田中真輝 2026年7月12日「祭りコンサル」

祭りコンサル

  ストーリー 田中真輝
     出演 大川泰樹

おやどうも、いらっしゃい。
ええ、そうですよ、
わたしが、祭りコンサルタントの尾上(おがみ)です。

ほうほう、なるほど、地域住民のために、新しい祭りを開発したいと。
そうですねえ、よくいらっしゃいますよ、そういう方。

昨今は、個人主義の人も増えて、
なかなかコミュニティといっても難しい世の中ですからね。

なにか地域の人たちが老いも若きも集えるような、
楽しいイベントが欲しいと、そんなご相談も増えてますね。
わかりました、ひとつ、考えてみましょう。

どれどれ…、ははあ、
まさに地方都市周辺ベッドタウン、という感じですな。
こういうところは、古い住民と、新しい住民の間で断絶が生まれやすい…、
あ、やっぱりそうですか。
まあ、お互いに無関心、といったところですかな。

ま、よくやるのが「ふれあいまつり」みたいなことですが、
わたしはあまりおすすめはしません。
なにかこう、意図が透けて見えすぎる、というか、
あからさまな感じが好きじゃないですね。
そもそも、ふれあわなきゃいけない理由がわからないわけですから。
それをテーマにされても、ねえ。

というわけで、わたしがおすすめするのは「もんもんまつり」です。
ええ、「もんもんまつり」。

今の世の中、みんな何か、腹に一物抱えていても、
なかなか口にするのもはばかられる。
何か言うと、すぐ、やれハラスメントだ、やれ炎上だ、と
おちおち言いたいことも言えません。

だからこそ、この祭りではいつも「もんもん」と胸の内に抱えていることを、
この「もんもんだま」に書いて、だれかれ構わずぶつけまくる、と、
そういう趣向の祭りです。

「もんもんだま」自体は、ほら、さわるとわかりますが、
ぶつけられてもまったく痛くない素材で、できてますから。
子供でも安心です。

みんなで「もんもん音頭」に乗せて、「もんもんだま」をぶつけあう。
ほら、イタリアかどこかのトマト祭りみたいなもんです。
もんもん投げ合って、スカッとすれば、地域のわだかまりも溶けてなくなる、
といった寸法です。

…え、もうちょっと穏当な祭りはないか?
はあ、そうですね…祭りというもの自体が、
そもそも非日常性による異化効果にその役割が…
ああそうですか、わかりました。
では「おれおれまつり」はどうですか。
この祭り、実は昨年とある自治体で大きな成果を上げた祭りでしてね。

夜、まっくらな広場でやるんですが、誰かに出くわしたら「誰だい」と聞く。
そうすると聞かれた方は「おれおれ」と答える。
聞いた方は、「ああ、あんたは○○だね」と決めつける。
決めつけられた方はそこからもうその決めつけられた人として
その祭りの間はふるまわなければならない、というそういう祭りです。

これがまあ、実際のところ大好評でして。
会いたかったあの人やこの人になりきって
お互いに久々の邂逅を楽しむことができるというので、
まあ地域のひとたちは仲良くなったそうですよ、ええ。

はあ、もう帰られる。そうですか、それは残念。
いや、ほんとにうまくいくんですけどねえ。
まあ、ダメ元だとおもって、今日の話をお持ち帰りになって、
地域の皆さんと話し合ってみられてはどうですか?
それこそ、祭りになるかもしれませんけどね。
うっへっへっへ。

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出演者情報:大川泰樹 03-3478-3780 MMP所属

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原壮俊 2026年7月5日「友達は容疑者」

友達は容疑者

ストーリー 原壮俊
   出演 遠藤守哉

これはフィクション。ウソの物語。
そう…ウソの物語、ウソの物語なのだ。

ある日、見知らぬ新聞記者から、僕のSNSにメッセージが届いた。
「A子さんという女性を知っていますか?殺人事件の容疑者になっています。」
その事件は、連日、全国ニュースのトップで報じられていた。
行方不明になっていた人物が、
遺体でトランクの中から発見された、衝撃的な事件だ。

A子は、大学の同級生。もう何年も連絡はとっていない。
「そんな事件を起こすようなタイプには思えません…」
自分でも驚くほど、薄い言葉しか出てこなかった。
その後も、新聞社やテレビ局から連絡が相次いだ。
A子は知り合いが少なく、SNSで繋がっているのが、
僕くらいだったのだ。

