山田慶太 2008年5月23日



緑のおばさん

                      
ストーリー 山田慶太
出演 森田成一

赤信号になりました
僕は今 横断歩道の前に立っています
ここは僕が小学生のころ
学校への行き帰りにとおった横断歩道です

当時からクルマの通りが激しかったけれど
今も相変わらず ひっきりなしにクルマが通り過ぎていきます
青信号になりました
かわいらしい小学生たちが 元気よく渡っていきます
まだ明らかに大き過ぎるランドセルをしょって
20年以上前の 僕と同じように

でもあのころとは ひとつだけ違いがあります
あのころ この横断歩道には
緑のおばさんが立っていたんです

子どもが横断歩道にやってくると 
緑のおばさんは 大きな声をかけてきます
おはよう 忘れものはない? 勉強がんばんなさいよ
子どもたちもそれに 大きな声であいさつを返します

もちろん僕にもおばさんは 大きな声であいさつをしてきます
でも あのころの僕は 人見知りがとても激しくて
おばさんが声をかけてくれても 
何も言わず下を向いて通り過ぎていました
それでもおばさんは 毎日毎日 僕に声をかけてきました

ある日 いつものようにその横断歩道の前に行くと
緑のおばさんの姿がありません
次の日も またその次の日も 
緑のおばさんはあらわれません

僕には緑のおばさんがいないことが 
とても不安に思えてきました
おばさんのいる横断歩道を渡ることが、あんなに嫌だったのに

緑のおばさんがいないその横断歩道が 
とても危険なものに感じたのをよく覚えています
それから一ヶ月くらいが過ぎた ある日のことです
横断歩道に近づくと 聞きなれた大きな声が聞こえてきました
緑のおばさんは 少しやせていました 
僕が近づくと あいかわらずの大きな声で 
おはよう 元気かい と声をかけてきました
でも僕はその日も 久しぶりに会った恥ずかしさで
やっぱり何も言わず 走り去ってしまいました

僕は結局 それからもずっと 緑のおばさんに 
一回もまともにあいさつができませんでした

緑のおばさんが亡くなったという話を聞いたのは
僕が高校に入ったころでした

あとから母に聞いた話です
僕の人見知りを心配する母に 緑のおばさんは言ったそうです 
心配要らない あのままでいい 
あの子はおとなしくて人見知りだけど そのぶんやさしい良い子だと

僕は今 横断歩道の前に立っています 
久しぶりに実家に帰ってきて ここを通りかかって
ふと おばさんのことを思い出しました

緑のおばさん
今もあなたはどこかに立っていて 黄色い小旗を持っていて
たくさんの子供たちが 
人生という 少し長い横断歩道を渡っていくのを
見守ってくれているのでしょうか
もしもまた会えたら こんどこそ僕は 
おもいきり大きな声で あいさつするつもりです

青信号になりました

出演者情報:森田成一 03-3479-1791 青二プロダクション


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