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いわたじゅんぺい 2023年4月2日「かんな 2023春」

かんな2023 春

ストーリー いわたじゅんぺい
       出演 齋藤陽介

かんなは小学校一年生である。
素朴で素直で嘘が下手。
どこにでもいる小一の女子である。

最近一人称に
「ぼく」をよく使う。
友達の間で流行っているらしい。
ガールズトーク。
学校帰りはいつも
わちゃわちゃしている。
楽しそうで何よりである。

この前、
テレビを見ながら、
「ゆりかもめってなに?」
という話になった。

「モノレールみたいな乗り物だよ」
「ぶらさがってるやつ?」
「ん?ぶら下がってるモノレールもあるけど、ゆりかもめは違うな」
「たかいところをびゅーんっていく?」
「高いところは走ってるね」
「一人でのるもの?」
「一人でも乗るけど、みんなでも乗る」

という
ラチのあかないやりとりをした後、
スマホで画像を見せながら話を続けたところ、
かんなの想像していたゆりかもめは
スキー場の「リフト」だとわかった。

「ゆり」と「かもめ」の印象で
リフトを想像したようだ。

で、ゆりかもめが
電車みたいな乗り物だとはわかったのだが、
乗ってみたいというので、
二人でゆりかもめに乗るだけの旅に出かけた。

電車で新橋まで出て、
一本見送って
ゆりかもめの
先頭車両に乗る。
ゆりかもめは無人運転なので
運転手的な席がある。
一人席だったので、
膝の上にかんなを乗せた。
まだ膝の上に乗せても
嫌がらない。

目の前には汐留のビル。
そのうちの一つを指して
「あれパパの会社だよ。
あっちはじいじが最後に働いてたビル」
と教えてあげたら
「そうなんだ」
と言っていた。

かんなは素直なので
たいていのことは
「そうなんだ」
と受け入れる。

5つ上の兄に
何かを言った時に
否定されても、
反論せず
「そうなんだ」
と受け入れてくれるので
兄妹げんかが少なくてありがたい。

兄は価値観が基本
「勝ち負け」しかないので、
反論されるとなんでも
「ちがうよ」
と、とりあえず交戦する構えになる。

兄妹でも性格は
だいぶ違うようだ。

面白いもので、
そんな気性の荒い兄の方が、
情に厚くて、
涙もろい。

自由契約を言い渡されたプロ野球選手の
ドキュメンタリーなんかを見て
人知れず号泣していたりする。

朝、学校に行く時に玄関で見送ると、
兄はふり返って手を振ってくれるが、
かんなはふり返ることなく
すたすたと出ていってしまう。
意外とドライなのである。

話がそれたが
ゆりかもめの話に戻る。

ゆりかもめはビルの間を抜けて
竹芝方面へ進む。
途中カーブや
多少のアップダウンがあり、
ジェットコースター気分で
楽しめる。
かんなは
「つぎのえきが見えるよ」
などと言っている。

そこからは海沿いをまっすぐ。
フェリーの発着所なんかを見ながら
いくつかの駅を過ぎると、
ゆりかもめのクライマックスである
レインボーブリッジの
ぐるぐる回るところに差し掛かる。

「まわってるー」
だの
「クルマがとなりをはしってる!」
だの
「あの丸いのなに?」
とフジテレビを指さしたりと
忙しかったが、
いざレインボーブリッジを渡りはじめると
「レインボーブリッジはどこ?」
と聞いてきた。

レインボーブリッジは
渡りはじめると
見えなくなってしまう。

それどころか
薄暗い金網の中みたいなところを
走ることになる。
なんか想像してたんと違う、
というという顔をしている。

人生というものは
往々にして
叶うまでの過程の方が
楽しいものなのだ。

ゆりかもめが海を渡り、
お台場を走りはじめると、
唐突に
「パパ、やまのてせんゲームしよう」
と言い出した。
最近のマイブームらしい。
「じゃあぼくからね。うみでとれるもの。さかな」
パンパン
「いーか」
パンパン
「くじら」
パンパン
「えーび」
パンパン
「たーこ」
パンパン
「うーに」
パンパン
「ちんぼつせん」
パンパン
「え?沈没船?」
「はい、パパのまけー」
唐突な沈没船に
父の思考は停止し、
山手線ゲームは
かんなの圧勝に終わった。

