三島邦彦 2018年8月12日

穴に住む 

    ストーリー 三島邦彦
       出演 遠藤守哉

あ、目が覚めましたか。

びっくりしましたよ。
川に水汲みに行ったら人が倒れてるもんだから。

ここですか。私が住んでる穴の中です。
私ね、穴の中に住んでるんですよ。この山で。

涼しいでしょう。

やっぱり空気が違いますよね。深い穴の中って。

奥に行けば行くほど冷えて来るんで、
ここまで来ると、もう冷蔵庫の中みたいですもんね。
外はあんなに暑いのに。あ、冷蔵庫は言い過ぎか。

とにかく、気温が安定してるんですよね。
夏は涼しいし、冬はあったかいし、
遠い昔の原始人たちも
こんな穴の中に住んでたんでしょうね。
よくわからないですけど。

すみませんいきなり喋り過ぎですね。
目が覚めたばかりなのに。
ちょっと、人と会話できるのが嬉しくて。

あなたが倒れてるのを見て、
最初はこりゃ大変だって思ったんですけど、
生きてることが分かってね。
必死でここまで連れて来ましたよ。
久しぶりに人と話せると思ってね。

あ、見えてますか。私のこと。
見えてませんよね。暗いですもんね。
しばらく目が慣れませんけど、
だんだんと目が慣れて来ますからね。

私ね、今とっても笑ってるんですよ。

見えないですよね。
私はあなたの表情がぼんやり見えてますよ。
そう怖がらないでください。ただのおしゃべりですから。

暗闇は慣れるんですけどね、
孤独は慣れないんですよ。
生まれつき一人で生きて来たら
慣れるのかもしれないですけどね。
人と会話した記憶があるとどうしても寂しくなってね。

ふとした時に、
暗闇の中で壁を見つめながら色々考えるんですよ。
この穴の中でもう誰とも会えないのかなって。
誰に強制されたわけでもなく、
自分で選んだ人生なんですけどね。

もちろん、人間関係のあれこれが嫌で
この穴の中にいるわけだから、
そもそもは一人でいるのが好きなんです。
穴の中で生活を始めてから心は穏やかになった気がしますし。
一人でいることと、孤独はちょっと違うんですよね。
難しいことはわかんないんですけど。

で、寂しい時はね、壁をひたすら見つめるんです。
壁をじっと見てるとね、
そのでこぼこなんかが人の顔に見えて来る瞬間があってね、
その顔の人がどういう人なのかを考えるんですよ。
そして浮かんで来た顔の人と会話をしてみるんです。

例えば、もし穴の外に出て、ふもとの川で人を見つけて、
穴に連れて来たらどういう会話をするとかね。

一人で壁を見つめながらでも、
おしゃべりする相手はいくらでもできるんですよ。

というわけで、今日は、あなたに会えました。

穴の中へようこそ。



出演者情報:遠藤守哉(フリー)


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