中里耕平 2009年1月9日



牛にならなかった男
                      
ストーリー 中里耕平
出演 マギー 

「食べてすぐ横になると、アレになっちゃうわよ」

食べてすぐ横になった僕にそう言った彼女は、
たしかに食べたあとも垂直を保ったままだった。

けれど。
「アレ」になっちゃう?
・・・なんで「アレ」などと言うのだ。
「牛」なんていう簡単なことばを忘れてしまう、
そんなことがあるんだろうか。
というか、いちばん肝心な部分を忘れていても
人はこんな迷信を持ち出すものだろうか。
「夜中にアレを切ってはいけない」なんて言われたら、
電気のスイッチも切れなくなってしまう。

「ねえ、食べてすぐ横になると、チョメチョメになっちゃうわよ」

彼女が表現を変えてきた。
そういえば彼女は、千葉の出身だったっけ。
ひょっとして千葉弁で「うし」には、
なにか卑猥な意味でもあるのかもしれない。
きっとそれで、アレとかチョメチョメとか、
そんなごまかし方をしているんだ。
チョメチョメのほうが、よっぽど意味深な感じだけど。

「食べてすぐ横になると、黒毛和牛になっちゃうわよ」

今度の発言は、ちょっと意図がはかりかねた。
「うし」を回避するためだけなら、「ぎゅう」と呼べば済むじゃないか。
それが、この女は、勝手にグレードを上げてきたのだ。
僕を牛肉にたとえたらオージービーフぐらいだということは、
自分でも充分わかっている。
牛肉偽装は、こんなワンルームマンションで密かに続いていたのかと、
僕は暗澹たる気持ちになった。

「食べてすぐ横になると、、、えーっと、、、」

・・・遊んでいる。
この女は、遊んでいる。
これは一種の、大喜利だったのだ。
「アレ」とか「チョメチョメ」は、空欄だったのだ。
気づくのが遅れたのは迂闊だったが、
そうとなれば、僕も大喜利リテラシーは低い方ではない。
それからは彼女の回答が楽しみになってきた。

「食べてすぐ横になると、アルシンドになっちゃうわよ」
昔のCMか。けど知らない世代には面白くないはず。

「食べてすぐ横になると、こまごめピペットになっちゃうわよ」
こまごめピペットって響きが好きなだけでしょ。

「食べてすぐ横になると、二番手止まりになっちゃうわよ」
何の二番手なのか言わない感じは、嫌いじゃない。

「食べてすぐ横になると、ホタテが、ホヨコになっちゃうわよ」
とんちものね。なんか古いな。

「食べてすぐ横になると、太っちゃうわよ」
そのまますぎるのが一周して面白い・・・のか? 
よく分からなくなってきた。

そうこうするうちに、彼女から、じつに斬新な回答が飛び出した。

「何よさっきから。自分で考えもしないで、他人の批評ばっかりしてると、
カラスになっちゃうわよ」

なるほど。もはや原型をほとんど留めていない、
ルール無視すれすれの回答である。

・・・と思ったけれど。これは大喜利の回答ではなく、
僕が知らない全く別の言い伝えだったなんて。

僕がカラスになってしまったのは、まったく、こういう経緯だったんです。
カー。

*出演者情報 マギー  03-5423-5904 シスカンパニー所属

shoji.jpg  動画制作:庄司輝秋

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