福里真一 2023年1月7日「新年といえば樹木希林」

新年といえば樹木希林 

     ストーリー 福里真一
        出演 遠藤守哉

新年といえば、私にとっては樹木希林だ。

毎年、お正月に放送するための、
テレビコマーシャルに出演してもらっていたので、
たこあげとか、
はねつきとか、
こままわしとか、
カルタとりとか、
樹木希林さんには、お正月っぽいあらゆることを、
やってもらった。

正確には、お正月に放送するためのCMを撮影するのは、
年末なので、
その制作スタッフである私にとっては、
年末といえば樹木希林、
が正しいはずなのだが、
でもやっぱり、
新年といえば樹木希林だ。

ある日、撮影現場の端っこの方で、
目立たないように立っていた私にはじめて気づいて、
樹木さんは、
「あの、冬彦さんみたいな人は誰なの?」
とまわりに聞いたそうだ。

ちなみに冬彦さんというのは、
当時の人気ドラマで、
佐野史郎さんが演じていたマザコンキャラ。
メガネをかけてなよなよっとしている私の姿が、
冬彦さんと重なったらしい。

それ以来、しばらくは、
冬彦さん、冬彦さん、
と呼ばれていたが、
数年たつと、私の名前を認識したらしく、
福ちゃん、福ちゃん、
と呼ばれるようになった。

私がいつものように、
撮影現場の端っこで目立たないようにしていると、
福ちゃんはどこ?
あらまたそんな隅っこにいたの?
と探しにくる。
そしてなにかと、話しかけてくれる。

その仕事はけっこう長い年月つづいたので、
樹木さんと私は、
それなりに親しくなっていった。

あるとき、
樹木さんが言ってくれたことがある。

私が、福ちゃんに興味をもったのは、
ちゃんと見てる人だったからなの。

私はすぐには、よく意味がわからなかった。

役者にとっても、
何かをつくる人にとっても、
「見る」
ということが一番大事だと私は思う。

いろんな人の行動や、
いろんな人の表情を、
見て、観察して、覚えておく。

福ちゃんは、撮影現場のはしっこの方にいたけど、
いろんなことを、じっと見てたから、
興味をもったのよ、と。

私の、ひっこみ思案な性格を、
そんな風に肯定的に言ってくれた人は、
はじめてだったかもしれない。

2024年がはじまった。
やっぱり私にとって、新年といえば、樹木希林。

樹木さんが神様としてまつられている神社があったら、
間違いなく、初詣はそこに行きたい。(おわり)
.


出演者情報:遠藤守哉

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福里真一 2023年1月8日「テーマがない」

テーマがない 

ストーリー 福里真一
   出演 遠藤守哉

この東京コピーライターズストリートは、
毎月、決められたテーマのもとで、書かれている。

たとえば、昨年1月のテーマは、
「はじまり」。

何人かのコピーライターが、
それぞれに「はじまり」というテーマを解釈して、
それぞれの文章を書いた。

私もまた、そのテーマのもとに、
たしか、人類のはじまりが、
地球にとっての災厄のはじまりだった、
というような内容の文章を書いた気がする。

ところが、
今年の1月に関しては、テーマなし、
という連絡がきた。

テーマがない。

よーし、自由だ!思うぞんぶん、書きたいこと書いてやるぞ!
という感じには、
私の場合はならなかった。

テーマがないと、
何について書けばいいのかわからない。

そこで当然頭に浮かぶのは、
自分でテーマを設定する、という考えだ。

たとえば、とりあえず1月だから、
お正月
というテーマで書いてみよう。

実際、お正月には、
いくつかの、よかったり悪かったりする思い出がないわけでもないので、
少し書きはじめてもみたのだ。

あるお正月に、
数年前に亡くなった祖父から突然年賀状が届いた話とか、
けっこうそれなりにおもしろく書けそうでもあったのだ。

しかし、どうなんだろう。

せっかくいつもの月とは違う、
テーマなし、
というときに、
自分でテーマを決めて書く、というのは、
なんというか、
テーマなし、
ということから逃げていることにはならないのだろうか。

テーマなし、というテーマに、
ちゃんとこたえていることにならないのではないだろうか。

そこで、
テーマもなく、ただやみくもに書いてみる、
ということも、
少しだけやりかけた。

サッカーの試合は長すぎる。
45分ハーフではなく、30分ハーフぐらいにした方が、
プレイする側も見る側も、
緊張感をもって試合に臨める気がする。

それと、オフサイドとかいうルールは、
判定も難しそうなので、
やめてしまった方がいいと思う。

そう、それを書いているときが、
ちょうどサッカーワールドカップが盛り上がっているときだったので、
心に浮かんだことをそのまま書いたら、
ただのサッカーの感想になってしまった。

