佐藤充 2025年8月10日「ダウ船」

ダウ船

      ストーリー 佐藤充
         出演 地曵豪

金曜の夜に営業からteamsで連絡がくる。

先日提案した企画の戻しがクライアントから来ました。
月曜日に再提案できますか?

土日は千葉県の山で撮影している。
スタジオ撮影ならどうにか作業する時間はあるけれど、
どうしようかとなかなか返事をできずにいると今度は電話がくる。
それにも折り返さずにいると次はショートメッセージがくる。

そんなとき、ザンジバル島へ想いを馳せる。

アフリカ東海岸のインド洋上にある島。
国でいうとタンザニアに属している。

10年前、ザンジバル島にいた。
成田から乗り換え3回、
24時間を超える搭乗時間の末に到着した。

空港からはダラダラと呼ばれる乗り合いバスで、
ザンジバルで最も栄えた街ストーンタウンへ向かう。
そこからさらに乗り合いバスを乗り継いで、
海岸沿いの街パジェへ。

移動に次ぐ移動で疲労困憊だった。
ようやくゲストハウスに到着する。

そこでゲストハウスのスタッフの
ボブマーリーそっくりなお兄さんに
「ワッツアップメーン」と陽気に話しかけられる。

「あ、グッドです」と陰気くさく答える。

バイブスが合わないと思われたのか、
そこから1週間の滞在でボブマーリーお兄さんに
話しかけられることはほぼなかった。

前にインドで会った日本人に聞いた、
長くバックパッカーをやっている人に
関西出身者が多いという話を思い出す。

関西出身者は海外のコミュニケーションのノリに
怖気付くことがないのだという。
確かにテレビ番組で現地の人と関西弁だけでやりとりする
千原せいじさんみたいな
バックパッカーの人を今まで何人か見たことがある。

県民性ってあるんだなぁ、
不思議だなぁ、などと翌朝パジェの浜辺を歩きながら考える。

暑くなってきたので涼しそうな場所を探す。
目の前に自分と不釣り合いな高級リゾートホテルが現れる。
ロビーが新宿御苑の温室植物園のようだった。
カラフルな植物に溢れるロビーを抜けると
インド洋を眺望できるプールがあった。

プールデッキにはいくつも日よけのパラソルがあり、
その下にはテーブルとチェアが置いてある。

そのひとつに腰をおろす。
インド洋がキラキラと輝いている。
気持ちのいい風が吹いている。

もうこの時点で100点だった。

僕が旅する理由。
それは風が気持ちいい、眺めのいい場所を探すこと。
そしてそこで朝はコーヒーを、昼以降はビールを飲む。
そのために旅をしているのではないかと錯覚させるほど完璧だった。

スタッフがメニューを持ってくる。
一応ここの宿泊者じゃないことを伝えるが問題ないと言う。

メニューを見る。
コーヒーが2ドル。
ビールが4ドル。

見つけた。ここだ。と思った。
それから毎日通った。

朝はコーヒーを飲みながら文庫本を読み、
昼はビールを飲みながら
三角帆のダウ船がインド洋を進むのをボーッと眺める。
ああ、これがしたかったんだ。

ピンポーン。

家のチャイムの音で現実に戻される。

営業からの月曜再提案のメールも電話も
ショートメッセージも反応せず放置していたのを思い出す。

目を閉じる。
もう一度、ザンジバル島へ想いを馳せる。
三角帆が風に膨らむ。ダウ船が見えなくなっていく。

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出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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