その後も
ゆりかもめに揺られながら
実物大のガンダムや
アレグリアの青と黄色のテントなど
珍しいものを見つけるたびに
かんなは興奮し、
豊洲までの小旅行は終わった。

豊洲では
ゆりかもめの顔はめパネルで写真を撮り、
ママへのおみやげにパンと焼き鳥を買い、
バスに乗って帰宅した。

バス停からの帰り道、
「こんどリサイクルしたい」
と急に言い出した。
最近のSDGs的な教育は進んでるなあ、
と感心していたのだが、
話がどうにも噛み合わず
どうしたものかと思っていたら
自転車というヒントが出た。

「それリサイクルじゃなくてサイクリングじゃない?」
「そうだサイクリングだ。ごめんごめん」

次はサイクリングに行く約束をしながら
雨が降りそうな夕暮れを
手をつないで歩いた。
ちょっと風が出て肌寒い。
桜のつぼみはまだ固そうだった。

4月になれば、2年生になる。
将来の夢はファッションデザイナーに
なることらしい。

おみやげの焼き鳥は
レバーと砂肝以外
かんなが全部食べた。



出演者情報:齋藤陽介 03-5456-3388 ヘリンボーン所属





かんな 2022夏:http://www.01-radio.com/tcs/archives/32004
かんな 2022冬:http://www.01-radio.com/tcs/archives/32004
かんな 2021春:http://www.01-radio.com/tcs/archives/31820
かんな 2020夏:http://www.01-radio.com/tcs/archives/31699
かんな 2019冬:http://www.01-radio.com/tcs/archives/31528
かんな 2019夏:http://www.01-radio.com/tcs/archives/31025
かんな 2018秋 http://www.01-radio.com/tcs/archives/30559
かんな 2018春:http://www.01-radio.com/tcs/archives/30242
かんな 2017夏:http://www.01-radio.com/tcs/archives/29355
かんな:http://www.01-radio.com/tcs/archives/28077

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佐藤充 2023年3月26日「アラブの春」

アラブの春

ストーリー 佐藤充
出演 地曳豪

帰国3時間前。
タクシーはハイウェイでいきなり止まった。
2011年3月、
アラブの春と呼ばれる革命が起きているエジプトだった。

中東を1ヶ月ほど1人で見てまわり
ヨルダンからフェリーで入国してやってきた。
日本への帰国便をカイロから取っていたのだ。
街では車が燃え、催涙ガスの煙が舞っている。
できるだけ外に出ることなく過ごし帰国日を迎えた。

帰国3時間前。
空港へ向かうタクシーがハイウェイで止まる。
ルームミラー越しにドライバーの男と目が合う。
「エンジントラブル」と男は英語で言う。
続けてジェスチャーとアラビア語で「車を後ろから押してくれ」と言うので
一緒に押すことにした。

車は2人で押すと少し動いた。
男は「そのまま押し続けてくれ」と言い、
急いで運転席に戻りエンジンを掛けに行く。
ブルルンとエンジンが掛かる音がする。
タクシーはそのまま僕をハイウェイに置き去りにして
猛スピードで走り出した。

Uターンするだろうと見ていたら、
タクシーのテールランプは遠ざかるばかりで
ついに闇に消え見えなくなった。

もしかしてまだ戻ってくる可能性も
あるかもしれないとも思ったが、
あの走り方は戻ってくる感じのスピードではなかったなと思い、
ここで待つのは危ないので
いったんハイウェイの中央分離帯に移動する。

