ストーリー

吉岡虎太郎 2022年12月18日「電気羊たちのメリークリスマス」

電気羊たちのメリークリスマス

    ストーリー 吉岡虎太郎
       出演 平間美貴遠藤守哉

ママ メリークリスマス 
息子 メリークリスマス
ママ 今日は神様が生まれた日よ。
息子 ママ、神様って本当にいるの?
ママ もちろんよ。
いつもあなたがいい子にしてるのを、
神様は見守ってくれているわ。
息子 どうすればいい子になれるの?
ママ な〜んにもしなくていいのよ。
好きなサイトや動画を見て、
好きなゲームをして、
好きな商品をポチッと買って、
時々映える写真をアップしたり、
どうでもいいことをつぶやいたりしてればいいの。
息子 神様はいつも僕を見てくれているの?
ママ そうよ〜。
神様はあなたの位置情報や検索履歴、
サイトの閲覧履歴や商品の購入履歴、
あとSNSで誰とどんなやりとりをしているかとか、
ず〜っと行動を追跡しているのよ。
神様はあなたの家族構成や交友関係、
社会的階層や経済状況、
政治的・宗教的信条から健康状態や性的嗜好まで、
膨大な情報を収集して分析しているのよ。
息子 神様は僕を分析して何をしているの?
ママ 次にあなたが欲しくなりそうな
モノやサービスを予測して、
あなたにおすすめしてくれたり、
あなたの潜在的なニーズを商品化して
あなたに知らせてくれたりするのよ。
息子 神様が知らせてくれたら、僕はどうすればいいの?
ママ な〜んにも考えずに、ポチッと買えばいいのよ。
息子 神様は僕の願いを間違えないの?
ママ 神様は決して間違えないわよ。
神様はあなただけじゃなくて
み〜んなのことを見てるの。
神様が持っている個人の情報は
指数関数的な膨大な量なの。
だからそこから生まれてくるアルゴリズムは
決して間違えたりするわけないのよ。
息子 …なんだかちょっと怖いよ。
ママ 怖がらなくていいの。
あなたはまだ45歳なんだから、
何も考えなくていいの。
あなたは見たいものだけを見て、
聞きたいことだけを聞いていればいいのよ。
息子 ママ。
ママ なあに?
息子 僕たちは幸せだね。
ママ そう、私たちは幸せなのよ。
息子 ママ…、ステイ・ハングリー。
ママ ステイ・フーリッシュ。
さ、はやくおやすみなさい。
息子 うん、おやすみなさい。



出演者情報:平間美貴 03-5456-3388 ヘリンボーン所属
      遠藤守哉


  

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坂本和加 2022年12月11日「思いまちがいのお詫び」

思いまちがいのお詫び

   ストーリー 坂本和加
      出演 平間美貴

とにかく奇妙な歌だと思った

きみがよ という人の名前だと思った
変わった苗字の人はいるものだ
そこまではよい
ちよ も出てきた やちよ も出てきた
二人は姉妹なのだろうか 
何をするのだろう と興味をもたせておいて
からの いきなり
サザレた石野さんが イワオになるらしい

めちゃくちゃ怖すぎる

さざれるとはどういう状態なのか
ただれるような 感じなのだろうか
ただただ 怖い
絶対にイワオだけには なりたくない
そう固く誓った
苔のむすまで

という歌なのかと思った お詫びしたい

奇妙な歌は クリスマスにも歌われる
歌いながら これはいったい
どういう意味なのだろうか
という疑問で頭がいっぱいになり
もうこぼれる というギリギリのところで
歌い終わることになっている

シュワキマセリ 

ワキマセリが弾むように歌われるから きっといけない
え?何がどこから沸いてくるの?
頭に浮かぶのは ごぶごぶと地面から沸いている何か
するとなぜか シュワシュワになって終わる
実にあっけない歌の終わりである

どちらも ようちえんで覚えた
年齢を重ねて 満足に字が読めるようになり
愕然とした日を忘れない
さざれるについては 深追いすまい と決めた
主は 一度たりとも ごぶごぶと沸いてない

みんなにこやかに歌っていたけれど
わたしは未だに それができない お詫びします



出演者情報:平間美貴 03-5456-3388 ヘリンボーン所属

 

