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我が家へ来た牛深物産(牛深通信最終回-5)

西尾まりちゃんが牛深暮らしをはじめたおかげさまで
私の家に牛深の物産が続々と届くようになりました。
まずはじめにおいでくださったのはカラスミさまでした。
こんな高価なものを…と言いつつ、酒とともに消滅…

いそしおプラスは塩とスパイスがミックスされています。
たいへんおいしく便利なものでした。
惜しみ惜しみ、ここぞというときだけ使います。
なにしろこちらでは手に入らないんですから。

ふりかけは何種類もいただきました。
種類の多さにまずびっくり。

こっぱ餅は芋でつくった餅です。
どこかで食べたことがあるなあと遠い記憶をたどったら
まだ小さかったころに
隣のおばさんが一度だけ作ってくれたことがあったのでした。
隣のおばさん、どこの出身だったのだろう。

海草類もたくさんいただきまして…
はじめましてのものが多かったな〜。

ピンクのトサカノリはサラダにもしましたが
中華風スープなどにも入れました。
茎ワカメはキンピラです。
つまり、胡麻油で炒めて醤油をジャーッと。

そうそう、アオサのおいしさにびっくりもしたことも。
炊き込みご飯にすると食べ過ぎるくらいうまいんですよね。

思い出すだにこの1年、牛深物産にお世話になりました。
まりちゃんが映画公開の舞台挨拶で牛深に行ったときに
持ち帰ってくれた鯖節はほぐして煮たらえらいうまかったですし
去年の12月には巨大な鯛まで届きました。

そういえば、みなと屋さんから買った晚柑もたいへんおいしくて
あっという間にひと箱食っちまったのでした。
カラスミもたま〜に密輸しております。
牛深にはうまいもんがありますね。

ん?しかしまりちゃんと私の牛深物産って
どうして食べ物ばっかりなんでしょうね。

ところで最終回も5話まできてしまいました。
映画が東京で公開されるまで「終」にしないつもりなんですが
シネスイッチはいつになったら
上映スケジュールを出してくれるのやら??(なかやま)

西尾まりちゃんの牛深通信、全部読みたいかたは下のURLからどうぞ
http://www.01-radio.com/tcs/columnindex/西尾まりの牛深通信


上のチラシをクリックすると映画のHPに飛びます。

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西尾まりちゃんの牛深暮らし(牛深通信最終回-4)

上の写真は天草映画プロジェクト支援の会の事務局です。
映画のタイトルは「ワッゲンオッゲン」
いまは「女たちの都・ワッゲンオッゲン」というタイトルで公開されています。

天草が舞台になったその映画の撮影のために
西尾まりちゃんは2012年の1月末からおよそ1ヶ月、
牛深に住みました。
一軒家を借りて、布団も借りて、ストーブも洗濯機も
何から何まで借り物暮らし。
それでも持っていった荷物は掃除機も含めて大サイズ×6個に及び、
一緒に行った長男のロクちゃんは牛深の保育園に通いました。

ここではそんなまりちゃんの牛深暮らしをダイジェスト版で
お届けします。

まりちゃんが住んでいた牛深の家の玄関。

玄関を入るとこんな感じ。

このストーブのおかげでどれだけ助かったか。

家の近くに売りに来る魚屋さん(上の写真)

入居してすぐのお昼ご飯にアジを買いました。
ビニール袋いっぱいのアジが500円。
そんなにたくさんいらないと言ったら、4匹100円になりました。
網がないのでフライパンで焼いたそうです。

2月になって設置されたコンロ。
このコンロが来るまではカセットコンロを使っていました。

よく玄関に座り込んでいた猫。

ある日の晩ご飯(自炊)

