
隣人を愛そう
ストーリー 中村直史
出演 大川泰樹・坂東工・西尾まり
隣人を愛そう
ニンジンを愛そう
ニンジャを愛そう
大蛇を愛そう
大ちゃんを愛そう
大ちゃんならああ言いそう
第3者機関ならこう言いそう
第3舞台ならそれやりそう
退散するのは難しそう
解散するのは予算成立後
発散するのは与謝野晶子
ハッサンはアブドルの弟
母さんはアイドルの卵
愛がどこに消えてしまおうと
まずは愛してみよう
隣人を愛そう
思いがけない世界のために

ハローとグッバイの間に
ストーリー 一倉宏
出演 坂東工
あなたと僕がはじめて出会ったのは 僕の誕生日でしたね
ほんとうのことをいえば 僕は よく憶えていないのだけれど
あなたは くりかえし 話してくれた
その朝の 空の青さ 風の匂い 緑の眩しさまで
その日から 僕には なにもかもはじめてのことばかり
あなたとの出会いは 人生でいちばん大きな 運命だと思う
ほかの誰でもありえなかった この世界でただひとり
絶対の運命 といえる女性は ほかにいない
あなたが僕を見つめるたびに 僕はしあわせを憶えた
あのころの僕は わがままなほど あなたを独占しましたね
それを許して 厭いもせず いつも笑顔で
あなたを なにかに喩えるなら 太陽というほかにない
あなたが僕にくれたのは 生きるよろこび そのもの
僕はいつも 叫びたいほどの気持ちだった
目覚めればそこに あなたがいるしあわせ
いない夜のかなしみ そして その肌のぬくもりも
あなたなしでは生きてゆけない 僕だったから
それはなんの大袈裟でもなく あなたについて思ったこと
いつか 壊れるほどに泣いた日を 憶えています
その胸に委ねた この僕の小ささ 悲しそうなあなたの顔
あなたの教えてくれたこと 僕はいつまでも忘れない
美しい歌 心をこめたことば この世界の歩き方
ごはんのおいしさも 読書のたのしさも
そして 誰かを傷つけること 自分の弱さと過ちについて
あなたに会えてよかった あなたがいてよかった
あなたとの出会いは 人生でいちばん大きな 運命に違いない
ほかの誰でもありえなかった この世界でただひとり
あなたがいなければ この僕はいなかった
おかあさん
あなたとの別れのときが とうとう来てしまいました
怖くて想像できなかった別れが ついに
想像しても 覚悟をしても 実感できない別れが
あなたとのさよならは 凍るような夜の果て
ながらく むずかしい病と闘っていたあなたは
突然のように力尽き 戻れない橋を渡っていった
搬送する救急隊の 後を追って走るあいだに
あなたの帰りたかった故郷の街が 天の川のように見えました
さようなら おかあさん
あなたと僕がはじめて出会ったのは 僕の誕生日でしたね
ほんとうのことをいえば 僕は よく憶えていないのだけれど
あなたは くりかえし 話してくれた
その朝の 空の青さ 風の匂い 緑の眩しさ
その愛の はじまりを
出演者情報:坂東工 http://blog.livedoor.jp/bandomusha/

VOICE LOVE.
ストーリー 古田彰一
出演 西尾まり
オバマ大統領って、声がいいから
大統領になれたのだと思う。
スピーチの中身はよく覚えていないけど、
そのハリのある声を聴いたとき、
私はオバマさんを支持してしまった。
そう。私はいつもそう。
声で、人を好きになる。
「あ、ごめんなさい。間違えました。」
いつも間違い電話をかけてくる男の人。
タイプの声だった。
白馬の王子様の声って、こんな声なんだと思った。
「あ、ごめんなさい。間違えました。」
いつのまにか、間違い電話を心待ちにしている私がいた。
そう、私は、恋に落ちていた。
ていうか、声に墜ちていた。
「あ、ごめんなさい。間違えました。」
いつもの短い台詞。もっと彼の声が聴きたいのに。
違う言葉を聞いてみたいのに。
チャンスは、相手のミスで訪れた。
今日に限って、彼は発信者表示を残した。
彼の電話番号。ここに折り返すだけでいい。
でも、なんて言えばいいの?
彼と同じく「あ、ごめんなさい。間違えました。」とか?
それじゃ話が広がらないし、
下手したらこれきりになっちゃうし。
ケータイを握りしめたまま固まっていると、
とつぜん着信音が鳴った。彼からだった。
「あ、ごめんなさい。いつも間違えてごめんなさい。
でも、どうしてもあなたの声が聴きたくて…」
波長ぴったりの、
声人(こえびと)ができました。

バーならず者
ストーリー 名雪祐平
出演 坂東工
バーならず者は、マンションの一室を改造した、夜の隠れ家。
中年のマスターは、ゲイで、常連からは「ママ」と呼ばれている。
でも、いちばんの特徴は、このバーが
僕の事務所のすぐ隣りにある、ということだ。
ある8月の、湿気がきつい熱帯夜。
ピン、ポーン。
オートロックになっているマンションの入口から、
誰かが、僕の事務所を呼び出した。
壁の受話器を取る。
「はい」
小さなモニター画面を見ると、女が一人、ゆらゆら映っていた。
女の喉頸から顔が、アップになる。
「ならず者? ねえ、ならず者、ですか?」
酔って甘えるような、その声を聞いて、ようやく気づいた。
女は、女優のM.Nだった。
「ママ? あけて、おねがい」
僕は、すこしためらってから、
「大丈夫。いま開けるから」
とだけ言って、ロックをはずすスイッチを、押した。
出演者情報:坂東工 http://blog.livedoor.jp/bandomusha/