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佐藤充 2022年12月5日「12月の吉祥寺にて。」

12月の吉祥寺にて。

    ストーリー 佐藤充
       出演 地曳豪

「八つ橋作りすぎたので、家にきませんか?」
吉祥寺のパルコを抜けて焼き鳥屋いせやに向かう途中の路上で
初老の男に誘われた。
知らない人についていったらダメだ。
北海道の母からそう言われていたが、面白そうなのでついていった。
彼の家は井の頭公園から近いマンションの5階にあった。

自分の出来心を恨んだ。
四方の壁に見たことない宗教の張り紙がある。
何か理由をつけて帰ろうかな。
でも、でも八つ橋も気になる。

実はぼく、八つ橋を食べたことなかったんです。

京都のお菓子だとは聞いていましたが、
それがどんな形で食感で味なのかもよく知りませんでした。

「どうぞ八つ橋です」

初老の男に出された八つ橋を見る。
これが本当に八つ橋なのかもわからない。
さっさと食べれば帰れると思いました。

手に取ってみる。
柔らかい皮に何かが包まれていました。
さっき作りすぎたって言っていたから、この人が作ったんだよな。
もしかして変な薬とか入っているかもしれない。疑心暗鬼でした。

ここで「やっぱりお腹いっぱいだからいらないです」とも言える。
でももう手には八つ橋がある。
そんなこと言ったら相手も気分を害すかもしれない。
そして僕は八つ橋を食べたことない。
初めての八つ橋がこんな怪しいおじさんオリジナルのものでは
いけない気もしてきた。
食べない理由が無限に浮かぶ。

いつだってそうだ。やらない理由はいくらだって浮かぶ。
人間誰だって与えられた時間は平等だ。
才能や生まれた環境や運や縁、その他もろもろあるけれど、
結局やるかやらないか、違いはその差だ。
劇場版『テレクラキャノンボール2013』で
ビーバップみのるも言っていた。

一気に食べる。

恐怖で味がわからない。
男は笑みを浮かべ「アンケートに答えてくれませんか」と言う。
好きなスイーツを記入する欄があったので
「チーズケーキ」と素直に書くと
「メールアドレスも書いてくれませんか?」と畳み掛けてきた。

早く帰りたい一心で記入する。
その日は呆気なく、何事もなくバイバイをした。

3日後メールがきた。
「メリークリスマス!チーズケーキ作りすぎたので、家にきませんか?」
クリスマスの東京はイルミネーションでキラキラして、
いつもより浮かれている。



出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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中村直史 2022年11月27日「どうして今ここでお皿を拭いているかと言いますと」

「どうして今ここでお皿を拭いているかと言いますと」

ストーリー 中村直史
   出演 平間美貴

どうして私がこの山小屋にいて、
今このテラスでお皿を拭いているのかについて、
私は考えていました。

私が働いている山小屋は、
北アルプスの最奥地といわれるような場所にあります。
どの登山口からも山道を歩いて最低二日はかかる、
まあ大変な場所なのです。
だから若い女性が働いていると登山客たちはよく
「どうしてこの山小屋で働くことになったの?」と聞いてきます。
「もともと山登りが好きで」とか
「前の仕事をやめてどうしようかなと思っていたときに
スタッフ募集を見つけたので」とか
一応それらしい答えを都度言うのですが、
正直なことを言えば、正確な理由はたぶん違っていまして。

いちばんの理由と言われれば、
きっと140億年前にこの宇宙が生まれたことが大きいと思います。
あれがなかったら、こうはなっていなかったし、
かなり決定的な原因だと思うんです。
で、それから、いろんなドタバタがありました。
いろんなものができたり、光りはじめたり、引き寄せあったり。
そんなようなことです。
そしてさらに100億年くらい経って、
二つ目の大きなきっかけがありました。地球ができました。
それからがまた大変な日々で。ぶつかったり、爆発したり、
とけたり、かたまったり。そのうち雨なんか降りだしたりもしたようです。
で、生き物が生まれました。
正直そのへんのことはくわしくわからないのですが、
とにかく、生まれたそうです。
それからもまた大変で。生きたり死んだり。
食べたり食べられたり。
そういうことをえんえんとやって、
で、これはわりと最近の話なんですが、
キミちゃんがこの世に生をうけました。
キミちゃんはいま私のとなりでいっしょに皿をフキフキしている女性です。
キミちゃんが生まれてちょっと後に、私もなぜかこの地球の、
今は日本とよばれる場所に人間として生まれました。
まあ、ほんとにたまたま、長い長い時間の末に生まれてしまいました。
キミちゃんと私は知り合いでもなんでもなかったけれど、
この夏シーズンのはじまりにこの山小屋で出会いました。
この超山奥の、山々に囲まれた台地に立つ山小屋で。

