中山佐知子 2009年1月30日



裏庭のガラクタ置き場の

                
ストーリー 中山佐知子
出演 大川泰樹

裏庭のガラクタ置き場の
古い子供用の自転車や錆びたシャベルや
履き古した長靴のなかに
ある日、牛がいた。

牛は眠そうな目で自己紹介をして
自分は星座の牡牛座だと言った。
僕は寒くないかとたずねたが
牛は、凍りついた夜空に較べればここは暖かいと言って
実際に居心地がよさそうだった。

夕飯のとき
僕はふたたび牛のところに行って
何か食べるかときいてみたけれど
牛は何もいらないと答えた。
なにしろ僕は星座なのだからね。

それにしても…と僕はたずねた。
あなたがいなくなったら
プレヤデスやアルデバランは落っこちてこないんですか。

君は星が落ちるところを見たことがあるかね。
牛はちょっと威張った顔をした。
そういえば僕は星が落ちたところを見たことがなかった。

僕は脱ぎ捨てられた牡牛座なのさ、と
牛はつづけた。
アルデバランもプレアデスも
望遠鏡がなければと見えないM1の星雲まで
いまではすっかりメジャーになって独立している。
あいつらは実際に目に見える存在なのだから。
それに較べて、僕はこの牛の形さえ
星と星を繋ぎ合わせた人間の想像力から生まれたものだ。
僕の物語はもう失われた神話になってしまって
いまでは誰も僕が空にいる理由を知らないだろう。

僕は、ギリシャの神々の王と
美しい人間の王女が登場する牡牛座の伝説を
子供の頃に読んだことがあったけれど
そのことは言わずに別の話をした。

人は忘れてしまった物語を
また新しく作りだすことができることや
失われた記録を地面の下や海の底から
見つけ出すことができること
そして、それから、最後に僕は牛に申し出た。

僕がきみの新しい伝説を書いてあげるよ。

そしてそれからどうなったかというと
裏庭のガラクタ置き場の
古い毛布の上に牛はいまでも寝そべっていて
近ごろはすっかり口うるさく
僕の書いたものを批評している。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/ 03-3478-3780 MMP

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澤本嘉光2009年1月23日



  うし

                  
ストーリー 澤本嘉光
出演 春海四方

その男は、河川敷の草原の中に
ぽつんと申し訳なさそうに立っていた。
うなだれたようにうつむいて。
じっと、くるぶしくらいまで伸びて風に揺れている草を
見つめながら。

「なにか反省でもしてるんですか」
どうせこの人とは友達にもならない
言葉を交わすのも人生で今日かぎりだろう。
そう思った僕は、
半分からかうような気持ちで
そのうつむいた男に声をかけた。

風が吹いて、草が波のように揺れた。
「よく聞いてくれた。実は、私は早晩殺されるのだ」
勝手に会話の流れを作って、きっぱりとした口調で男は言い放った。
「私の価値は、死後にしか評価されない」

「それはまたどういうことですか?宮沢賢治とか、
 エゴン・シーレのように死後評価が確定する例はいくつもあるけれど。」
たぶんこの男は、自分の言っていることをきちんと理解しながら
しゃべっていないだろうと思えるような棒読みで、男は話し続けた。
「それと、もう一つ、君に謝らなければいけないことがある」
「なんでしょうか。僕はあなたとは初対面で、
 まだ何も悪いことはされていませんが」
「実は私は神戸の生まれではない」
勝手に謝ってきた男は、照れた様子で小声で語り始めた。
「笑ってください。私は尼崎の生まれです。
 でも、人に自己紹介するとき、つい、神戸の方の生まれ、
 と言ってしまっていました。見栄です。」
唐突な、ですます調だ。私も合わせてですます調で答えた。
「よくあります。私も実は住所は浦安なのですが、東京の方から来ましたと
 よく言ってしまいます」

「方、っていうのが、悲しい嘘を背負った言葉なんですね」
男は、目をつぶりながら妄想するかのような表情で答えた。
「嘘をつききれない不安と良心の呵責が入り乱れて、
 つい、使ってしまう言葉です」
男は、自分に言い聞かせるようにざんげを始めた。
「私は、出身地を神戸にすると、
 私の遺体の価値が上がることを知っていて嘘をついたんです」
「遺体の価値?」
「価値をあげるために、出身地を偽った。つまり、偽装。」
「偽装?」
「私の遺体は神戸の生まれだろうが尼崎の生まれだろうが
 本来はまったく価値には関係ない。
 でも、神戸出身、といった途端に
 イメージとして想像上の価値がうまれてしまう。
 俺は神戸を利用した。ごめんなさい神戸。俺の味は、変わらないのに。」

