遠藤守哉のご挨拶 2025夏

遠藤守哉のご挨拶

   出演;遠藤守哉

本日2025年7月26日は、凶暴な暑さです。
気温34℃。
1時間前は35℃でした。
一日の暑さのピークは何とか過ぎたようです。
が、暑いです。

しかも、テーブルの上にはカセットコンロがあり
大きな鍋が乗っています。
およそ1時間半煮込まれたその鍋の中は
アイスバインという豚の脛肉の塩漬けと野菜。
肉を食べ終えたらソーセージ。
こんな日の煮込み料理って命知らずですよね。はっはっは。

しかも、その熱を放つ鍋の横で
僕たちは原稿を読みます。
いえ、エアコンはありますがノイズになるので
スイッチがオフになっています。
暑いです。

そんなわけで、来月の収録はお休みです。
9月のTokyo Copywriters’ Streetはお休み、です。
ごめんなさい。暑いです…。

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関陽子 2025年7月27日「あとの祭り」

あとの祭り

    ストーリー 関陽子
       出演 遠藤守哉

ようこそ、あとの祭り回収所へ。
本日はどんなあとの祭りを回収いたしますか?

そうですね、3大祭りは、
恋の告白。政治家様の失言。夏休みの宿題。となっておりますね。

ああ、あの時思い切って好きだ、と言っておけば!
ああ、ついついオフレコだと思い込んでポロリと本音を!
ああ、なんでうちの子、絵日記が7月から白紙なの?!
・・ほんっと、あとの祭り、でしょ。
はい、回収しますと、皆さん晴れ晴れとお帰りになります。

お客様の前は、お身体のことが続きましたね。
お酒を嗜みすぎて、階段から落ちて大事な顔を擦りむいた、とか。
引越しで、本の詰まった段ボールを持ち上げてしまって腰を!、とか。
実のところ、カラダの後悔は、ココロのそれより切実でして、
その分、こちらの回収は、少しお値段が張るんですが。

で、お客様はどんなあとの祭りを?
・・ベッドサイドに置き忘れたスマホを妻に・・。
あ〜それもあるあるですよ、ふふふ。

では注意事項を。

回収した世界線で、お客様がお幸せになるかどうかは、
保証しかねます。
むしろ一度回収してしまうと、
大抵の方が次はあれ、その次はこれ、となりましてね。
そのうち、幸せになりたいはずなのに、なぜか不幸を探し回るようになってしまう。
回収中毒・・というんでしょうか。
ま、こちらは商売大繁盛の万々歳でございますがね。
・・おっと、口が滑りました。
これこそあとの祭りですよねぇ、ふふふ。

では、どうされますか?
お顔が少しお曇りのようですが、
あまり時間はありません。
この、あとの祭囃子が終わるまでに、
どうぞ、ご決断を。

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出演者情報:遠藤守哉 https://www.nicovideo.jp/watch/sm21477221

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佐藤義浩 2025年5月11日「手のひらに太陽を」

手のひらに太陽を

   ストーリー 佐藤義浩
      出演 遠藤守哉

朝起きたら透明人間だった。

ラッキーだと思った。
透明ならいろんなことができる。
誰にも気づかれずにいろんなところにも行ける。
悪いことだってできそうだ。
考えてみれば、いいことのない人生だった。
いつもオドオド、こっそりと生きてきた。
それでもなぜか、
偉そうな奴らに見つけられてはやたらと絡まれた。
いくら自分は目立たないつもりでいても、
問題はいつも向こうからやってくる。

だから日頃は人と目を合わさないように
いつも下を向いて歩いていた。
だけど今は他人を気にする必要はない。
やっと前を向いて歩くことができる。
そうだ。いつも嫌がらせをしてきた
アイツに仕返しをしよう。
気づかれずに後ろから忍び寄って
頭を殴って逃げよう。

