
ダイヤモンドダストサクラ
ダイヤモンドダストの舞うなか、
サクラちゃんが立っていた。
地元旭川では、
氷点下10℃以下の晴れた日に、
ダイヤモンドダストが現れる。
大気中の水蒸気が昇華してできた氷の結晶が
太陽の光をキラキラと反射させながら、
空を舞っている。
氷点下の宝石などと言われているが、
それは何も知らない人が言っていることだと
中学生の僕は思っていた。
ダイヤモンドダストには、
憂鬱な気分にさせる力がある。
美しいものには毒があるというが
そういう類のもの。
鼻からおもいきり空気を吸い込むと、
鼻のなかに瞬間接着剤をつけたのかと疑うくらいに
鼻がくっつく。
瞬きをすると、
まつ毛同士がくっついて、
目が開けられなくなる。
寝癖をなおした髪の毛を乾かさずに
家を出たら髪もカッチカチに凍る。
細かく砕いたガラスの破片が空気に混じっている
と思うくらい肌に触れる空気も痛い。
おまけに僕は寒さでお腹が痛くなるうえに、
寒暖差アレルギーなので鼻水も止まらなくなる。
そんな朝、
鼻水をすすりながら学校へ向かっていると
同じクラスのイシモリと会ったので
いっしょに行くことにした。
イシモリとはその後お互いに大学生になり、
東京の中野でいっしょにシェアハウスをすることになるのだが、
当時はそんなことを知るよしもなく他愛もない会話をしていた。
イシモリは、
プレステ1のゲームも遊べる互換性のあるプレステ2を買ったけど、
結局はFF10ばかりやっていて、
とにかくユウナが可愛いという話と、
ティーダの最強武器アルテマウエポンが手に入らない
という話をしていた。
ジャンヌダルクの新曲『月光花』の話から、
『霞ゆく空背にして』もいいけど『DOLLS』の歌詞がエロいという話。
安田美沙子の京都弁が最高だという話から、
時東ぁみの「ぁ」がなぜ小文字なのか
という話をした。
他にもイシモリは近所のお坊さんに
家の中に霊道が通っているので、
いますぐにでも引っ越したほうがいいと言われて、
土地を買わされそうになっているから、
転校することになるかもと話していた。
そして、
話題は僕ら4組のクラスメイトの野球部ホリベが
1組の柔道部の男子たちに襲われたことに移行した。
当時の僕らのなかでは、
全ての学年行事でいつも4組はビリなので、
勉強も運動もできない余りものたちが集められたのが
4組だという認識だった。
劣等感は結束を生むのか、
4組の男子たちは仲がよかった。
休み時間も昼休みも放課後もトイレに行くときも
土日にラウンドワンへ行ったり、ずっと一緒にいた。
それが気に食わなかったのか、
理由なんてなんでもよかったのか、
昼休みにホリベは1組の男子たちに、
トイレへ引っ張られて襲われたのだった。
ホリベはそのときのことを
「詫びだかワサビだかしらねぇけど、
急に詫び入れろとか言われて殴られた」
と言っていた。
「詫びだかワサビだかしらねぇけど」を気に入ったのか、
そのあともホリベは何度もそこだけリピートして言っていた。
僕とイシモリはというと、
そんなホリベを心配することもなく、
もしも自分たちが襲われたらどうするかシミュレーションをしていた。
柔道部に真正面から挑んでも勝てるはずもない。
走って逃げるか、バッドとかが落ちていたらそれで威嚇しながら
やっぱり逃げようという話をしていた。
そんなときだった。
キラキラしたダイヤモンドダストが舞うなか、
イシモリの妹のサクラちゃんが立っていた。
しかも、
ガリガリくんを食べながらコートも羽織らず薄着で立っていた。
その姿は同じ道民から見ても異質だった。
「何してんのよ」とイシモリが聞くと
「ダイヤモンドダスト見てる」と答えるサクラちゃん。
「いや、なんでガリガリくん食べてるのよ」と聞くと、
「食べたいから」と答えるサクラちゃん。
その異質さを表すだけの言葉を持っていなかった僕たちは
「そっか」とだけ言って学校へ向かった。
薄着でガリガリくんを食べながら、
ダイヤモンドダストを眺めていたら、
襲いにきた柔道部も逃げてくれるかもしれない。
もしかしたらコートを貸してくれて仲良くなれるかもしれない。
サクラちゃんからは、
そんなことを思わされるだけの不思議な力を感じたけれど、
お腹を壊しそうなので、やっぱりやめることにした。