テーマもない、感想の羅列を、
このコピーライターズストリートに書くのも、
どこか違う気がする。

…そんなプロセスを経て、
いま、こうして、
テーマがない、ということについて書くという、
ひねっているようでいて、
一番ベタともいえる地点に立って、
書いているわけだ。

私は、広告をつくることを仕事にしている。
広告には必ずテーマがある。
商品のおいしさを伝えたい、とか、
企業の先進性を伝えたい、とか、
はっきりしたテーマがあり、
それに沿って企画をすればいい。

あまりにもその仕事に慣れてしまったが故に、
どうやらいつしか、
テーマがないと、
たじろいでしまうような体質に、
なってしまっていたらしい…。

まあ、とにかく、2023年がはじまった。

テーマがない、ということに苦手意識があるわりには、
「人生のテーマ」とか、
「今年のテーマ」とかを設定したことは、
いままでほとんど、なかった気がする。

生きることにおいては、
テーマもなく、ただズルズルと生きてこれたのは、
なぜなのだろうか。

むしろ、人生にテーマを持つことへの、
嫌悪感すらある気がする。

しかし、
このコピーライターズストリートで、
新年早々、
テーマについて考えたのも、
何かの縁だ。

今年ははじめて、
「今年のテーマ」というものを
自分でしっかり定めて、生きてみようか。

いや、やっぱりやめておこう。(おわり)



出演者情報:遠藤守哉(フリー)

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福里真一 2022年1月9日「はじまりはおよそ1億年前」

はじまりはおよそ1億年前 

   ストーリー 福里真一
      出演 遠藤守哉

ニンゲン、という名のウイルスが、
地球上で少しずつ増殖をはじめたのは、
およそ1億年前、と言われている。

その後、
ニンゲンは、次々と変異を繰り返しながら、
その数を増やしてきた。

古代株、中世株、近世株。
日本で言えば、
縄文株、弥生株からはじまって、江戸株まで。

そして、200年から300年ほど前、
ヨーロッパで生まれた、近代株と呼ばれる変異株は、
その感染力の強さ、
毒性の強さで、またたく間に、
地球を席巻した。

重症化する、地球。
しかし、運び込むべき病院もベッドもない。

惑星に注射できるワクチンも、
現在までのところ、開発されてはいない。

いま、
このままでは地球という宿主を殺してしまうことに
気づきはじめたウイルスたちは、
みずからの、「弱毒化」について検討をはじめている。

弱い毒になる、と書いて「弱毒化」。

ウイルスたちは、
この、自分たちの「弱毒化」に、
SDGs というこじゃれた名前をつけたらしい…。

同じように、
いま、宿主であるニンゲンを殺してしまわないために、
みずからの「弱毒化」について考えはじめている、
新型コロナウイルスたち。

最近、ニンゲンの代表が、
新型コロナの代表に、質問状を送った。

結局あなたたちは、ニンゲンの体の中で、
何がやりたかったんですか?と。

すると、
新型コロナの代表から、予想通りの回答が届いた。

お言葉を返すようですが、
結局あなたたちは、地球上で、
何がやりたかったんですか?

…と、ここまで書いてきて、
私はこの原稿が、年のはじめに、
そんなに明るい気分になれるものではないな、ということに気づく。

きっと、新型コロナの代表に言われるだろう。
結局あなたは、東京コピーライターズストリートという場で、
新年早々、何がやりたかったんですか?と。



出演者情報:遠藤守哉(フリー)

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福里真一 2021年1月17日「2021年がはじまっても」

2021年がはじまっても 

   ストーリー 福里真一
       出演 遠藤守哉

7月24日は、
気が遠くなるほどの長い年月を、
ごく普通の日として生きてきた。

祝日でもなければ、
大きな歴史的事件が起きた日でもない。

ゴロがいいわけでも、
切りがいいわけでもない。

ただひたすら平凡な、7月24日。

7月24日本人は、
その日が谷崎潤一郎の誕生日であることを、
ひそかな誇りにしていたが、
いかんせん地味すぎる…。

そんな7月24日の運命が、
ある日、とつぜん、変わった。

東京で行われる、
4年に1度の世界的なスポーツ大会の、
開会式の日に選ばれたのだ。

どうしてこんな、なんの変哲もない日が選ばれたのか。

それに東京の夏は、
スポーツをするには、暑すぎるというのに。

しかし、
7月24日は、あれよあれよという間に、
特別な日になった。
ニュース番組やスポーツ番組で、
繰り返しその名が呼ばれた。
特別措置法により、
急きょ、国民の祝日になることも、決定した。