「味、ですか。肉みたいな話ですね聞いていると」
「肉体と言ってくれ」
「肉体、です、すみません」
「俺の人生がかもし出す味なんて、出身地のイメージとは関係ない。
 俺の生き方に賛同してくれる人は、俺の存在を深く味わってくれる。
 そういう人とは死んでからも友達でいられそうだ。」
「いい味出してますよ、あなたは」
「それは僕が神戸といったからかい」
「いえ」
「じゃあ、僕の偽装と関係なく、
 僕の人生がかもし出していると言うのかい。その味を」
「ええ、きっと」
「じゃあ、俺を食え。今すぐに。偽装にまみれた俺の肉を食え」
「何を言うんですか」
「俺は牛だ」
「は?」
「人のような姿をしているが、精神は牛だ。肉体は人間、精神は牛。」
「じゃああなたは」
「そう、神戸牛。」
「松坂ではなくて」
「あそこは田舎だ。但馬でもない。前沢でもない。」
「しかしあなたは外見は明らかに人間」

男は、おもむろに足元にあった草をちぎって、口に入れた。
「まずい。お前も食ってみろ」
「すみません、ちょっと先を急ぐので」
いかにもいい加減な言い訳で僕は会話を強引に断ち切ろうとした。
「そうか、悪かったな。道草食わせて。」
「いえ、大丈夫ですよ。僕も草は大好きなんで」

男は、やっぱりねという顔で僕を見た。
「君も、牛か。」
「僕もきっと牛です。でも、死ぬ勇気なんてないし、いらない。
 天寿を全うしてやります。」
「天寿を全うする肉牛って、パンクだな。かっこいいよ」
男は、尻尾をプルンと一回振った。
僕も、「さようなら」、と、尻尾をプルンと振って歩き出した。

かわらの草むらに、秋の風がひときわきれいな波を続けて起こしていた。
そして、二人のいた周りだけ、草がきれいになくなっていた。

出演者情報:春海四方 03-5423-5904 シスカンパニー

shoji.jpg  動画制作:庄司輝秋

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小野田隆雄 2009年1月16日



カモシカのように

            
ストーリー 小野田隆雄
出演 久世星佳  

奈良県の興福寺の、阿修羅像を
ごらんになったことは、ありますか。
ほんとうは、とてもこわい三面六臂の
仏さまなのですが、
正面の顔も、右のお顔も、左のお顔も
すこし怒っている少女のように
りりしく、かわいらしいのです。
六本ある腕の、しなやかに
のびた曲線も愛らしさに
あふれています。
そのすんなり長い脚をつつむ衣装は
なんだか、三宅一生さんの
パンタロンみたいに軽やかです。  

いつの頃からでしょうか。
私は興福寺の阿修羅さんを、
勝手に、お友だちにしてしまいました。
かなり年下の少女の友だちとして。
でも、いつも会えるわけではありません。
けれど、夢のなかで、私の所へ
遊びにきてくれるのです。
すると、私は明るい気持ちになるのです。
そして今年は、はやばやと、
一月二日の初夢に登場してくれました。
その夢のことを、
お話ししたいと思います。

