蛭田瑞穂 2023年10月8日「ミステリーブラックの雨」

「ミステリーブラックの雨」

ストーリー 蛭田瑞穂
出演 遠藤守哉

シャーロック・ホームズと友人の医師ジョン・ワトスンは
ベーカー街221Bの下宿を出て、
オックスフォードストリートに向かっていた。

目的は、新たに出版された科学論文を書店で手に入れることで、
その論文にはホームズが関心を寄せている、
毒物の識別手法についての記述が含まれていた。

ふたりの足元にはロンドン特有の石畳が広がり、
通りにはヴィクトリア朝時代の優雅な建築物が並んでいた。
平凡だが穏やかな、秋の午後だった。

しかし、平穏は長くは続かなかった。
空が不自然な速さで暗くなると、突如として黒い雨が降り出した。

「何だろう?この黒い雨は」
ワトスンが驚きと不安が入り混じった表情でつぶやいた。
ホームズは手のひらで雨粒を受けると、注意深くそれを観察した。
「ワトスン、これはインクだよ。この独特の色調と香りから察するに、
 モンブラン社の高級インク、ミステリーブラックといったところだろう」

大量のインクが街頭に打ちつけ、石畳は瞬く間に黒く染まった。
それはまるで闇夜を流れる川のようだった。

ホームズは深く考え込んでいる。
複雑な推論や仮説が頭の中で組み立てられているようだった。
「ホームズ、君は何か考えがあるようだね」
ワトスンは尋ねた。
「これが通常の理論で説明がつかない状況なのは確かだ。
 インクが降ってくるという現象は、僕らが何らかの枠組み、
 おそらく、物語の中で操られている可能性を示唆している」

「物語だって?」
ワトスンの声には明らかな疑念が滲んでいた。
「確かに、これはにわかに信じがたい事態だ。
 僕らが現実だと認識しているこの世界が、
 すべてつくりものということだからね。
 馬鹿げているようだが、それ以外にこのような
 奇怪な現象を説明する方法を僕は知らない」

先ほどまで商人や物乞いが声を上げていた通りは、
今や幽霊が出現してもおかしくないほどの不気味な静寂に包まれている。

「だったら我々はどうすればいい?」
ワトスンは上ずった声をあげた。
「なに、案ずることはないよ、ワトスン。
 僕の推察では、この現象は作者の創作上の苦悩か、
 執筆の焦りから生じたもの。
 だが、そんな状態が永遠に続くわけがない。
 コーヒーでも飲んでこの雨を遣り過ごすとしよう」

時計台の鐘が鳴った。

アーサー・コナン・ドイルは執筆の手を止め、万年筆を置いた。
手元のカップにコーヒーを注ぎ、熱い液体をゆっくりと口に運びながら考える。
物語の中でホームズとワトスンが事件に困惑する姿を思い浮かべ、
この先どう進めるべきかを模索した。

しばらく考えた後、新たなアイデアが浮かび、
ドイルの顔に小さな笑みがこぼれた。
物語が動き出そうとしている。
ドイルは再び、万年筆を手に取った。
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出演者情報:遠藤守哉(フリー)

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