A子はインドからの留学生。
大阪の高校に通っていたこともあり、
なぜかカタコトの大阪弁を使っていた。
「漢字が分からんわ。夏至って、なんであんな読み方するん。
ワケ分からんわ…」と。
見た目はインド人、中身は大阪人。
そのアンバランスさが、妙に耳に残った。

A子のバッグには、「猫のしっぽ」のキーホルダーが付いていた。
平成ギャルの生き残りみたいなやつだ。
「ヤンキーがクルマに飾ってるやつじゃん!」とからかうと、
「…なんでやねん!」と、毎回、間の悪いツッコミが返ってきた。

僕は、授業に行かない堕落学生だったが、
A子は勉強熱心で、献身的だった。
久しぶりに出席した「ボランティア論」の授業。
彼女は、いつ来るかも分からない僕の席を取ってくれていた。
「来ると思ってたで」
彼女が代返をしていて、僕は毎回出席したことになっていた。

A子からいろんな話を聞いた。
就職活動や母国のインドのこと、
東北の震災支援に頻繁に行ってること。
同居中の彼氏が、精神的に不安定らしく、
「私がお姉さん役やねん」と苦笑いした。
その彼氏は、服代に月20万も使うらしく、
A子はお金まで貸していた。
ダメ男を放っておけない性分だったのか。
僕もその一人だったのかもしれない。

「彼氏、大丈夫?」と聞くと、「大丈夫だよ、ありがとう」と答える。
A子の口癖は「ありがとう。」だった。
電話を切る時も、別れ際も、最後の一言は決まってそれだ。
「外国人の私と仲良くしてくれて、ありがとう」
そんな思いから、自然と口に出ちゃうんだと、彼女から聞いたことがある。

大学を卒業してからは、なんとなく疎遠になった。
「今何してるんだろう?」「ダメ彼氏と別れたかな?」と、
うっすら思い出す程度。
そんな時に例の事件は起きた。
僕を訪ねてきた記者は、警察や探偵のように情報を集めていた。
記事を書くためというより、事件を解決しようとしている。

「この情報は、まだニュースになっていませんが…」と、
事件の詳細を明かし、僕の自宅まで来て情報を引き出しにかかる。
その熱量に負けて、僕は知っている事を話した。
記者に頼まれるまま、A子に「大丈夫?」とだけメッセージを送った。

トップニュースが続いた一週間後、事件は動く。
犯人が分かった。…A子の、彼氏だった。
A子は彼のために、逃走資金や偽造パスポートを工面していたという。
記者によれば、彼女も何らかの罪に問われる、とのことだった。
僕が記者に話した、彼女との思い出は、ニュースで流れることはなかった。
下手な大阪弁も。猫のしっぽのキーホルダーも。
そして、「ありがとう」の口癖も。

根拠のないネットニュースでは、
A子は今、母国でもない別の国に住んでいる。
久しぶりに見たA子のSNSは、震災支援の写真で止まったままだ。

A子からメッセージが届いていた。
「ごめんね」
…口癖だった「ありがとう」ではない、たった一言。
その言葉に、 どんな気持ちが込められていたのか。
僕はまだ、考えている。

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出演者情報:遠藤守哉

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川野康之 2026年6月28日「台南の忘れられない夏」

台南の忘れられない夏

   ストーリー 川野康之
      出演 大川康樹

北半球では、夏至の日に、太陽の高さが最も高くなる。
北回帰線が通る場所では、夏至の瞬間、太陽は頭の真上に来る。
そのため、太陽の下に立っても影がまったく見えない
不思議な現象が体験できるという。

北回帰線は台湾島を東西に横切っている。
ある夏の日、私は台北から特急自強号に乗って南へ向かっていた。
台北で仕事を終えた後に、
短い休みを取って台南を旅しようと思いたった。
台湾の原点と言われる台南を歩いてみたいと思ったのだ。
嘉義を通過してほどなく、列車は北回帰線を通過した。
と言ってもガタンと揺れたりはしない。
北回帰線は北緯23.26度の緯線。
温帯と熱帯をわける境界線でもあるという。
気のせいか窓の外の日差しが強くなった。
南国っぽい植物が多くなった。
台南の駅に降り立つと、ぎらぎらする光が私を迎えてくれた。
通りの向こうには店や屋台が並び、
街路樹の下には濃い影ができていた。

