直川隆久 2013年3月24日

ある記者会見

           ストーリー 直川隆久
              出演 上杉祥三

え?
今、なんて言った?
「禁花見法」?
あのねえ。大向こう受けを狙いたいんだろうけどね、
そういう矮小な呼び方は迷惑なんだなあ。国民の誤解を招くんですよ。
今日成立したのは「青少年の健全育成の前提としての公共秩序に関する法律」ですよ。
あぁたがたもごぞんじとは思うけどもだね、
花見を禁止することが目的の法律じゃないんですよ。
核心はあくまで、子どもの健全なる精神の涵養にあるんであってだね。
そこの論点をずらしてもらうと困るんだな。

国や地方公共団体が管理する土地でだね、薬物やアルコールを摂取したりだな、
さらには摂取してる人間を見るということまで含めて、
青少年の影響されやすい脳には非常に有害だと。
公(おおやけ)の空間てのは、そもそも誰のものなんだと。
まあ、こういう議論は今さら繰り返すまでもないでしょうが。
ま、おかげさまを持ってね、無事成立ということで。
施行(せこう)はこの春からですけども。
何?
憲法上の集会の自由との関係?
もう、そういう話はいいでしょ。すでに議論はつくしてるわけだから。
あきあきしてんだ。
憲法にそんなことが書いてあるの?花見の権利とか、
そんなことが。
書いてないだろ?

はい、次。
…ああ。ああ。
 
…はい。
君、ちょっときくけどもね。源氏物語、呼んだことある?
源氏だよ。
げんじ。
知らんはずはないよな。
なに?“源氏物語が今関係あるんですか”?
質問に質問で返すなよ。答えなさいよ。
読んだことあるの?ないの?どっち?
ないんだろ。
そんな、源氏も読んだことのない精神レベルの記者にだね、質問する資格はありません。勉強してから来たまえよ。何のために会社は君らに高い給料払ってるの。
はい、次。
 
なに?きこえないんだよ、声が小さい。
あのさあ、何度も同じことを言わせなさんなよ。
国家がこの国難に陥っているときにですよ、
大の大人が桜の木の下で浮かれておる場合じゃないでしょうってことだよ。
 
え?なに?
デモ規制?
デモってなに。
ま、この法律でデモを規制するかどうかは、現場の判断でしょうね。
 
いや、だから、それは現場の判断ですよ。
そんなことはいちいち総理大臣である私が口をつっこむことじゃないよ。

じゃあ君の会社の社長は、君だちが書く記事を、全部支持して書かせてるか?
そうじゃないだろう。社長にきいたら、
明日の紙面の記事の一言一句が分かるのか?
 
え? 
声を荒げるのは、痛いところをつかれた証拠?

私がいつ声を荒げたんです。
いつ声を荒げたんです。何時。何分、何秒。
答えろよ。
こっちが訊いてるんだ。答えろよ。
答えられないのか。
自分が言ったことに責任をもてないのか。それでマスメディアかね。
私を侮辱するってことはねえ、国民を、
私を選んだ有権者を侮辱するってことですよ。
あんた、その覚悟があるんですか。
おい、あなた、どこの新聞社?
ああ、毎朝か。
顔おぼえとくよ。

ま、もういいでしょ。これ以上続けるのも、不毛ですし。
はい、ごくろうさん。はい。
 
 
…カメラ止まったかね。
 

え?
いや、なに今日はねえ、これから議員会館で幹事長と会わなきゃいけないんだ。

イヤなんだけどね。議員会館の食堂は。まずくてさ。
このあいだプリンを頼んだら、カラメルがやたらに甘ったるいプリンを出してきてさ。
こんなもの、食えるか、子どものエサだ。って私がどなってやったらね、
ちゃんと次から、ほろ苦いカラメルのプリンに変えて出してきましたよ。
連中は人を見てやがるんだ。
はっはっは。
  
ま、食うのはやっぱり銀座だな。
公園で酒なんて飲むもんじゃないよ。あんたらもね。
はっはっはっは。
じゃ、ま、そういうことで。

出演者情報:上杉祥三 オフィスPSC:03-3359-2561

 