木星からのメールが届く頃には
ストーリー 一倉宏
出演 大川泰樹・西尾まり
僕たちの船が旅立ってから ずいぶん長い時がたちました
それ以上に いまの君と僕との距離は 気が遠くなるほどです
まだ火星のあたりにいた頃は まいにちメールしましたね
僕たちは 人類史上いちばんの長距離恋愛だ と笑って
ときどき
地球のなんでもないことを 懐かしく思い出します
たとえば 風です
木立やカーテンを揺らしたり
頬や髪 からだで感じる あの風
雨の降り出す前ぶれの かすかに湿った風の匂い
はじめて半袖のシャツにした朝の 風の肌ざわり
寒がりの僕があんなに悪態をついてた
刃のような木枯らしでさえ いまは懐かしい
春のある日 公園で あなたの前髪を揺らした
そよ風ならば よけいに
僕たちの乗った宇宙船では 風を感じることはなく
ただ 二酸化炭素を吸収して 酸素を補給する空気が
ダクトから しずかに流れるだけです
個人専用のハードディスクに 図書館ひとつぶんも
貯め込んできた本も それから映画も 音楽も
なんだかもう 飽きてきてしまいました
それにくらべて カプセルの窓から見える宇宙は
まいにちでも見飽きない美しさです
あなたに見せたかった
ひとつひとつの星が どんなにちいさく見えても
ちゃんとそこにある それぞれに光ってる
なんていうのか 宇宙を実際に見ていると 信じられる
宇宙という存在が はっきりとある そのすべてが
ああ なんて伝えたらいいのか わかりません
だからやっぱり 美しい としかいえない
あなたの好きだった星 シリウスは手の届きそうなほど
僕の好きな星 アルデバランも ほら そこにある
木星に近づく頃にもらった あのメールは
たしかに僕を驚かせ どうしようもなく悲しませたけれど
いまは すべてを理解できると思っています
宇宙のみごとなパノラマ以外は なんにもないここで
まいにちまいにち同じように流れる この時間でさえ
それは 気の遠くなるような長さだったのだから
一日一日の 太陽が沈み 月が浮かび
風が違い 光が違い 雲が動き 色が変わり
日付けが変わり 季節が変わり 街のショウウインドウが変わり
春が去り 夏にめぐり会い 秋を感じて 冬を迎え
さまざまなひとに会い 数えきれないエピソードがあり
まいにちまいにちが 目のまわるほどに動く
その 地球の日々で あなたが
どんなにどんなに 長い時間を過ごしたのか ということを
だからいまは 理解できました
ごめんなさいを 言わなければならないのは 僕のほうだった
あまりに遠く あまりに長すぎる この旅に出た
そろそろ木星も遠ざかる航路に就きました
僕の撮った 木星の写真を送ります
射手座生まれのあなたには 幸運の星だから
どうぞお元気で みなさんによろしく
それから
結婚おめでとう
出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/ 03-3478-3780 MMP
西尾まり 03-5423-5904 シスカンパニー

アメリカン
ストーリー 小野田隆雄
出演 小野田隆雄
アメリカンと呼ばれる
うすいコーヒーを飲むときは
マグカップを使う。そして
受け皿であるソーサーは使用しない。
その理由について、
次のような話を聞いたことがある。
ここに、ひとりの右利きのカウボーイが
いて、西部の草原で牛を追って
移動中である。彼は、
なるべくなま水を飲まないように
している。大平原に医者はいない。
そして、のどが渇いたときは、
うすいコーヒーを大きめのカップに
いっぱいそそいで飲む。
そのとき、左手にカップを持つ。
そして、右手は、ソーサーを持たずに
手ぶらにしておく。なぜか。
ピストルのために、あけておくのである。
こうして、アメリカンタイプの
うすいコーヒーの飲み方が定まった、
という話である。もちろん、
ほんとうか、どうか、私は知らない。
アメリカン、といえば、
こんな話もある。
これも、昔のことだが。
照明マンのチーフであるSさんが、
コマーシャルの仕事で、
ニューヨークに滞在していたことがあった。
ある朝、彼は、若いスタッフたちと、
ホテルのティールームにいった。
さっそく、グラマーなウエイトレスが、
ニコニコしながら、近づいてきた。
「いらっしゃいませ。
なにを召し上がりますか」
Sさんは、東京にいるときと同じように、
ボソボソした調子でいった。
「アメリカン」
すると、若いスタッフたちが、
後を追うように、Sさんに続いた。
「ぼくも、アメリカン」
「わたしも、アメリカン」
コーヒーを省略したのが
いけなかったようである。
ウエイトレスは、両手をひろげ、
しばらく、Sさんたちを見つめていたが、
「え?、うそみたい」と英語でいうと、
背中を向けていってしまった。
アメリカンコーヒーから、
コーヒーをとれば、アメリカン。
この言葉には、アメリカ人という
意味もある。
Sさんたちが、このことに気づくのには、
だいぶ時間がかかった、そうである。
なんだか、このごろ、アメリカ合衆国が
元気がない。アメリカンコーヒーの
どこか、ひとの好いうす味が、
そこはなとなく、なつかしい、
今日このごろである。