台南の太陽は私を有頂天にさせた。
ホテルに荷物を投げ込むとすぐに外に飛び出した。
旅に出るとじっとしていられない。
どこへ行こうか決めていないまま街を歩き出した。
台北の友人が、
台南に行ったらこれを食えとすすめてくれた食べものがあった。
台湾では料理の名前はたいがい四文字熟語で表す。
「蝦仁肉圓(シャーレンバーワン)」。
蝦と肉と団子の字が興味をそそる。
友人は店の地図まで書いてくれた。
よし、まずはこれを食おう。
ホテルからは思ったよりも遠かった。
日差しの照りつける通りを何度か行ったり来たりしてから、
やっと見つけた細い路地に入った。
迷路のような道を歩いていると突然不思議な空間が現れた。
狭い道が集まって三叉路になっている。
駄菓子屋の前に遊具が置いてある。
子どもたちが遊んでいる。
のんびりとした空気、ただよう幸福感。
私が子どもの頃にいた世界にそっくりだった。
パラレルワールドではないかと思った。
迷路の出口で目指す店を見つけた。
「蝦仁肉圓」はプリプリのエビ入り肉団子のあんかけだった。
やわらかくて甘くておいしい。

台南の街を私は3日間歩き回った。
朝、街に出ると、歩道の上に豆乳の屋台が出ている。
出勤する人を眺めながら豆乳と揚げパンを食べた。
この時間はまだ日差しがやわらかい。
ガイドブックの地図を見て、今日はどこへ行こうかと考える。
歩き始めると、太陽はすぐに強さをむき出しにして、
じりじりと照りつけてきた。
その強い光は日没まで衰えることはない。
真上から降り注ぐ熱線が、道路をフライパンのように焼く。
自分の影が、短く、墨のように黒い。
北回帰線直下の太陽を私はなめていた。

私は道に迷っていた。
暑さのせいで方向感覚を失った。
たまたま横にあった店にふらふらと入り、道を聞いた。
店にいた女の人が、私の地図を手に取ってじっと見た。
それから片言の英語で、身振りを交えながら説明してくれた。
二人とも英語はあまりうまくはなかったが、
なんとか意思は通じ合った。
私は「謝々!」と言って歩き出した。
そうしてかなりの距離を歩いた頃である。
後ろから呼び止める声がして、振り向くと、
さっきの女の人が走って追いかけてきた。
「私のお父さんは日本語が話せます」
片言の英語で言った。
「日本人が道に迷っていたと話したら、
すぐに呼んできなさいと言いました」
どうしようかと思った。
炎天下をまた引き返すのはちょっと気が重い。
しかし彼女は「ぜひ戻ってほしい」と懇願するように言った。
店には一人の老人が待っていた。
私を見るなり、なつかしそうに日本語を口にした。
日本統治時代の教育を受けた世代には、
今も日本語を話せる人が多くいると聞いていた。
ひさしぶりに日本語を話したかったのだろうか。
しかしお父さんの日本語は、
残念なことにほとんど意味が通じなかった。
長い時間の中で風化してしまったのかもしれない。
娘さんが心配そうに私を見ていた。
私は、お父さんに何度もうなずきながら、
わかるふりをして最後まで聞いた。
娘さんはホッとしたように笑った。
お父さんもうれしそうに笑っていた。
二人に見送られて、同じ道をまた引き返した。
まだ外は暑かった。

古都である台南には、何百年も前に建てられた城や寺院が残っている。
その中には島の外から来た文明が建てたものもある。
為政者が変わるたびに何度も壊され、建て直され、形が変えられ、
そして今はお寺として生き残っている。
人々は外から来たあらゆるものを自分たちの暮らしに取り込んだ。
こうして独自の文化や食べものが生まれてきた。
この暑さの中で、人々は人間らしく生きることを貫いた。
この島の人々の芯にある強さを思う。

台南の旅をしたのは、今から25年ぐらい前のことである。
あれ以来、台南には行っていない。
もしもう一度行く機会があったら、やりたいことが二つある。
一つは「蝦仁肉圓(シャーレンバーワン)」をまた食べること。
そしてもう一つは、あの迷路のような三叉路に行って、
パラレルワールドがまだあるのか確かめてみたい。

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出演者情報:大川泰樹 03-3478-3780 MMP所属