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岩田純平 2012年3月11日

山口は不器用だ。

ストーリー 岩田純平
出演 内田慈

山口は不器用だ。
「自分、不器用ですから……」
という自覚もないくらい。

たとえば、
切符を自動改札に入れ損ねる。
不器用だから。
それで、よく後ろの人に足を踏まれてる。
踏まれてるのに、
いつも山口が謝っている。
口ぐせなんだ。「すみません」が。

線路の上によくモノを落とす。
何度も落とすものだから本人も慣れっこで、
勝手に落し物を拾う棒を取り出して拾おうと
するんだけどその棒まで落としてる。

自動販売機でも、
小銭がうまく入れられない。
何とかジュースが買えても、
今度はプルタブがあけられない。
不器用な上に、いつも深爪だから。
不器用だから、
つい深爪しちゃうんだろう。

ゆでたまごの殻も満足にむけない。
コンビニのおにぎりも上手にむけない。
CDの包みも、開封口のリボンが
うまくつまめず、あけられない。
飛行機の救命胴衣も、きっと
一人だけふくらませられないんだろうな。
かわいそう。なむなむ。

ラーメンのレンゲは
すぐに器の中に落とす。
枝豆は必ず一粒落とす。
四粒入ってるさやだと、
二粒落とすこともある。

ケータイで「お」の字を打つのに、
「あ行」を何周もぐるぐるやってる。
一つ押しすぎてちいさい「あ」になっちゃって、
またもう一周して、行き過ぎて。
だから、メールの返信は遅いし、短い。
最初の頃は、嫌われてるんじゃないかと思ったくらい。

不器用だから、
告白される時もすぐわかった。
あきらかに、いつもと違う空気。緊張感。
告白中も沈黙が多いし。
わたしがいじわるく「で?」
とか言うと、「う」とかなっちゃって、
それはそれでちょっとおかしかった。

結局、告白されたのかどうか、
うやむやのまま、告白は終わり、
わたしたちは、何もなかったように、
いままでどおり過ごしている。

不器用だから、
ネックレスの金具が外せないんだろうな。
ブラのホックも外せないんだろうな。
あれとかも、すぐつけられないんだろうな。
そんなこともたまに想像してみるけど、
その時の精神状態によって、
「ま、それもいいかな」と思ったり、
「やっぱり山口はないな」と思ったり。

そんな山口が、最近、
なぜか告白されたらしい。
すごく熱烈に。
不思議だ。
でも、こう言ったんだそうだ。

「彼女はいないけど、好きな人がいるので、
いまお付き合いすることはできません。すみません、不器用で」

その話をした後、山口はわたしの方を見て、
ぎこちなく微笑んだ。

山口は不器用だ。
よく言えば、正直だ。
正確に言えば、バカ正直だ。
というか、正直、バカだ。
そうか、バカだったんだ。

わたしは小さく、「ばーか」と、つぶやいて、
何となく山口の手を握った。

出演者情報:内田慈 03-6416-9903 吉住モータース

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岩崎俊一 2012年2月12日

夜汽車
 
         ストーリー 岩崎俊一
            出演 大川泰樹

 二階の部屋でひとりで寝るようになって、二日目の夜だった。
 なかなか眠りに入れないまま、何度も寝返りを打つマモルの耳に、
遠くから思いがけない音が届いた。
あまりにもかすかなので、初めは何の音かわからなかった。
カタンコトン、カタンコトン、カタンコトン、カタンコトン。
 汽車か。
 まちがいなかった。そのしばらくあとに汽笛が聞こえたのだ。
そうか、夜汽車か。この家には夜汽車の音が届くのか。
 階下の奥の部屋で年下の兄弟たちと寝ている時には
まったく気づかなかったその音に、
九歳のマモルは、生れて初めて切ない疼きを知り、
その胸は激しくふるえた。
 マモルの頭に、ある映像が浮かんだ。
 両側を、畑と樹木研究所の森に挟まれた鉄路を進む、
長い長いSL列車。あたりは漆黒の闇である。
うす暗い客室にはまばらな人影があるものの、
室内はシンと静まり返っている。
ある者は静かに目を閉じ、ある者は何も見えるはずのない窓外に目を凝らし、話す者さえ囁くように言葉を交わすだけだ。
 中に、若い母子連れがいた。
子どもは、小学生の帽子を被り、小柄で痩せていた。
ふたりはひっそりと身を寄せあい、
人の目から逃げるように顔を伏せている。
 マモルを動揺させたのは、その母親だった。
マモルの母にとても似ているのだ。
伏せた顔からはわかりづらいが、その丸くひっつめた髪も、
痩せた肩も、冬になるとひび割れる手も、マモルの母そのものだった。
それが空想だとわかっていても、
マモルの動揺はなかなかおさまらなかった。