そう思ってはみたものの、
いざやろうと思うと問題はある。
まず武器が持てない。
手に持つものは透明にはならないからだ。
そっと近づいて、
その辺の石でも拾って殴るしかないか。
服を着ることもできないが、
どうせ見えないんだから関係ない。
そう思ったらちょっと気が楽になった。

家を出た。
雨上がりで道は濡れている。
水たまりに気をつけながら歩く。
なんだ結局、また下を向いてるじゃないかと思う。
いきなり車に轢かれそうになった。
相手から自分が見えないとはこういうことか。
下を向いている場合ではない。
気を取り直し、360度、
周りに注意を払いながら慎重に歩いてゆく。

いた。
まだ誰かに絡んでいる。本当に嫌なヤツだ。
後ろからゆっくりと近づく。
濡れた路面が小さな音を立てるが
気づかれている気配はない。

まだ届かない。あと一歩。気が早る。
今だ。思いっきり手を振り下ろした瞬間、
水たまりで足が滑って大きく空振りした。
勢い余ってすっ転ぶ。
バシャンと大きな音がして水が跳ねた。

これだけ派手な音がしたのに
ヤツは全く気づく様子もなく、
何事もなかったように誰かに絡み続け、
そのまま歩き去ってしまった。

なんだ、こんなに自己主張をしても
気づかせることもできないのか。
俺って本当に透明なんだな。と
思ったら急に可笑しくなって、
声を出して笑ってしまった。

驚いたカラスがバタバタと飛び立った。

誰にも気づかれずしばらくそのまま
地面に這いつくばっている。
目の前に水たまりがあった。

いつの間にか雨は上がっていて、
水たまりに青空が映っていた。
ゆっくりと起き上がり、
一度前を向いてそれから上を見上げた。

眩しい。
手をかざしたが透明な手のひらは
光を遮ってはくれなかった。

その先には青空があった。
透明な手のひらの先にある太陽は
いつもより眩しかった。



出演者情報:遠藤守哉

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佐藤充 2025年4月13日「気になる春」

気になる春。

   ストーリー 佐藤充
      出演:遠藤守哉

粘度の低いほぼ液体のような鼻水が
右の鼻の奥からゆっくりとゆっくりと
垂れ出てくるのを感じる。

近所の喫茶店で
佐藤究の小説『テスカトリポカ』を読んでいた。

鼻水に意識を持っていかれそうになる。
スッと鼻をすすり、液体を鼻の奥へ戻す。

メキシコのカルテルに君臨した麻薬密売人の男が、
潜伏先のジャカルタで日本人の臓器ブローカーと出会い、
新たな臓器ビジネスのために日本の川崎へ向かう。

意識を目の前の小説に戻したときだった。

「馬事公苑って知ってるかしら?あそこ昔は雑木林だったのよ。
その隣に農大があるでしょ?あそこ昔は自衛隊があったの」

左の席におばあさん2人と30代くらいの男女がいる。
会話というよりさっきから1人のおばあさんが一方的に喋っている。
声が大きいので耳に入ってくる。きっと耳が遠いのだろう。

「すみません、ここら辺で」と、
30代くらいの男女が立ち上がる。

「ごめんなさいね。昔話ばかりで」

「あ、いえいえ…」と30代の男女は困ったような苦笑いの表情で去る。

このときおばあさん2人と30代くらいの男女の関係がわかる。
知り合い同士ではなく、
おばあさんが一方的に話しかけていたのだ。

「私たちもお会計しようかしらね」とおばあさん2人が店員を呼ぶ。
「お会計はレジでお願いします」と言われ、
声の大きなおばあさんがレジへ向かう。

席からレジは少し離れている。
それでもおばあさんの声が聞こえてくる。

「お会計、2人で割れるかしら」
「すみません、
それはできないのでおひとりさまが払っていただく形になります」
「じゃあ私が立て替えるから、1人だといくら?」
「3600円なので、
おひとりさま1800円になります。レシートに書いておきますね」