アラを買って…

残り野菜と鍋にしました。

買い物に行くと「牛深通信見てます」と
声をかけられるようになりました。

ある日の晚ご飯。
スーパーで買ったブリの刺身。
ヤーコンとベーコン炒めもの。
婦人会からいただいた生わかめでつくった味噌汁。
婦人会からいただいたタコ飯。

ご近所の店「中村さんち」のお母さんが
まりちゃんの長男ロクちゃんにくださったパン。

崎津ロケのときは婦人会がおでんをつくってくれました。
婦人会には本当にお世話になっています。

バレンタインデーのいただきもの。

まりちゃんがたいへん気に入って私の分まで買ってくれた
チロリン村の「いそしおプラス」

ハイヤの撮影日は雪でした。
風雪注意報、波浪注意報、乾燥注意報、最高気温5℃の日、
2000人のエキストラとともに撮影。

ちなみにハイヤ撮影予定はこんな感じでした。
18日(土)いわしやさん前で総踊りの撮影。
      エキストラのかたがたは7時集合組と11時集合組があります。
19日(日) 肥後銀行前の芝生広場で屋台村の撮影。
20日(月) ハイヤ通りで夜の総踊りの撮影。

牛深の「自宅」でテレビを見る長男のロクちゃん。

東京に帰る前の日、
(牛深への)ホームシックになっているロクちゃん。
すっかり牛深の住民になっていたんだな〜。

映画の撮影のために牛深の住民になっていたのは
西尾まりちゃんだけではありません。
大勢のスタッフをはじめとする臨時の牛深住民の数は
この布団の数から想像できそうです。
下はまりちゃん近影(なかやま)

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牛深の食(牛深通信最終回-3)

伊勢えび祭りというものがありますし
さくら鯛祭りもありますし、ヒラメ・あんこう鍋祭りに海食祭、
牛深地魚ビエン祭りにチャンコフェア、
あかね市では鯛釣り大会まであるわけで、
一年中魚の名がつく祭りをやっているように思える牛深です。
海産物とその加工品が豊かなのは言うまでもなく
しかも肉までうまいそうですが
ここにあるのは西尾まりちゃんが見た、或いは食べたものばかり。
旅館や料理屋で食べるご馳走ではありません。
でも、うまそうです。

2012年2月、西尾まりちゃんが牛深におよそ1ヶ月滞在したのは
映画「ワッゲンオッゲン」の撮影のためでした。
天草の地元の人たちが制作プロジェクトを立ち上げ、
地元の応援に助けられていた映画制作です。
撮影中は婦人会の炊き出しにお世話になっていました。
ちなみに2月1日のメニューは、うどん、リンゴ入りポテトサラダ、
野菜炒めさつま揚げ入り。サラダ、山芋の摺りおろしにキュウリ、
鯖節の佃煮、甘夏の砂糖漬け。盛りだくさんです。

まりちゃん自炊の朝食…で食べたアジの骨(上の写真)

マントはエイのようです。
「きだこ」は牛深名物のウツボだそうで…

天草牛というのがあるそうです。
聞いたことなかったです。
焼き肉がほぼステーキ状態だったそうです。
お食事処「とん」
覚えておかなくては。

カラスミを製造販売している井上勇商店。
店を見るとお茶屋さん、つまり茶葉と茶器の店なのですが
なぜカラスミを??
謎ですがカラスミうまいです。私取り寄せました、ええ何度か。

野菜がね、新しそうでいいですよね。

ウニもうまいに違いないですよ。

上の写真はまりちゃん自炊の晚ご飯です。
主食はスパゲティミートソースのようですね。

上の写真は
刺身の値段に注目といったところでしょうか。

エビを食ってから写真を送ってきたね、まりちゃん。
右上の尻尾でバレてますよ。

上のスパゲティはちろりん村ですね。
村長さん、お世話になりました。
まりちゃんからもらった「いそしおプラス」大事に使っています。
下の写真は揚げカマボコ。
揚げかまぼこはまりちゃん気に入ってよく食べていました。

まりちゃんが牛深に行ったおかげで
私も物産に恵まれました。
鯖節、ほぐして佃煮にしたらやたらとうまかった。
ご飯を食べ過ぎました。
アオサは炊き込みご飯にしました。これもうまかった。
まりちゃんがあかね市から送ってくれた鯛は巨大な塩焼きになりましたし
港屋さんから買った晚柑は今年も注文しようと思っているくらいです。
カラスミがうまいのは言うまでもありません。

熊本出身の仕事仲間でもう「ワッゲンオッゲン」を見た人がいて
ちょっとうらやましいと思っています。
思えば去年のいま頃は、まりちゃんは牛深で撮影していたわけです。
あれから1年、早いもんですね。
東京で公開されるのが楽しみです(なかやま)