 マモルの父と母の間では、しばしば諍いが起こった。
何が原因であったか、幼いマモルには知りようがなかったが、
その諍いは、マモルの小さな胸を耐えがたいほど暗くした。
 父の喧嘩のやりかたは執拗だった。
母を小突き、時には感情を爆発させ、
時にはねちねちと母の非を言い立て、
あかりをつけない台所に、泣く母を追いつめた。
マモルが母を守ろうとすると、父につきとばされた。
マモルの行為は単に父の感情を煽るだけで、
事態の鎮静に役立ったことは一度もなかった。
子どもなんて何もできない。何の役にも立たない。
マモルは、その時、父を憎むと同時に、自分が子どもであることに絶望した。
 夜汽車の中の母は、少年の肩を抱きながら、ピクリとも動かない。
マモルは布団の中で考える。
マモルの母は、この夜汽車の母のように、この家を出て行くのだろうか。
それとも、僕が大人になるまで待てるのだろうか。
 夜汽車は果てのない夜を進んで行く。
 そのヘッドライトが照らす闇には何もなく、
ただ二本のレールがはるか先まで続いているだけだった。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/  03-3478-3780 MMP

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岩崎亜矢 2012年2月11日

「家出」

             ストーリー 岩崎亜矢
                出演 瀬川亮

母さんとケンカして、僕は家を出た。
勉強したくないとか、そういう子供っぽい理由ではない。
信念と名誉のために僕は家出したのだ。
ポケットの中には望遠鏡を買うために貯めていたお金が
たっぷりと入っているし、僕に迷いはない。

遠足の弁当、それがすべての原因だ。
あの日、熱を出し寝込んでいた母さんに変わって、
姉ちゃんと父さんが弁当を作ってくれた。
確かに、ヒドい弁当だった。
メインのおかずは紅生姜入りの炒り卵。
その隣には半分に切られたゆで卵。
そして、白いご飯の上には巨大な目玉焼き。
蓋を開けて僕は一瞬止まった。
その時、よりによって高橋が弁当をのぞき、
「岡田の弁当、卵だらけだぜー」とからかってきたのだ。
二人をけなされたような気分がして、
僕は気づいたら高橋の胸を両手で突いていた。
怒った高橋は、僕に強く体当たりした。
そのケンカはあっけなく先生に止められ、たっぷりしぼられた。
互いに謝れと言われたけど、
僕は二人の名誉のために戦ったんだからと、ずっと口を閉じていた。
しかし学校から電話をもらった母さんは、
僕が家に帰るとすぐに頭ごなしに怒りだし、
高橋の家に行って謝ってこいと言いだしのだ。

そういうわけで僕は現在、家出中なのである。
しかし家出って、正直退屈だ。
その名の通り「家を出る」ということがゴールなので、
始めた途端にその目的が達成されてしまうからだろう。
最初はナベっちの家で遊んでたけれど、
「そろそろ夕飯だから」と帰されてからは、
こうやって公園でDSをしながら時間を潰している。
そうだ、僕も夕飯にしよう。
スーパー吉得に行って、コロッケを持ってレジに並び、
ポケットを探った。その瞬間、全身がヒヤッとした。
「ない…!」そこにあるはずのお金がないのだ。
レジのおばさんがじろじろと見てくる。
僕は慌てて吉得を出て、改めてポケットの中を探った。
やっぱり、大事なお金が消えている。
そういえば、商店街を歩いているときに
おじさんが強くぶつかってきたけれど、
あれはもしやスリだったのではないか。
望遠鏡代、いや、僕の大事な生活費が…。