興福寺の北の方角に、
若草山がありますね。
おだやかに丸い、低い草原の山です。
春が近づくと、
枯草におおわれた山肌は、
炎で、きれいに焼かれます。
やがて春になると、
いっせいに若草が芽吹いて
美しい緑の山肌に変わります。
でも、夢のなかで、若草山は
まだまだ冬のままで、
黄色い枯草に冷たい風が
吹いていました。
その枯草のなかに、阿修羅さんが
ぼんやり立っているのです。
ちょっと、さびしそうな感じです。
「どうしたの?」私が尋ねました。
「あのね」、阿修羅さんが、
眉をしかめていいました。
「天子さまが、私のことを
そなたは、近江の子牛のように
かわいいのう、っておっしゃったの。
でも、やだわ、わたし。
牛はきらいじゃないけど、
自分が牛にたとえられるのは、いや」
なるほど、それはわかると、私は、
夢のなかで思いました。
たしかに、子牛は、かわいいけれど。
女の子としては、ちょっと、ねえ。
すこし、考えて私は阿修羅さんに
いいました。
「あのね、近江の国の、すこし北の
飛騨の山奥に住んでいる、
カモシカを知っているでしょう?
あのきれいな脚で飛びまわる。
カモシカはね、ほんとうは、
シカの仲間じゃなくて、
牛の仲間なのよ。
だから、天子さまにお願いしたら?
私を、カモシカのようにかわいいと、
いってください。って」
すると、阿修羅さんの顔色が
パッと明るくなって、
枯草のなかを、カモシカのように
走り出しました。
そして、三本ある左手を、
私に向かって振りながら
「ありがとうっ!」と
なんども、なんども、叫びました。
その後姿は、だんだん小さくなって、
やがて、若草山の向こうへ消えました。

「ああ、よかった」、私は夢のなかで
つぶやいていました。
阿修羅さんの声は、しばらくのあいだ、
こだまになって聞えていましたが、
やがて、その声は、窓ガラスにあたる
北風の音に変わり、
私の初夢は終りました。なんだか今年は
いいことがありそうだなと、私は思いました。

*出演者情報久世星佳 03-5423-5904シスカンパニー 所属

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中里耕平 2009年1月9日



牛にならなかった男
                      
ストーリー 中里耕平
出演 マギー 

「食べてすぐ横になると、アレになっちゃうわよ」

食べてすぐ横になった僕にそう言った彼女は、
たしかに食べたあとも垂直を保ったままだった。

けれど。
「アレ」になっちゃう?
・・・なんで「アレ」などと言うのだ。
「牛」なんていう簡単なことばを忘れてしまう、
そんなことがあるんだろうか。
というか、いちばん肝心な部分を忘れていても
人はこんな迷信を持ち出すものだろうか。
「夜中にアレを切ってはいけない」なんて言われたら、
電気のスイッチも切れなくなってしまう。

「ねえ、食べてすぐ横になると、チョメチョメになっちゃうわよ」

彼女が表現を変えてきた。
そういえば彼女は、千葉の出身だったっけ。
ひょっとして千葉弁で「うし」には、
なにか卑猥な意味でもあるのかもしれない。
きっとそれで、アレとかチョメチョメとか、
そんなごまかし方をしているんだ。
チョメチョメのほうが、よっぽど意味深な感じだけど。

「食べてすぐ横になると、黒毛和牛になっちゃうわよ」

今度の発言は、ちょっと意図がはかりかねた。
「うし」を回避するためだけなら、「ぎゅう」と呼べば済むじゃないか。
それが、この女は、勝手にグレードを上げてきたのだ。
僕を牛肉にたとえたらオージービーフぐらいだということは、
自分でも充分わかっている。
牛肉偽装は、こんなワンルームマンションで密かに続いていたのかと、
僕は暗澹たる気持ちになった。

「食べてすぐ横になると、、、えーっと、、、」

・・・遊んでいる。
この女は、遊んでいる。
これは一種の、大喜利だったのだ。
「アレ」とか「チョメチョメ」は、空欄だったのだ。
気づくのが遅れたのは迂闊だったが、
そうとなれば、僕も大喜利リテラシーは低い方ではない。
それからは彼女の回答が楽しみになってきた。