タクシーのトランクにパスポートに財布、
着ている服以外の全ての荷物を乗せていた。
残り3時間でパスポートだけでも取り戻して帰国することはできるだろうか。
たぶん無理だ。帰国できない。
無一文でカイロのハイウェイの中央分離帯で考える。

ちょうど去年の今頃、大学へ入学するために北海道から上京してきた。
厳密には埼玉の新所沢に住み始めるので
上京と言っていいのかわからないけれど。

上京1日目に西友で12800円の自転車と9800円の自転車で迷って
9800円の方を買った。
明日はこの自転車に乗って近所を散策しようと思ったら、
次の日アパートの1階の駐輪場に止めていた自転車はパンクしていた。
目線を上げた先には都合よく「パンク直します」と手書きの張り紙があって、
その横には「張り紙禁止」という旨のアパートの管理会社の張り紙もあったが、
気にせず電話をした。

「もしもし、自転車パンクしちゃって」
「あ、そうなの」
「はい、直してもらいたくチラシ見て電話しました」
「いま、昼飯食べてるんだわ」
「はい」
「そのあと出勤の準備あるんだわ」
「はい」
「家どこなの?」
住所を伝えると「あ、近いから30分後に行くわ」と男は言った。

男は少し遅れてやってきた。
「どれ自転車」と言うと男は慣れた手つきでホイールからタイヤを外し、
水に浮かばせてどこに穴が空いているのかを確認しはじめた。

「俺さ、本職は流しなんだわ」
「ナガシ?」
「新宿のゴールデン街で夜ギター持って歌ってるんだわ」
「ああ、流し!」
流しという職業の人に初めて出会って感動した。

「俺、CDデビューもしてんだわ」と
男はもともと黒色だったのだろうけど、
日焼けして紫色になった使い古したアディダスのカバンから
CDを出した。

「1500円」
「え?」
「CD込みでパンク代1500円」
「あ、CDも、、、」
「ほんとはCDだけで1500円だから」
CDはいらないから安くしてくれとは言えずに1500円を払った。

「新宿にも聞きにきてよ!」と言われ
いつか行こう行こうと思って、
まさか1年後に革命中のエジプトカイロのハイウェイの中央分離帯で
帰国できずに途方に暮れているなんて思ってなかったので
まだ新宿にも聞きに行かず、CDも聞かずに引き出しに入れっぱなしだ。

帰国できたら聞きに行くだろうか。
いや、行かない気がする。

東京はきっともう桜が咲いている。

花見でこれを笑い話にできるように
ひとまずなんとかなるだろうと歩きだす。
 
 .
出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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田中真輝 2023年3月19日「桜会議」

「桜会議」 

ストーリー 田中真輝
   出演 遠藤守哉

新町スカイハイツ管理組合 第43回通常総会議事録より一部抜粋。

司会:
それでは本会最後の議案に移らせて頂きます。
議案は、敷地内自転車置き場横の桜の木についてになります。
現在、この桜の木について、住人から伐採してほしいとの要望が出ており、
本会議にてその決議を取らせて頂きたいと考えております。

301号室住人発言(以下301):
該当する樹木(桜)については、マンション住民だけではなく、
多くの地域住民から古くから愛されており、
一部住民からのクレームで伐採してしまうというのは、いかがなものかと思う。

205号室住人発言(以下205):
一部住人とはおっしゃるが、そうした小さな声を圧殺するのが、
このマンションの自治のいつもの在り方であり、
わたしとしては今の発言は全く容認することができない。

301:
別に圧殺しようとしているわけではない。
わたしは一個人としての思いを述べたまでである。
というか、伐採の要望を入れたのはあなたなのではないか。

205:
わたしではない。わたしではないが、要望については賛同する。
地面から張り出した根が自転車の通行の妨げになっているし、
落ち葉がベランダに大量に落ちるのにも辟易している。
何よりも毎春、花が咲くと多くの人が木の下に集まって
朝から晩まで大騒ぎするのが迷惑極まりない。
年をとると大声や騒音が一番堪える。
それでなくても最近は体調を崩しがちで毎日高い漢方を飲んでいる。