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牛深のむかし(牛深通信最終回-2)

なかやまです。久々の更新です。
無精を決め込んでいて申し訳ありません。
牛深の昔をちょっと調べておりました。

牛深の中心はなんといっても港です。
牛深には、むかし七つの港がありました。

① 旧船津郷は昔から漁業の中心
② 旧岡郷は牛深の玄関口で、番所があった。
  昭和21年の大火で町並みを失い、いまは都市開発で姿を消している。
③ 旧宮崎郷は江戸中期からカツオ漁の中心地だったが海難事故で衰退。
④ 旧茂串郷は大正期に縫切矢田網という漁法で繁栄した。
⑤ 古久玉は近代まで自然海岸だったが、大正の頃から埋め立てられ
  船の係留所や加工場ができた。
⑥ 久玉は16世紀まで土地の豪族久玉氏の海城があった。
  現在は一本釣りなどの漁業基地。
⑦ 須口は海女による素潜り漁の中心地。

地図で調べてみると、現在の牛深町に久玉を加えたくらいの土地に
上記の七つの港がせめぎあっています。
港があれば当然ながら村があり町があり人がいるわけですから
かつての牛深の繁栄も想像できますね。
上の説明だと漁港だけのようにみえますが
牛深の港は漁港と商港が一体化した珍しい港湾です。

さて、この天然の良港である牛深で
いつから人は舟を浮かべていたのだろうという問題があります。
牛深は天草でも早くから人が住み着いたところです。
この場合の牛深は「牛深地区」です。
おおざっぱに旧牛深市と思っていただけると大丈夫と思います。
旧石器時代、24,000年前の天草でも最古の遺跡があります。
内之原遺跡群です。地図で見ると牛深温泉の近くですか。
よさそうなとこですね。私も住みたいです。
この時代になると舟でけっこう遠くまで移動する航海術があったようです。
丸太舟で一日60kmくらいといいます。
縄文時代になると航海術はさらに進みます。
縄文時代の遺跡もあります。椎の木崎遺跡です(下の写真)
海岸遺跡といって、もうすぐそこが海という場所にあります。
はじめは内之原あたりの山に住み着いて海岸まで降りてきていたのが
いちいち面倒になったんでしょうか。
海産物豊富ですからね、海の近くがいいかもです。

まあ、そうやって海の近くでうまいもんを食べながら暮らしているうちにも
歴史は進みまして、日本は近畿あたりに権力ができまして
お隣の中国に使者を派遣したりしています。
遣唐使のご一行さまが近くの島に流れ着くこともあったようです。
しかし大きな地図で見てみると
牛深の港から船を出したら、韓国沖縄なんのその。
島伝いに台湾やルソンも平気で行けそうですね。
中国もたいへん近く見えます。
ということは、それらの国にとっても牛深は便利な港ということです。
海洋民族がたくさん行き来したのではないでしょうか。
海には国境も関所もないですから。

私たちは旅というとまず陸上を考えます。
電車やバスというものに慣れきっています。
いま天草航空も機体の塗り替えで運休してますから
牛深だとクルマで3時間かなあ…なんてぼやくわけです。
でも、人類の長い歴史を考えると
ついさっきまでは電車もバスも飛行機もなかったわけです。
でも舟は早くからありました。
人は舟で遠くまで移動し、文化は海から舟でやってきました。
牛深ってすごい土地だったんですね(なかやま)

* 写真2枚はよそのサイトから拝借しています。
  写真をクリックでそのサイトに飛びます。

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西尾まりちゃんの牛深(牛深通信最終回-1)

西尾まりちゃんが熊本県天草市牛深町へ行ったのは
2012年の1月29日でした。
長男のロクちゃんを連れて。
次男は近所に住む自分の家族やご主人の家族が
よってたかって面倒をみるということになりました。

牛深では宿ではなく一軒家での暮らしです。
ロクちゃんは牛深の保育園に通い、
まりちゃんの撮影中はこれまた「映画プロジェクト」の人たちが
よってたかって面倒をみてくれることになりました。
まりちゃんはおよそ1ヶ月の間、撮影のためにやってきた旅行者ではなく
牛深の住民として暮らしていたわけです。