店員が親切にレシートに2人で割った金額の1800円を
ペンで書いているようだった。

おばあさんが支払いを済ませて席へ戻ってくる。
それからしばらくおばあさんたちはまた会話をしていた。

意識を小説へ戻す。

川崎で生まれ育った少年コシモが
ジャカルタから来た麻薬密売人の男に見いだされて、
犯罪に巻き込まれていく。

さらにページをめくろうとしたときだった。

「あれ?私がぜんぶお会計払ったのかしら?」
「あんたがぜんぶ払ったからレシートここにあるじゃない」

そうです。もうひとりのおばあさんが言うとおり、
さっきお会計していましたよ、と心の中で思う。

「え?そうだったかしら?店員さんに聞いてくるわね」
おばあさんは店員へ聞きにいく。

その様子を目で追ってしまう。

おばあさんが「もうお会計していたみたい」と言い席に戻ってくる。

「ほら言ったじゃない。じゃあ1800円払うわね」
もうひとりのおばあさんが払おうとする。

「1800円?それ多くないかしら?900円でいいのよ」
先ほどお会計をしたおばあさんが答える。

いやいや、
900円ではないです、ひとり1800円ですよ、と心の中で思っていると、
「ほらレシートに3600円で、1人用の金額1800円って書いてるじゃない」
ともうひとりのおばあさんが言う。

そう!そうです!
ひとり1800円です!と僕は心の中で答える。

「そうかしら?ひとり1800円は多くないかしら?
きっと間違ってるのよ、店員さんに聞いてくるわね」
おばあさんはまた店員へ聞きにいく。

僕はまたその様子を目で追ってしまう。

店員は「3600円なので2人で割るとひとり1800円です」と答えている。
たぶんこの喫茶店にいるお客さん全員がおばあさんの一挙手一投足に注目していた。

おばあさんが席に戻ってくる。

「ぜんぶで1800円だったわよ、だからひとり900円」と大きな声で言う。

違う違う違う。
おばあさん、ひとり1800円です、と喫茶店の全員が思う。
向かえの席で仕事をしている男性もパソコンを打つ手を止めて見ている。

もうひとりのおばあさんが
「わたし1万円札しかないから、両替頼んでくるわね」と言うと、

さっき3600円を立て替えているおばあさんが
「いや、わたしが細かいのを持っているから、
わたしがあなたに900円払えばいいのよ」
と言う。

いやいやいやいや、
3600円払って、また900円払うのは払いすぎですよ、
喫茶店にいる全員が心の中で思う。

店員のほうを見る。
1800円と書いたのが余計な混乱を生んでしまって気まずそうにしている。

もうひとりのおばあさんが
「あんたが立て替えたのになんでまたあんたが払うのよ、
わたしが両替して払うから」と答える。

そうそうそうそう!
そのとおり!それで合っています!
喫茶店にいる全員が心の中で思う。

こうして3600円を立て替えたおばあさんは
1800円をもうひとりのおばあさんからちゃんともらって
「年取るとすぐ忘れちゃってダメね」などと笑いながら
無事にお店を出ていった。

はぁ、よかったぁ。
喫茶店にいる全員が顔を見合わせた。

ズッと鼻をすする。
口の中に少ししょっぱい味が広がったのをコーヒーで流し込む。

これはまだ僕が花粉症ボトックスをするまえの春の話。

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出演者情報:遠藤守哉(フリー)