301:
花見はみんな楽しみにしている。やはり要望を入れたのはあなたではないのか。
そして漢方の話はいま関係ない。

204号室住人発言(以下204):
一言申し上げておきたいのだが、
205は前々から些細なことを取り上げて大きな問題にするので困る。
桜の件についてもそうだ。
以前は電気料金のメーターが自分のところだけ速く回っているという議案を提出され、
たいへん長引いて大変だった。
みんな忙しいところわざわざ集まっているのに、
どうでもいい議案で時間を取られるのはどうかと思う。

708号室住人発言(以下708):
ちょっとよろしいでしょうか。

205:
メーターの件は、目下弁護士に相談中である。そのうち目にものみせてくれる。

204:
あと、毎朝謎のお経を唱えるのもやめてほしい。あれこそ公共の迷惑である。

205:
この(不適切な表現なので割愛)

204:
なんだと(不適切な表現なので割愛)

301:
話を戻すが、桜の木はこのマンションの住人にとって心のよりどころになっている。
なにかと疎遠になりがちな昨今において、
みんなで集まって花見ができる機会があるのはとてもいいことだと思う。

参加者一同:拍手

708:
そのことで少し申し上げたいのだが。

205:
そんな優等生のような発言をしているが、わたしはこの人(301号室住人のこと)の
ほんとうの姿を知っている。

司会:
議案に関係のない発言は控えてください。

301:
そうだそうだ。

204:
それはわたしも聞きたい。

205:
この人(301号室住人のこと)が前にこのマンションの管理組合理事長を務めていたときの、大規模修繕工事のことだ。

301:
いま関係ない。

205:
あのとき工事を依頼した業者が実は、

301:
わーわーわー(など意味不明な発言)

司会:
最後の議案、桜の木について話を戻したい。

708:
その件についてなのだが。

204:
誰か何か言っている気がする。

301:
たぶんこの人が何か言おうとしている。

司会:
708、意見があるなら大きな声でお願いします。

708:
わたしは43年前にこのマンションが建設されたときからここに住んでいるが、
あの桜が植わっている場所は、このマンションの敷地内ではなく、
市の管理地になっている。よって、市の所有物だということができる。

参加者一同:静まり返る

司会:
続けてください。

708:
今までも何度かいまと同じような議論になったことがあるが、
結局は市の所有物だから伐採できないという結論に至っている。
今回も結論としてはそうなるのではないかと考える。

参加者一同:そういうことは早く言え。

司会:
以上をもって本日の管理組合定例会を終了とする。
7時間にわたる議論、誠にありがとうございました。やれやれ。



出演者情報:遠藤守哉

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佐藤義浩 2023年3月12日「桜の記憶」

桜の記憶

   ストーリー 佐藤義浩
      出演 遠藤守哉

桜には「死」のイメージがある。
散り際の潔さから来てるのだと思うが、
パッと咲いてパッと散る、あの短さが
人生を連想させるのかもしれない。

そのせいか、
時代劇だと切腹する武士の後ろに花びらが舞っていたり、
特攻する若い兵士が「同期のサクラ」なんて歌ってたりする。

美しさと儚さが好きな日本人は多いようで、
雪月花の「花」は桜のことだと思う。
雪も月も花も一瞬で風景を変える力があって、
一瞬でそれが消えてしまうものでもある。
そういう、現実であって現実じゃないようなものが
心に響くんだろうなと思ったりする。

3年前の春、昔の同級生が死んだ。
そんなに頻繁に会うような間柄ではなかったが、
年に数回、集まって飲むような仲間が何人かいて、
その中の一人だった。

彼は一人暮らしで、もうすぐ定年を迎えるタイミングで、
会社を辞め、海のそばに引っ越していた。
明るくていいやつだが、一人で突っ走ってしまうところもある
典型的なB型のひとりっ子で、
こっから先は好きなカメラで写真撮って生きてく、
なんて言っていた。