さて、そのまりちゃんの牛深はどんな町なのでしょうか。
海上交通を中心に考えると、牛深は九州の中心です。
地理的にも中心ですが、天然の良港に恵まれていたので
実際に海運の中心であり、
東は大阪、西は琉球まで行き来する船の中継点でした。
漁船の往来もさかんで
海が荒れると船は牛深に逃げ込み、お天気が回復するまで滞在するので
その船乗り目当ての遊郭が栄えました。
下の地図の赤い印が牛深です。
海を基準に考えると本当に九州の真ん中にありますね。

ところで、なぜ牛深が映画撮影の中心になったのでしょうか。
私は映画のことはわからないのですが
天草のことを調べてみると、天草ネイティブといえる人々は
天草の南、つまり牛深あたりにしかいないことがわかりました。
宗教戦争と百姓一揆と浪人の反乱がまとまったような島原の乱は
天草一帯も巻き込みました。
島原につづいて天草も蜂起しちゃったんです。
一揆軍に襲われた村では、切支丹として一揆に加わるか
さもなければ皆殺しだというようなことになりました。
略奪されて食べるものもない村にいるよりはということで
加わった人も多かったのではないかと思います。
加わっても戦死か処刑、断ったものや足手まといの老人や子供は
一揆軍に殺されたといいますから
島原の乱が終った後は無人の村々ができてしまったわけです。
一揆軍は最終的に3万7千人が原城に立て籠り、死んでいます。
島原の乱が終って後、無人になった村々には
全国から農民が集められ、移住させられました。
ここにおいて、ルーツを天草に持たない天草人が大勢出現したわけです。

ところがです。
牛深の住民はこの一揆に加わっていないのです。
決起もしていないようなのです。
決起していないから味方にならない住民を殺す必要もありません。
そうなんです。
島原の乱以前からの天草人が生き残っているのは
牛深とその周辺の、下島の南だけだったんですね。
だから、天草といえば牛深。
牛深が天草のルーツを守っているんです。
牛深が天草映画の中心になったのもうなづけます(なかやま)

* 牛深通信最終回は長くなりそうなので次号へ続きます。

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西尾まりの牛深通信 2012.12.02(さようなら)

 朝8時の天草エアーラインに乗り福岡へ到着。
 あっという間の、牛深でした。

 今回、息子ふたりと、
 映画の撮影の間ずっと下のチビを見ていてくれたお母さんを連れてこれて、
 私の中では、やっとこ、映画 終わったかな~って感じがしました。

 また、牛深に来たいです。
 たくさんの思い出、出会い、ありがとうございました。

 これをもって牛深通信も終わりにしたいと思います。
 今まで、お仕事の合間に掲載してくださった中山さん、
 そして、牛深通信を、ご覧くださった皆さま
 ありがとうございました。
 今度は映画館でお会いしましょう!

(斜体の文字は本人からのメールのまま)

 西尾まり

西尾まりちゃんの牛深通信、全部読みたいかたは下のURLからどうぞ
http://www.01-radio.com/tcs/columnindex/西尾まりの牛深通信


上のチラシをクリックすると映画のHPに飛びます。
熊本県天草の活性化とPRをめざして、
映画「ワッゲンオッゲン」公開中。

このコラムは映画「ワッゲンオッゲン」の撮影のために
 天草市牛深町の一軒家に滞在していた西尾まりさんから届いた写真と
 その説明をもとに事務局が構成しました

映画「ワッゲンオッゲン 女たちの都」公開中の映画館(2012年12月2日現在)
■熊本Denkikan TEL096-352-2121(熊本県熊本市新市街8-2)
http://www.denkikan.com/
 
■ワーナー・マイカル・シネマズ熊本 TEL096-235-7707
(熊本県上益城郡嘉島町大字上島字長池2232-2702 イオンモール熊本2階)
http://www.warnermycal.com/cinema/kumamoto/
           
■本渡第一映劇 TEL0969-23-1417 (熊本県天草市栄町5-23)
http://daiichieigeki.iinaa.net/

■福岡中洲大洋 TEL092-291-4058
http://www.nakasu-taiyo.co.jp/
◆12月29日(土)~

■鹿児島ガーデンズシネマ TEL099-222-8746
http://kagocine.net/
◆1月5日(土)~

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