で、話は15分前にさかのぼります。
キッチンで登山客の夕食の皿洗いをしていたとき、
キミちゃんが私に言ったのです。「ねえ外見て、夕焼けすごいよ」と。
私は窓の外を見ました。
南側に連なる山々と、山小屋が立つ台地の間の谷に雲海が広がっていて、
その雲海に西からの夕日があたって、
赤と言ったらいいのか、紫と言ったらいいのか、
不思議な色をしていました。
キミちゃんが、山小屋のオーナーに言いました。
「お皿拭き、テラスでしてもいいですか?」
オーナーはもちろんと言いました。
そしてキミちゃんは、私に「外でやろう」と言いました。
というわけで、今なのです。

テラスに出ると、まだ9月だというのに空気はキンと冷たくて、
皿を持つ手もひんやりしました。
西の方を見たら、山々の向こうにちょうど太陽が沈んでいこうとしています。
キミちゃんは手を休めずお皿を一枚一枚拭きながら
黙って太陽のほうを見ています。
私がふと後ろを振り返ったら
東にそびえる水晶岳が西日を真正面に受けて真っ赤になっていました。
私はキミちゃんの肩をたたいて「水晶岳、見て」と言いました。
キミちゃんが振り返り、
昼間はあんなに青々としていた山肌を見上げています。
黒部川が流れる南側の谷に広がった雲海はどんどん色を変えていて
今は青い紫とでも言えばいいのか、そんな色をしています。
皿は拭き終えました。キッチンからほかの仲間たちも出てきて、
太陽が沈んだ西の空をみんなでしばし眺めました。
宇宙が始まってから140億年ほどたった今のことでした。



出演者情報:平間美貴 03-5456-3388 ヘリンボーン所属

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佐藤充 2022年11月20日「夕焼けのワディラムにて。」

夕焼けのワディラムにて。

      ストーリー 佐藤充
         出演 地曳豪

かれこれ1時間はアリの巣の前にいる。

ヨルダンのワディラムでキャンプをしている。
映画「アラビアのロレンス」の舞台となった砂漠だ。
電気がないから木を燃やす。水もないからシャワーも入れない。
原住民のベドウィンと僕しかいない。

「ん」と僕がアリの巣を指さす。ベドウィンが深く頷きそれを見る。
国によって砂漠の色が違う。
実は砂漠にも芸歴みたいなものがあり、砂漠歴が長いほど酸化して赤いらしい。
ここヨルダンの砂漠はやや赤い。ナミビアのナミブ砂漠はもっと赤かった。
そういう意味でワディラムは砂漠界で中堅くらいに位置している砂漠かな、
とどうでもいいことを考える。

見渡す限り砂漠が続いている。この壮大さを前にして動く気力すらわかない。
目を閉じる。肌に触れる風の音がする。
耳のなかでシュシュと血液の流れる音もする。
静寂にも音があるんだなあ、なんて思う。
生きているかぎり音のない世界なんてありえないかもなあ、と
悟ったような気づきも得る。

静かに音がしないようにげっぷをする。
この静寂を自分のげっぷで壊すのは違うと思ったからだ。
げっぷは昼に食べたベドウィン料理の「ザルブ」のうまい味がした。
「ザルブ」はベドウィン式のバーベキューみたいなもので、
砂のなかでゆっくり具材を温め調理する。
特に玉ねぎは、口に入れたらとろけるほどに甘く柔らかく、
1人で2玉も食べてしまった。

久しぶりに美味しいものを食べると食欲に火がつき、
次から次へと食べたいものが出てくる。
白子ポン酢、松尾ジンギスカンのラム肉、奥芝商店のスープカレー、
ルノアールのモーニングB、江古田のイスラエル料理屋のカレー、
梅光軒の味噌ラーメン、余市のりんごのほっぺ、
びっくりドンキーのチーズバーグディッシュ。
失ったり、離れたりしてはじめて自分の気持ちに気づいたりする。
年齢を重ねるたびに人間らしくなっていく気がする。

目を開ける。夕焼けのワディラムは真っ赤に染まり、
別の星に来たような気分になる。相変わらずヨルダンのアリは大きい。
よく働いている。西日を受けたベドウィンの表情はわからない。
見渡す限り砂漠。歩く気力すらわかない。

