中山佐知子 2014年10月5日

nakayama1410

むかしお世話になった家

     ストーリー 中山佐知子
        出演 遠藤守哉

むかしお世話になった家は
谷川に沿った道を登った山の村にありました。

木を伐ったり炭を焼いて稼ぐ人が多い村で
山林の恵みが豊かだったのでしょう、
食べるのに困っている人はいなかったと思います。

この山一帯の炭焼きをたばねる親方の家には
立派な門があって
その門の前で遊ぶ子供の数をかぞえていた婆ちゃんが
何度数えてもひとり多いことに気づき
ひええと腰を抜かしたかと思うと、
次の瞬間には躍り上がって駆けまわり、小豆のご飯を炊きました。
ええ、そのひとり多いのが私です。
大人の目には私は見えないはずなんですが、
子供の数をかぞえるとなぜかひとり多くなるらしいです。
不思議ですねえ、人間って。

その親方の家ではずいぶんお世話になりました。
婆ちゃんは日に日に小豆飯を炊いてくれるし
アヤとアッパに「きかねえわらし」と叱られている孫娘とは
よく一緒に悪さをしたもんです。

月日はあっという間に過ぎ
何代めかの親方のとき、私はとうとう出て行くことになりました。
私に対する理解が乏しくなったこともありますし、
たまに「怖い」と言われて傷つくこともありました。

村を出るときに気づいたんですが
山を開いたらしく、田んぼや畑が増えていました。
あぜ道には彼岸花が咲いていました。
山で稼ぐ人たちは、山の宝を取り尽くさずによそへ移って行くものです。
人がいなくなると山にはまた木が茂り、豊かな山林が復活します。
でも、彼岸花を持ち込んで植えたということは
その土地にしがみつこうという意思のあらわれです。
彼岸花は飢饉で食べ物がなくなったときの最後の食料になりますから。
そんな備えをしてまで、この土地にしがみつこうとするのは
なにか間違っていないかなあと思ったものです。

その村が滅びたという噂をきいたのは100年もたったころでしょうか。。
木を伐りすぎた山から鉄砲水が襲い
それをきっかけに、毎年のように村から人が出て行ったという話です。
親方の家ももうありません。

あるとき、村をたずねたことがあったんですよ。
あまりに久しぶりだったので
谷川に沿った道を登りながら、
この道だったかな、大丈夫かなとだんだん心配になってきたとき
川に沿ってずうっと上の方まで彼岸花が咲いているのが見えました。
ああ、ここだって思いました。
あのあぜ道の彼岸花が水に流されて川沿いに根付いたんですね。
昔、この川の上流には確かに村があったんだ。
自分はそこでずいぶんお世話になったんだ。
もう村はなくなって、親方の家もつぶれ、
小豆飯を炊いてくれた婆ちゃんのお墓も流されているに違いないけれど、
彼岸花の赤い道をどんどん登っていきました。
ちょっと涙がこぼれました。ええ。

え?私ですか。
ええその、私は不肖ザシキワラシと呼ばれているものでして。
ともかく何百年もザシキワラシやってるもんで
見かけは子供ですが中身おっさんですみませんね。

出演者情報:遠藤守哉 青二プロダクション http://www.aoni.co.jp/


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