結婚していたがとうの昔に別れていて、
気楽なもんだという顔をしていたが、
その実、すごく寂しがり屋なのもみんな知っていた。

そんな彼が死んだのを、見つけたのは例の飲み仲間だった。
何度連絡を取ろうとしても返事がないので、
これはおかしいと思った一人がマンションまで行ったのだ。
その時の様子はリアルタイムで連絡が入っていて、
返事がない、これはおかしい、管理人を呼ぶ。
郵便物が溜まっている。やっぱりおかしい。警察を呼ぶ。
そして部屋には彼が死んでいた。
その経過を仲間たちは実況中継のように聞いていた。

人の人生が長いのか短いのかわからないけど、
散り際は誰にとってもきっと一瞬で、
その前にあった楽しさも寂しさも、
消えてしまえばあっという間に過去になる。
結局彼のことは彼にしかわからないし、
彼の人生がいいものであったと信じたいと思う。

その後、気の利く仲間の一人が彼の元妻を探し出して
連絡を取ることができた。
そしてまだ籍が入ったままだったということを聞いた。

桜が咲く季節になると、この顛末を思い出す。
景色が桜色に染まると、現実なような現実じゃないような
そんな世界に引き込まれそうになる。
そして桜が散った後はまた急に風景が変わり、
また一年、記憶には蓋がされることになる。



出演者情報:遠藤守哉(フリー)

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一倉宏 2023年3月5日「僕のポケットの中の彼女」

僕のポケットの中の彼女(ポエム)

    ストーリー  一倉宏
       出演 大川泰樹

ときどき僕らは部屋を出て
冒険のような旅のような散歩をした
僕の上着の胸ポケットに彼女を入れて

彼女が好きだったのは 
利根川の支流がつくった扇状地の町の
坂道を自転車で駆け降りること
できるだけブレーキを使わず

利根川のただ広いだけの河原で
背中を痛く突く石のベッドに寝転がって 
入道雲の湧きたつ空を見あげること
遥かな北の空のオーロラの話をしながら

その坂をまた駆け登って
八幡さまの上の市民公園の駐車場から 
南に広がる関東平野を見下ろすこと
アリンコのような上り列車を見つめながら

「未来」とは「希望」と
同義語のようなふりをしつつ
僕にとってのそれを思いめぐらせば
「希望」とは「不安」の
体裁のいい言い換えにも思えた

そんなあの頃の
夜のベッドの中で

僕はたずねた
「おとなになったら何になるのだろう」
彼女は笑いながら答えた 
「びんぼうにん」

その答えにどれだけ救われただろうか
僕もまた笑いながら
鼻水で枕を濡らしていた頃

そうして僕らが過ごしたのは
いったいどのくらいの時間だったろうか
彼女が突然やってきた日のことも
突然去っていった日のことも
なぜか思い出すことができない
日付というかたちでは