「食べてすぐ横になると、アルシンドになっちゃうわよ」
昔のCMか。けど知らない世代には面白くないはず。

「食べてすぐ横になると、こまごめピペットになっちゃうわよ」
こまごめピペットって響きが好きなだけでしょ。

「食べてすぐ横になると、二番手止まりになっちゃうわよ」
何の二番手なのか言わない感じは、嫌いじゃない。

「食べてすぐ横になると、ホタテが、ホヨコになっちゃうわよ」
とんちものね。なんか古いな。

「食べてすぐ横になると、太っちゃうわよ」
そのまますぎるのが一周して面白い・・・のか? 
よく分からなくなってきた。

そうこうするうちに、彼女から、じつに斬新な回答が飛び出した。

「何よさっきから。自分で考えもしないで、他人の批評ばっかりしてると、
カラスになっちゃうわよ」

なるほど。もはや原型をほとんど留めていない、
ルール無視すれすれの回答である。

・・・と思ったけれど。これは大喜利の回答ではなく、
僕が知らない全く別の言い伝えだったなんて。

僕がカラスになってしまったのは、まったく、こういう経緯だったんです。
カー。

*出演者情報 マギー  03-5423-5904 シスカンパニー所属

shoji.jpg  動画制作:庄司輝秋

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一倉宏 2009年1月2日



ウッシーと歩きながら

             
ストーリー 一倉宏
出演  西尾まり

日本全国の「牛島くん」や「牛尾くん」は きっとかなりの確率で 
「ウッシー」というニックネームを持っているに違いない
けれど 私の幼なじみの「ウッシー」は 
本名を「牛山田 明」という
とってもふつうな「やまだ あきら」 ・・・の前に
「うし」がついて 「うしやまだ あきら」だ

家も近所の牛山田くんは 保育園から中学までいっしょで
母親同士も親しくしていた
いまでもときどき 「きょうウッシーに会ったわよ」と
なにかとキツイうちの母が 嬉しそうにいったりしてる
ウッシーには そんな魅力があって おとなにも好感度が高い
いつも笑顔で 礼儀正しく挨拶する

成績は中くらいで 絵と歌がうまくて
ちょっと太っていて 走るのは遅かった
ひとづきあいがよくて 友だちの多い ウッシー

そんなウッシーも 髪をツンツンにして ピアスをいっぱい付け
革のパンツなんかはいてた時代もあったけど
まもなく落ち着いて 家業の自転車屋さんを継いだ
ちょっと太めのパンクをやってたあの頃も 道で会えば  
にこにこと うちの母に挨拶していた ウッシーなのだ

このあいだ ひさしぶりに地元の同級生が集まった
JRの駅前の居酒屋で飲んで その後 カラオケに雪崩れこんだ
ひさしぶりにウッシーの歌も聴いた
「おまえ 声がよすぎなんだよ パンク歌うには」
「だいたい自転車屋が パンクなんて縁起わりーぞ」なんて
仲間にからかわれても やっぱりにこにこのウッシー
1時を過ぎても まだまだ続きそうだったので
「そろそろ帰るね」と私がいうと 「オレも」と牛山田くんがいい
いっしょに店を出た

駅前の駐輪場に 彼の自転車が置いてあった
「ねえ 乗せてってよ」というと すこし詰まってから
「自転車屋のセガレが 酔っぱらってニケツでコケたりしたら
 しゃれにもなんねえじゃん」と 断固として拒絶した
それで 自転車を押す牛山田くんと 並んで歩きはじめた

ほんとにひさしぶりに ふたりで歩いた 
そして ほんとにひさしぶりに ふたりで話した
といっても ほとんどは 私が話した
仕事はまあまあ続いてるけど なんだか先が見えないこと
そろそろ家を出たいんだけど 部屋代がやっぱり高いこと
いまの彼氏とは一年半つきあって 2回も浮気されたこと
私って これでいいのかと いつもいつも焦ってしまうこと
牛山田くんのゆるーい相槌を聞きながら 
そんな話をしているうちに 家の前に着いた

「大変だよな みんなそれぞれ
 でも ゆっくり考えて ゆっくり答を出せばいいと思うよ
 オレは・・・ そういうタイプ」と 
牛山田くんはいってくれて すごくいい声でいってくれて
その声に似合わない いつもどおりの笑顔もあって
なんだかすごく ホッとしたんだ

そっと玄関を開けると 母がまだ起きていて
「いったい何時だと思ってるの」と いきなり角を生やしたけど
「ウッシーに送ってもらった」といったとたんに 
「あら そうなの」と あっさり引っこめた

今夜は ウッシーに モー感謝!

出演者情報:西尾まり 03-5423-5904 シスカンパニー

shoji.jpg  動画制作:庄司輝秋

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2009年1月(うし)

1月2日 一倉宏 & 西尾まり
1月9日 中里耕平 & マギー
1月16日 小野田隆雄 & 久世星佳
1月23日 澤本嘉光 & 春海四方
1月30日 中山佐知子 & 大川泰樹

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