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櫻井暸 2026年6月21日「イルゥアーク」

「イルゥアーク」

   ストーリー 櫻井
      出演 斎藤陽介

2015年、初夏。
留学先のスウェーデンにて。

この時期の北欧は、昼が長い。
19時になっても、20時になっても、まだ明るい。

当時の専攻は、環境工学。
夕方まで授業を受けて、
そのまま自習室に直行。

授業の復習をして、明日の予習もして、
大学院の入試に向けた受験勉強もして。
あほみたいに勉強して、寮に戻る。

もう夜なのに、
北欧の空は昼みたいな顔をしている。

ふしぎな時間だ。
ふしぎな感情になる。

帰り道によく、
寮の近くのケバブ屋さんで
夕食を買っていた。

友達もおらず、暇すぎるあまり、
勉強するしかなかった僕は、
そこのテイクアウトが楽しみだった。
大量のチキンナゲットとカリカリのフライドポテト。
そこにレタスやトマト、たまねぎなどの生野菜を添えて。
看板にデッカく書かれたケバブではなく、
メニューの端っこに書かれたそればかり注文していた。

当時の自分は、散髪にも一切行かず、
髪も胸のあたりまであって、ヒゲも生えっぱなし。
そんな奇怪な客だからか、
店員のおじさんも覚えてくれていた。

ある日「Where are you from?」と聞かれた。
「Japan」と言った。そして尋ねた。「How about you?」

すると彼は答えた。「イルゥアーク」
イルゥアーク?
I・R・A・Q。イラクのことだった。

テレビのニュースでしか聞いたことのない国。
平和なのか、そうじゃないのか、もわからない国。

ふしぎな感情になった。

この方はどんな苦労を乗り越えて、今スウェーデンにいるのか。
いや、そういう考えに至ることこそ、失礼に値するのか。

結局、彼の希望でFacebookを交換し、
ふしぎなフレンドが1人増えて、部屋に戻った。

チキンナゲットと生野菜に
ケチャップをたっぷりかけ、
口いっぱいに頬張る。

もう夜なのにまだ明るい、
ふしぎな空を眺めながら。

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出演者情報:齋藤陽介 03-5456-3388 ヘリンボーン所属




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安藝哲朗 2026年6月14日「夏至の後藤は待ち長い」

夏至の後藤は待ち長い

  ストーリー 安藝哲朗
     出演 遠藤守哉

メロスが走り切った三日目、
その日は夏至だった。
夏至。一年で最も昼が長い日。
メロス目線で言うと、
タイムリミットの日没が一年で最も遅い日。
それが功を奏してか、メロスは無事、
日没までに王様の元へ到着し、友の解放を果たした。

約束の日が夏至だったのは、
決して偶然ではない。
王は夏至であることを知っていた。
王はメロスを処刑したくなかった。
もう、暴君であることを辞めたかった。
しかし、王としての体面を保つため、
厳しい要求をメロスに突きつけざるを得なかった。
メロスの到着を誰よりも喜んだのは
王だったのではないか。

…といったことを江藤は語り終えると、
伊藤の反応を伺った。
伊藤はしばらく考え込んでから、
「それにしても、後藤は遅いですね」
それだけだった。

江藤と伊藤は、後藤を待っていた。
後藤は、江藤と伊藤の共有の友人。
江藤と伊藤は初対面だった。
自己紹介など一通りの挨拶を交わし
後藤との関係などを語り終えると
話題はあっさり尽きてしまった。後藤はまだか。
居心地の悪さに耐えきれず、
江藤が苦し紛れに繰り出したのが
太宰治『走れメロス』にまつわる持論だった。
しかし、伊藤の反応はすこぶる薄かった。

江藤と伊藤は、後藤を待ちながら
二人の間にぽっかり浮かんだ空気を眺めている。

「メロス、ラストは裸でしたよね」

唐突に伊藤が言う。
メロスの話は終わっていなかったのだ。
伊藤はメロスを知っている。伊藤はメロスを語りたい。
江藤は、ここぞとばかり、
裸体のメロスについての考察を並べる。

裸体、つまり、衣服がボロボロであることは、
三日間の行程の壮絶さを効果的に表現する小道具である。
と同時に、ヒーローがヒーローでありすぎることへの照れとして
太宰自身が自嘲の意味でメロスを裸にしたのではないかと。

「ところで、素っ裸と真っ裸って、
どっちがより裸だと思いますか」

伊藤からの無遠慮な問い。
伊藤の興味はメロスではなく、裸のほうだった。
素っ裸と真っ裸、どっちがより裸か…。
AIに訊けばなんらかの答えは出てくるかもしれない。
しかし、江藤はその問いを正面から受け止めた。
これは時間を潰すにうってつけの議題。
江藤はじっと黙る。伊藤もじっと黙る。
さっきまでの沈黙とはちょっと違う。
今や二人とも共通の問いを抱えた哲学仲間だ。
「まっぱ」とは言うけど、「すっぱ」とは言わないし。
「ま」はア音で開放的なのに対し、
「す」はウ音で口を窄めて秘匿的な感じ。
「素っ裸」は表面的な裸にとどまるが、
「真っ裸」は内面さえも曝け出しているニュアンスか。