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村山覚 2025年3月30日「ハルさんの替え歌」

「ハルさんの替え歌」

ストーリー:村山覚
出演:遠藤守哉

ぼくが時々顔を出すスナックに、
ハルさんというおじさんがいる。

ハルさんはハルさんのくせに春が嫌いだ。
花粉も、桜も、花見も「いけすかない」と言う。
「梅はどうですか?」と聞いてみたことがある。
「わざわざ見に行ったりはしないけど、
梅干しと梅ねりは好きだな」と彼は言った。
ハルさんは若い頃、ばりばりの営業マンだったらしい。
銀座や六本木での接待も多かったという。
「あの頃は本当にタクシーがつかまらなかった」という話を
何度も聞かされた。「毎回それ言いますよね」と
ぼくが言うと、ハルさんはグラスの中の氷を
カラカラと鳴らした。
ハルさんは歌がうまい。ばりばり時代は先輩や
お客さんから「おい、ハル! なんか歌え!」と
よく言われたらしい。そんなときは
「では、今日もハルソングを」と言い
分厚いソングブックをめくっていたそうだ。
あの分厚いの、ちょっとした鈍器だったな。

春一番  春なのに
春だったね  春よ、来い

ハルさんは、それらの歌を1番はそのまま歌い、
2番からは「春」という歌詞を「悪」に置き換えた。

もうすぐ悪ですね  悪なのにお別れですか?
あゝ あれは悪だったね  悪よ、遠き悪よ

ハルさんは言った。
「ほら、春ってさ、少し悪いやつだろ?」
たしかに春には暖かさの陰に底知れぬ冷たさがある。
出会いと別れ、期待と落胆、満開と散り散り。

ある春の日。けっこう酔っ払っていたぼくは
ハルさんの真似をしてワルソングを歌ってみた。
変な空気になった。ママの「いぇい!」という
合いの手と拍手がさびしく響き、当のハルさんは
にんまりしながら氷を指で回していた。

ぼくはマイク越しに言った。
「おい、ハル! なんか歌え!」

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出演者情報:遠藤守哉(フリー)

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中山佐知子「旅をする魔法使いと(2025年版)」

旅をする魔法使いと

   ストーリー 中山佐知子
      出演 遠藤守哉

旅をする魔法使いと出会った。
魔法使いは、若い頃にかけた魔法を「調整」するために
旅をしていると言った。
魔法を調整?
すると魔法使いは、
「例えば水に不自由している国に与えた井戸を枯らすのも調整だ」と答えた。

水のない国に井戸を与える。
すると誰かがその井戸の権利を主張し、
水を汲む人々から代金を取り立てることがある。
「そんな井戸は枯らしてしまうのさ」と魔法使いは言う。
井戸を枯らして、今度は水脈を見つける方法を教える。
みんなで探してみんなで掘った井戸はみんなのものだからな。

魔法使いが若いとき、
悲しみに沈んだ国へ行った。
土地は痩せ、耕しても収穫は少なく
育たずに死ぬ子供も多かった。
情深い王さまはそれを見るに堪えず
この国から悲しみを取り去るよう魔法使いに頼んだ。
それはあっという間だったそうだ。
泣きながら畑で働いていた国民は笑うようになり
子供が飢えて死んでも涙を流す母はいなくなった。
子供たちは世話をしているヤギが死んでも
明るく笑うだけだった。

どうにもまずいことをしたものだと魔法使いは思ったが、
いったんかけた魔法は取り消しができない。
しかも悲しみを与える魔法はあっても
悲しむことを思い出させる魔法はないのだった。

その国の悪い評判を聞くたびに
魔法使いの心はチクチクと痛んだ。
しかし、やっといまになって、と魔法使いは言った。
「やっといまになって思いついた方法がある」
そう言って魔法使いはポケットから小さな瓶を取り出した。

この瓶の中身は酒だ。
酒は何からでもつくれる。
穀物、芋、果物。蜂蜜に水を混ぜても勝手に酒になる。
あの国に酒のつくりかたを教えようと思う。

それを聞いて私は首を傾げた。
酒は悲しいことを忘れるためにあると思っていましたが…
すると魔法使いはニヤッと笑った。

その通りだ。でも考えてもごらん。
忘れるためには思い出さないといけないじゃないか。

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出演者情報:遠藤守哉(フリー)


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