小野田隆雄 2009年1月16日



カモシカのように

            
ストーリー 小野田隆雄
出演 久世星佳  

奈良県の興福寺の、阿修羅像を
ごらんになったことは、ありますか。
ほんとうは、とてもこわい三面六臂の
仏さまなのですが、
正面の顔も、右のお顔も、左のお顔も
すこし怒っている少女のように
りりしく、かわいらしいのです。
六本ある腕の、しなやかに
のびた曲線も愛らしさに
あふれています。
そのすんなり長い脚をつつむ衣装は
なんだか、三宅一生さんの
パンタロンみたいに軽やかです。  

いつの頃からでしょうか。
私は興福寺の阿修羅さんを、
勝手に、お友だちにしてしまいました。
かなり年下の少女の友だちとして。
でも、いつも会えるわけではありません。
けれど、夢のなかで、私の所へ
遊びにきてくれるのです。
すると、私は明るい気持ちになるのです。
そして今年は、はやばやと、
一月二日の初夢に登場してくれました。
その夢のことを、
お話ししたいと思います。

興福寺の北の方角に、
若草山がありますね。
おだやかに丸い、低い草原の山です。
春が近づくと、
枯草におおわれた山肌は、
炎で、きれいに焼かれます。
やがて春になると、
いっせいに若草が芽吹いて
美しい緑の山肌に変わります。
でも、夢のなかで、若草山は
まだまだ冬のままで、
黄色い枯草に冷たい風が
吹いていました。
その枯草のなかに、阿修羅さんが
ぼんやり立っているのです。
ちょっと、さびしそうな感じです。
「どうしたの?」私が尋ねました。
「あのね」、阿修羅さんが、
眉をしかめていいました。
「天子さまが、私のことを
そなたは、近江の子牛のように
かわいいのう、っておっしゃったの。
でも、やだわ、わたし。
牛はきらいじゃないけど、
自分が牛にたとえられるのは、いや」
なるほど、それはわかると、私は、
夢のなかで思いました。
たしかに、子牛は、かわいいけれど。
女の子としては、ちょっと、ねえ。
すこし、考えて私は阿修羅さんに
いいました。
「あのね、近江の国の、すこし北の
飛騨の山奥に住んでいる、
カモシカを知っているでしょう?
あのきれいな脚で飛びまわる。
カモシカはね、ほんとうは、
シカの仲間じゃなくて、
牛の仲間なのよ。
だから、天子さまにお願いしたら?
私を、カモシカのようにかわいいと、
いってください。って」
すると、阿修羅さんの顔色が
パッと明るくなって、
枯草のなかを、カモシカのように
走り出しました。
そして、三本ある左手を、
私に向かって振りながら
「ありがとうっ!」と
なんども、なんども、叫びました。
その後姿は、だんだん小さくなって、
やがて、若草山の向こうへ消えました。

「ああ、よかった」、私は夢のなかで
つぶやいていました。
阿修羅さんの声は、しばらくのあいだ、
こだまになって聞えていましたが、
やがて、その声は、窓ガラスにあたる
北風の音に変わり、
私の初夢は終りました。なんだか今年は
いいことがありそうだなと、私は思いました。

*出演者情報久世星佳 03-5423-5904シスカンパニー 所属


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