江藤が裸についての考えを煮詰める最中、
伊藤が先に口を開く。

「それはともかく、後藤はまだですかね」
伊藤は何も考えていなかった。

江藤は静かに目を閉じ、二本の平行線を瞼の裏に描いた。
決して交わることなく、走り続ける平行線。
二本の線は、平行を保ちながら少しずつ近づき
ついに重なり合い、一本の地平線となった。
その地平線に大きな太陽が沈もうとしている。
地平線の向こうから、夕陽を背負って誰か駆けてくるが、
顔が影になっていて誰かはわからない。
長く伸びた影はやがて闇に飲み込まれてしまう。
そうなるとキミが誰だかわからないままだ。
キミは現れるのか、現れないのか。
一切が消え、完全な闇が訪れる。

「日没まで後藤を待ちましょうか。なんせ今日は夏至ですし」
伊藤の提案に江藤は目を覚ます。

江藤は、伊藤をぼんやり見つめる。
西陽で顔半分に影が落ちている。
日没まであとせいぜい1時間ちょっとだろうか。
そのくらいあっという間だ。
なんといったって、弥勒菩薩がやってくるのは
56億7千万年後なのだから。
江藤は、ドリンクバーに立った。

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出演:遠藤守哉




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佐藤義浩 2026年6月7日「ゲシゲシ LOVE SUMMER」

ゲシゲシ LOVE SUMMER

    ストーリー 佐藤義浩
       出演 大川康樹

「ゲシって、あの夏の盛りの『夏至』のことですよね。」
その電話は、とある若手アイドルの新曲制作の依頼だった。
一応作詞家は名乗っているものの、
特に売れっ子でもない自分に来た依頼である。
断るつもりなどさらさらない。
テーマやキーワードが指定されることもごく当たり前にある。
しかし、今回の縛りにはいささか困惑した。

「はい。それはわかります。
確かに青春を表現する言葉は使い尽くされてます。
青い春なんて陳腐な言葉は使いたくないです。」

だけど「夏至」ってなんだ。
春が一気に夏に変わるタイミング、ということか。
しかし若いアイドルが使うにしては、言葉がちょっと渋すぎないか。
「はあ、『ゲシ』って響きが新しい、ってことですね。
確かに引っ掛かりはありますね。記憶にも残りそうです。だけどあの…」

ねえ、いいでしょう。絶対これ行けますよ。
そう言って一方的に電話は切られた。

「夏至」ってなんだ。
仕事だ。やるしかない。とりあえず辞書を引いてみる。
一年で一番昼が長い日。本格的な夏の到来を告げる節目とされる。
なるほど。これを人生に例えればまさに青春だな。
ここからどんどん暑くなる。まさにこれからピークって感じだ。
「そういえば、自分にもこんな時代があったな。」
自分は天才だと信じて始めたバンド。
レコード会社にデモテープを送りまくったあの日。
周りから絶対彼女もお前のことを好きだと言われて、
思い切って告白した深夜のファミレス。
熱かった。
自分の中で何かが頂点に達して、爆発する未来を目の前に見ていた。
「あの頃が人生の夏至だったのか」
結局、バンドは世の中に全く理解されず、
失恋したファミレスで空になったコーヒーカップとともに朝を迎えた。

そしてふと気づく。
夏至は一年で最も昼が長い日であるのと同時に、
ここから日が短くなり始める日でもあるのだ。
青春とは、最も輝いている瞬間なんかじゃない。
自分も気づかないうちに、下り坂に入った瞬間なのだ。
「いや、これこそが真実だろう。」
その発見に妙に感動して、あっという間に書き上げる。
「僕の青春が始まるのは、ここからだったのか。」
そう思った。
しかし完成後、事務所から返ってきた感想は、
「ちょっと暗いですね」
「もっと“アゲ”でお願いします」だった。

何度も書き直した曲は、数ヶ月後、意外にも大ヒットした。
タイトルは「ゲシゲシ LOVE SUMMER」。
超軽薄な歌詞は、アイドルの個性を見事に表現していた。
ただひとつ。
「昼がいちばん長い日は、誰にも気づかれない。」
というフレーズだけは、最初のまま残っていた。
「ああ、この子たちはまだ自分の夏至を知らないんだな」
誰にも気づかれないところで、そっとそう呟いていた。

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出演者情報:大川泰樹 03-3478-3780 MMP所属

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