あてもなく歩きながら、僕はグウグウと鳴るお腹をおさえていた。
すると突然、おいしいカレーの匂いが漂ってきた。
よだれを垂らしそうになりながらその家に近づくと、
窓の向こうの黄色い灯りの下でうっすらと人影が動いている。
人影はぜんぶで4つ。僕んちと一緒だ。
暗闇の中、その窓の周りだけが暖かいような気がして、
僕はそこを動けないでいた。
その時、自分の名前が呼ばれたような気がして顔を上げた。
道路の奥のほうで、細い灯りがゆらゆらと揺れている。
しばらくすると真っ暗闇の中から、「ぬっ」と母さんが現れた。
手には懐中電灯を持っている。ゆらゆら、ゆらゆら。
僕は信念も名誉も闇の中に放り出し、
その灯りへと猛ダッシュしていた。

出演者情報:瀬川亮 03-5456-9888 クリオネ所属

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阿部光史 2012年2月5日

トンネルの話

            ストーリー 阿部光史
               出演 水下きよし

「ちょっとした肝試しのつもりだったんです」
でもそれは、大きな間違いだった。

ある新月の夜、わたしは
自分が勤める会社の研修施設を目指して、
住宅が立ち並ぶ山沿いの道を歩いていた。

夕刻までに施設に入るように。
そう言われていたのだが、本社での急な残業が入り
ずいぶんと遅い時間になってしまった。

この先にある短いトンネルを抜ければ
いつもの道よりも、ずいぶんと近道になるらしい。

携帯の地図アプリがそう教えてくれたので
わたしは初めての道を、少し急ぎながら歩いていた。

そろそろトンネルが見えてくるはずだ。
そう思った時、ふっ、と街の灯りが、消えた。
停電だ。いまどき、珍しい。

そのうち復旧するだろう。そう思いながら、
星明りに照らされた住宅街を進むわたしの前に、
真っ黒な口をぽかんと開けたような
トンネルの入口が現れた。

車一台がようやく通れるような小さな入口である。
中は真っ暗闇で、携帯の光で照らしてみても、
壁も、床も、向こうの出口も全く見えない。

なぁに、距離は100メートルもないはずだ。
ちょっとした肝試しのつもりで、楽しめば良い。

そう思ったわたしは、意を決して、
真っ暗なトンネルの中に足を踏み入れた。

ひんやりとした空気の中、足音が嫌な感じで周りに反響し、
携帯の光も先には届かない。
電波も、圏外に変わった。

早く通り抜けてしまいたい。
わたしは早足で歩き続けた。

しかし妙な事に、歩いても歩いても、出口の近づく気配がない。
ふと研修施設の掲示板の小さな張り紙を思い出した。
「注意:停電の夜はトンネルを通らないこと」
停電って、今夜じゃないか!

「もしもし」男の声がした。

うあ!わたしはあまりの驚きに声を上げ、携帯を落としてしまった。
バッテリーがはじけ飛ぶ音が聞こえ、あたりは完全な闇となった。

「もしもし」
ひっ!

「すいません、脅かすつもりはありません。
 人と久しく話しておらず、失礼があれば申し訳ない」

暗闇で男の顔が全く見えないのだが、悪い人ではなさそうだ。
しかし、こんな所で突然話しかけてくるとは気持ちが悪い。

どうはじけ飛んだのか、携帯をいくら探しても見つからない。
困っているわたしにかまわず、男は話を続けた。

「ありがとうございます。これでやっと、家に帰れる。
 やっとトンネルを、出られるんです。ありがとう、ありがとう」

男が何を言っているのかさっぱり理解できない。
あの、それはどういうことでしょうか。
説明を求めるわたしに、男が答えた。

曰く、停電の夜にこのトンネルを通る人は、かならずトンネルに
囚われてしまい、出られなくなってしまう。そこから逃れる方法は
ただひとつ、次の停電の夜に、別の誰かがトンネルを通ること。
それまでずっと、囚われた人はトンネルにとどまり続けなくてはならない。