そろそろ夜がくる。きっと星空がきれいだろう。
それまでもう少しアリの巣を眺めることにする。



出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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川野康之 2022年11月13日「夕焼け病院」

夕焼け病院

    ストーリー 川野康之
       出演 遠藤守哉

30年ぐらい前のことである。
僕は急性盲腸炎になった。
入院したのは工場街の中にある古い病院だった。
大人の手術台があいてなくて、子供用の手術台に乗って、麻酔を注射された。
麻酔はなかなか効かなかった。
このままメスが入ったらいやだなと思った。
もう1本注射された。
覚えていたのはそこまでだ。
気がついた時、見知らぬじいさんたちが僕をのぞき込んでいた。
目が合うと「あ、起きた」と言った。
そこは病室だった。
麻酔が効きすぎたらしい。
視界に妻と看護婦さんが現れた。
手術は無事に終わったこと、切った盲腸を見せてもらったこと、
臭かったこと、麻酔が切れたら痛むということなどを僕は聞いた。
それはつまり生きているということだ。
「よかった、よかった」
じいさんたちが笑った。
彼らは僕の相部屋の人たちだった。

言われた通り、麻酔が切れた時は痛かった。
生まれて初めて座薬を入れられた。
尿瓶がうまく使えなくて夜中に泣きながらナースコールした時は、
尿道に管を入れられた。
それでも僕は生きていた。
一日ごとに僕は回復して行った。
待望のガスも出た。
まだお腹に力を入れると痛いが、その痛みは日に日に軽くなって行く。
病の根源を切り取った以上、後は良くなる一方である。
妻に持ってきてもらった宮本武蔵を読む余裕も出てきた。
隣のベッドの重田さんが病室の外に運ばれていった。
数時間後に重田さんは戻ってきた。
ぐったりとして顔色が青ざめていた。
まるで血が通っていないみたいだった。
こんな時はそっとしておくのが無言のルールだった。
この病室はガンの患者のための部屋だった。
なぜ盲腸の僕がここにいるのか。他に部屋があいてなかったからである。
手術台と同じだ。
窓際のベッドの島袋さんは、いつも僕らに背を向けて窓の外を見ていた。
島袋さんは誰ともあまり話をしない。誰かがお見舞いに来ることもなかった。
小針さんは最年長で、頭に髪の毛が一本もない。
冗談が好きでいつも人を笑わせていた。
奥さんが来た時だけなぜか無口になった。
重田さんのあの治療は一日おきに行われた。
戻ってくるたび顔色はさらに青くなり、衰弱していくようだった。
それぞれが自分の病気と静かにたたかっていた。
自分一人だけが毎日良くなっていく。それが申しわけないような気がした。
ある日の夕方、窓から見える工場の屋根に赤い日が反射していた。
「屋上行こうぜ」
小針さんが言った。
僕は喜んでついていくことにした。
珍しく島袋さんが一緒に来た。
エレベーターに乗って屋上に上がった。
並んだ洗濯物の白いシーツが夕日を受けてピンクに染まっていた。
西の空の雲の中に日が落ちようとしていた。
「やあ、夕日だ、夕日だ」
と小針さんがうれしそうに言った。
「夕日だ、夕日だ」
と僕もうれしそうに言った。
「久米島の夕日はもっときれいなんだがな」
と島袋さんがつぶやいた。
島袋さんの故郷は久米島であることを知った。
川崎に来て工場で働き始めてからもう何年も帰ってないそうだ。
故郷を遠く離れて病気になった島袋さんの気持ちを思った。
久米島の夕日、見たいだろうなあ。
「見ればいいよ」
と小針さんが言った。
「見ればいいよ。元気になって久米島に帰ってさ」
西の空の雲が次第に赤く染まりだした。
一秒ごとに色が深くなり、空が赤く燃え始めた。
僕らは黙って見とれていた。
世界の片隅の工場街のこんな古いきたない病院の屋上で
パジャマ姿の3人が夕焼けを見ていた。
生きているんだ。
そう叫びたい気分だった。
その時、後ろでドアが開く音がした。
重田さんが出てきた。看護婦さんに支えられて。
よろよろとした足取りでゆっくりと歩く。
たちどまって、空を眺めた。
重田さんの青い顔が夕焼けで赤く染まった。
血が駆け巡っているみたいだった。



出演者情報:遠藤守哉(フリー)

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