その日付はわからない
ある日の夕暮れのことだった
僕のポケットの中の彼女は
胸ポケットを抜け出して左肩に立ち
耳もとでこうささやいた

「そろそろいくわ」 
そして消えた
「未来に幸多かれ」と
言い残して

あれから何十年も経って
いまはもう
嘘っぱちの作り話としか思えない
こんなでっちあげの思い出話は
できそこないのポエムのことは
もうとっくに忘れていた

けれどあれからずいぶんと年の経った
いまになって

僕は見たのだ 

杉並の善福寺川沿いの
遊歩道を歩きながら
すれちがう十代の少年が
左胸のポケットを
とっさに覆い隠した

そこに
あの日の僕らの姿を 



出演者情報:大川泰樹 03-3478-3780 MMP所属

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佐藤充 2023年1月22日「無題」

無題

ストーリー 佐藤充
   出演 地曳豪

小学2年生の夏休み。
親戚のおばあちゃんの家で遊んでいるとインターホンが鳴った。
おばあちゃんが玄関まで行く。

しばらくして呼ばれたので行くと、
そこには母とスーツを着た知らない女性が立っていた。

「帰るよ」と言われたので帰り支度をして家を出る。

家のまえに車が停まっている。
運転席にはスーツを着た知らない男性が乗っているのが見える。

なぜか玄関で母と親戚のおばあちゃんは泣いていた。
親戚のおばあちゃんは母に何度も「ごめんね」と言っていた。

車のなかでスーツを着た女性から説明を受ける。

これから母と妹と僕はある施設に入ること。
スーツを着た女性たちはその施設の職員であること。
学校を転校すること。
友達にはもう会えないこと。

「嘘だよね?友達にまた会えるよね?」
と聞くと母は「ごめんね」と一言だけ言う。

僕は渡された紙パックの野菜ジュースを飲み、
流れる景色を見るともなく見る。

1学期の終業式の日の帰りの会で
隣の席のメイケちゃんに「またね」と思いっきり叩かれたこと、

スーパーファミコンのマリオRPGのデータを消されて
ヨシキくんの自転車のサドルに唾を垂らしたこと、

シモヤマくんの家で
コンセントを半分ささった状態で触る遊びをしていたいこと、

公文の夏休みの宿題を部屋の机の裏に隠していたこととかを
ぼんやりと思い出した。

1時間くらいで施設に着いた。
その施設はいろいろな事情を抱える女性やその子供しか入れない。
3階建ての病院のような施設。
1階は受付や食堂や体育館。
2階は一時的に入っている人たちの居住スペース。
夏なのに共用のお風呂は週3回しか入れない決まりだった。

3階は施設の人に絶対に行ってはいけないと言われていたが
同じように女性たちが暮らしていた。
たぶん僕らよりずっと前からいる人たちだった。
母と妹と僕はこの施設の2階にある8畳ほどの部屋で
過ごすことになった。

2階には僕らの他にも年齢も事情も様々な女性たちが
10人くらいいた。

その中にコバがいた。

コバは29歳。
コバは野球部みたいに髪が短い。
コバは九九が言えない。

共有スペースで2階に1つしかないテレビで
アンビリーバボーを見ているときだった。

当時は夏になると心霊特集をしていて僕は怖いのをごまかすために
「2の段どっちが早く言えるか勝負しよう」と言うと、
「いやだ」とコバは言う。

「2×7は?」と聞くと指をゆっくり2本ずつ折って数えはじめる。
「九九わからないの?」と聞くと
顔を真っ赤にして走って追いかけてきて本気でお尻を蹴られた。

違う日に食堂で朝ごはんを食べていると、
僕たちと離れた席に3階に住む人たちが座っていた。
するとひとりの女性が箸でご飯を口に持っていく途中で、
目も口も開けたままパントマイムしているみたいに止まって動かなくなっていた。
そこだけ時間が止まっているみたいだった。
母から「見るんじゃない」と言われた。
「薬の飲み過ぎね」と誰かが言う声が聞こえた。

僕はいつドッキリのフリップを持った人が
来るんだろうと思って過ごしていた。

親戚のおばあちゃんの家のインターホンが鳴ったあのときから、
壮大なドッキリにかけられている気がした。

転校もウソ、友達に会えなくなるのもウソ、
母の涙もおばあちゃんの涙もウソ、
コバが九九を言えないのもウソ、
パントマイムみたいに止まっている3階で生活する女の人もウソ、
全部全部ウソでした、ドッキリでしたって。

2学期。
新しい学校で新しい友人たちと迎えた。
誰にも言えない無題のままになった夏休みの思い出とともに。

そして時が過ぎ、2023年。
TCC新人賞受賞取り下げウソでしたなんてフリップを持った人はもちろん来ない。



出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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