ふざけているんですか、私は答えた。馬鹿馬鹿しい。
じゃぁなぜあなたはそれを知っていて、トンネルに入ったんですか。

「ちょっとした肝試しのつもりだったんです」

ひんやりとした汗が、わたしの首筋を流れ落ちた。
わたしは携帯を探すのをやめ、再び歩き始めた。
今すぐ、ここを出なくてはならない。

男は後ろから追いかけながら、暗闇の中、こう続けた。

「そう決まっているんですよ。じたばたしてもムダなんです。
 きっとすぐ、次の人が通りますよ。たいしたことはありません。
 それまで待つだけじゃありませんか。」

わたしは男の声を振り払うように歩き続けたが、
いくら歩いても、出口は一向に近づかない。
むしろ遠ざかっているようにも感じてきた。

これは、男の言うとおりなのかも、知れぬ。

「ここでね、暗い中で、自分の人生をゆっくり
 振り返ったりするのも、オツなものですよ。」

とうとうわたしは観念し、次の人間が通るのを待つ事にした。

「それで良いんです。だってもう、決まってる事ですから。
 では、わたくしはこのへんで。」

男の声が次第に遠ざかって行く。
やがて最後に男は、わたしにこう尋ねた。

「そうそう、今年は昭和何年ですか?」

今年は、と答えかけた瞬間、
トンネルの奥でぽっと灯りが点った。
停電が終わったのだ。

こうして、わたしはトンネルの暗闇に囚われたまま、
停電の夜に誰かが通るのを、今夜も待ち続けている。

出演者情報:水下きよし 花組芝居 http://hanagumi.ne.jp/

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三井明子 2011年1月22日

会員カード   

           ストーリー 三井明子
              出演 皆戸麻衣

「ひどい肩こりですね。重たいカバンを持ち歩いていませんか」

新年通い始めたマッサージ店で、いきなり言われた。

たしかに私のバッグはバッグ自体が重たい。
でも、年末のボーナスでやっと手に入れた、ブランドバッグ。
しばらくはこれを外せない。

バッグの中身で一番重たかったのは、化粧ポーチ。
でもこの中身は減らせない。
一日中、綺麗なメイクを保つために、化粧道具一式を持ち歩く必要があるから。

そして、バッグの中身で二番目に重たかったのは、財布だった。

財布の中身を全部出してみた。
すると、43枚のカードが目の前に現れた。
クレジットカード、キャッシュカード、診察券といった、
なくてはならないカードを外すと、
37枚のカードが残った。
そのほとんどがポイントカードや会員カードだった。

「当店のポイントカードはお持ちですか? お作りしましょうか?」
と言われて、断れない性格が生んだこのカードたち。
ひとつひとつ見ていくと、
一度だけ買い物をしたブティック、
年に数回買い物をするデパート、
旅先で食事をしたレストラン、もうつぶれてしまったコーヒーショップ…
こんなカードを毎日持ち歩いていたことを知り、
自分のズボラさに嫌気がさした。
カードの束のずっしりとした重みを確かめると、
肩こりが、よりいっそうツラく感じられた。

そして、驚くべきは、その会員カードのなかで
いちばん重たかったのが、マッサージ店のカードだったことだ。
分厚く、硬い素材でメタリックな加工がされている。
高級感あふれるカードといえば聞こえがいいが、
その厚みや重みは、客の肩こりを完治させないための
マッサージ店の商売上の陰謀にも感じられてきた。

「もしもし? おたくの会員カード、不自然に分厚くて重たくないですか?」
マッサージ店に文句の電話を入れてやろう、と思ったが
クレーマーになってしまうと気づき、直前で思いとどまった。

イライラしたら、また肩がこってきた。
そして、マッサージ店のカードを手に、
私はマッサージの予約の電話を入れていた。

出演者情報:皆戸麻衣 フリー

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