という名は知っていても、
実際に行ったことはない、という人がほとんどだろう。

僕もその一人だった。

昨年、いろいろなご縁があって、
この島をPRする仕事に携わった。

海の幸も、山の幸もおいしく、
最近はフランスからシェフが移住して、
本場のフレンチを味わえるお店もある。

世界遺産に登録された金山や、
天然記念物のトキも生息している。

ただ、佐渡島という島には、
それだけではない、どこか不思議な魅力がある。

今のところ、
佐渡島への交通手段は、船しかない。

島に向かっている最中から、
何かにいざなわれている気がする。

現地に到着してからも、
どこかスピリチュアルな空気を感じる。

島のあちこちに存在する、
世阿弥が残した能の舞台。

草木に覆われた道の先に、
ポツンと現れる荘厳なお寺。

佐渡島という島に
まだそこまで多くの観光客が
押し寄せていないからこそ、

未開発であるべきものたちが、
未開発のままに呼吸している。

それは、異様で、妖艶で、
とてもとても、天然なのである。

佐渡島に、いざなわれて。

船でしか行けないことが、
この感触を引き起こしたのか。

ただただ僕が、
ひたっちゃってるだけなのか。



出演者情報:
大川泰樹 03-3478-3780 MMP所属

Tagged: , , ,   |  コメントを書く ページトップへ

佐藤充 2025年8月10日「ダウ船」

ダウ船

      ストーリー 佐藤充
         出演 地曵豪

金曜の夜に営業からteamsで連絡がくる。

先日提案した企画の戻しがクライアントから来ました。
月曜日に再提案できますか?

土日は千葉県の山で撮影している。
スタジオ撮影ならどうにか作業する時間はあるけれど、
どうしようかとなかなか返事をできずにいると今度は電話がくる。
それにも折り返さずにいると次はショートメッセージがくる。

そんなとき、ザンジバル島へ想いを馳せる。

アフリカ東海岸のインド洋上にある島。
国でいうとタンザニアに属している。

10年前、ザンジバル島にいた。
成田から乗り換え3回、
24時間を超える搭乗時間の末に到着した。

空港からはダラダラと呼ばれる乗り合いバスで、
ザンジバルで最も栄えた街ストーンタウンへ向かう。
そこからさらに乗り合いバスを乗り継いで、
海岸沿いの街パジェへ。

移動に次ぐ移動で疲労困憊だった。
ようやくゲストハウスに到着する。

そこでゲストハウスのスタッフの
ボブマーリーそっくりなお兄さんに
「ワッツアップメーン」と陽気に話しかけられる。

「あ、グッドです」と陰気くさく答える。

バイブスが合わないと思われたのか、
そこから1週間の滞在でボブマーリーお兄さんに
話しかけられることはほぼなかった。

前にインドで会った日本人に聞いた、
長くバックパッカーをやっている人に
関西出身者が多いという話を思い出す。

関西出身者は海外のコミュニケーションのノリに
怖気付くことがないのだという。
確かにテレビ番組で現地の人と関西弁だけでやりとりする
千原せいじさんみたいな
バックパッカーの人を今まで何人か見たことがある。

県民性ってあるんだなぁ、
不思議だなぁ、などと翌朝パジェの浜辺を歩きながら考える。

暑くなってきたので涼しそうな場所を探す。
目の前に自分と不釣り合いな高級リゾートホテルが現れる。
ロビーが新宿御苑の温室植物園のようだった。
カラフルな植物に溢れるロビーを抜けると
インド洋を眺望できるプールがあった。

プールデッキにはいくつも日よけのパラソルがあり、
その下にはテーブルとチェアが置いてある。

そのひとつに腰をおろす。
インド洋がキラキラと輝いている。
気持ちのいい風が吹いている。

もうこの時点で100点だった。

僕が旅する理由。
それは風が気持ちいい、眺めのいい場所を探すこと。
そしてそこで朝はコーヒーを、昼以降はビールを飲む。
そのために旅をしているのではないかと錯覚させるほど完璧だった。

スタッフがメニューを持ってくる。
一応ここの宿泊者じゃないことを伝えるが問題ないと言う。

メニューを見る。
コーヒーが2ドル。
ビールが4ドル。

見つけた。ここだ。と思った。
それから毎日通った。

朝はコーヒーを飲みながら文庫本を読み、
昼はビールを飲みながら
三角帆のダウ船がインド洋を進むのをボーッと眺める。
ああ、これがしたかったんだ。

ピンポーン。

家のチャイムの音で現実に戻される。

営業からの月曜再提案のメールも電話も
ショートメッセージも反応せず放置していたのを思い出す。

目を閉じる。
もう一度、ザンジバル島へ想いを馳せる。
三角帆が風に膨らむ。ダウ船が見えなくなっていく。

.
出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

Tagged: , , ,   |  コメントを書く ページトップへ