7月24日は、
その間も、ずっと冷静さを装っていたが、
内心は違った。
ふわふわと、常に3センチぐらい宙に浮いているような気持ち。
と同時に、こんなことが起きるはずがない、
きっと最後にはどんでん返しのようなことが待っているに違いない、
という予感も持っていた。
彼にはあまりにも長い間の、「普通の日根性」が、染みついていた。

そして、それは起こった。

スポーツ大会が、1年後に延期されることになったのだ。

延期された開会式は、
2021年の、
………7月23日に、決定した。

7月24日は、
気がつくと、また普通の日に、もどっていた。
あまりにもあっさりと。
彼には、なんだかもてあそばれたような気分が、
残った。

2021年がはじまっても、
いまひとつやる気がでないらしい7月24日に、
いま、1月4日が、
どんななぐさめの言葉をかけようか、迷っている。

君はもう、決して普通の日なんかじゃない。
本当は開会式が行われるはずだった日
なんて、なんだかドラマチックだよ。
一生話せるネタができたじゃないか。

あるいは、

僕も1月4日という、
1年の最初の普通の日として、
長年生きてきたけど、
普通の日こそ味わい深いものだと思うよ。
おせちは、ずっと食べているとあきるけど、
普通の日にはあきがこないからね。

7月24日には、
どちらのなぐさめの言葉が効果的なのか。
1月4日は、まだ迷いつづけている。(おわり)



出演者情報:遠藤守哉(フリー)

 

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福里真一 2020年1月12日「くじ運」

くじ運 

     ストーリー 福里真一
        出演 大川泰樹

2002年にサッカーのワールドカップが、
日韓で開催されたとき、
何枚かのチケットが回ってきた。

誰がどの試合を見に行くか、
友人たち数人と、
あみだくじで、
振り分けようということになった。

日本対ロシア戦とか、
ドイツやブラジルなど世界の強豪が登場する試合とか、
人気のチケットがあまたある中で、
私が引き当てたのは、
アイルランド・サウジアラビア戦。

アイルランド・サウジアラビア戦。

アイルランド・サウジアラビア戦を、
どういう気持ちで、観戦すればよかったのか。

もちろんサッカーにくわしいなら、
技術とか戦術とか、
さまざまな楽しみ方があっただろう。

しかし私には、無理だった。

アイルランド・サウジアラビア戦。

それは私に、
どういう気持ちで観戦すればいいのか、
まったく手がかりを与えないままに、
90分間にわたって展開され、終了した。

それが私の、最初で最後の、ワールドカップ観戦だった。

…という話を、最近仕事でかかわった、
ある外国人の青年にしたところ、
彼はアイルランドの人だった。

そして、
そのアイルランド・サウジアラビア戦のことを、
はっきり覚えているという。

時差の関係で、アイルランドでその試合が中継されたのは、
朝だった。

普段は夜しか開いていないパブが、
その日は朝から特別に営業していて、
大人たちは、仕事そっちのけで、
酒を飲みながら、アイルランドを応援したという。

そして当時小学生だったその青年も、
おとうさんに頼みこみ、
朝のパブで、大人たちに混ざって、
その試合を見たという。

すばらしい試合だった、と…。

アイルランド・サウジアラビア戦。

私にとって、
自分の人生に関係ないものの象徴だったその試合が、
彼にとっては、人生の思い出の試合になっている…。

まあ、でも、この文章で私が書きたかったのは、
そのことではない。

私が書きたかったのは、
私には、くじ運がない、ということ。

当然のことながら、今のところ、
東京オリンピックのチケットは、
1枚たりとも当たっていない。
当たる気配もない。

だから、私は、初詣に行ったとしても、
決しておみくじを引かないのだ。

おみくじといっても、くじはくじ。

どうせ大吉を引き当てるくじ運を持っていないことを、
私は自分で、わかっているのだ。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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福里真一 2019年1月13日「夢も見ずに」

夢も見ずに

   ストーリー 福里真一
      出演 地曳豪

平成元年の頃、
私は学校の寮に住んでいた。

その寮では、
夜遅めの時間に食堂に行くと、
夕食の時間に食べられなかった学生用に、
ごはんと味噌汁が、
食べ放題状態で残されていた。

私はそこで、
味の薄ーい味噌汁で、
大量のごはんをかきこみながら、
平成という年号に決まったことやら、
消費税が導入されたことやら、
リクルート事件やらを報じる、
ニュース番組を見た。

自分の部屋にはテレビがなかった。

その寮は4人部屋で、
私の寝る場所は、2段ベッドの上段だった。

あおむけに寝ると、手を完全には伸ばしきれないぐらいの近さに、
天井があった。

そのせまさは、
なんだか妙に寝心地がよく、
私は毎晩、夢も見ずに眠った。(おわり)



出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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