中山佐知子 2012年7月29日

ひとつめの太陽が沈むころ

              ストーリー 中山佐知子
                 出演 地曵豪

ひとつめの太陽が沈むころ
トラディショナルなマティーニを頼んだ。
バーテンダーは300種類のマティーニをつくり分ける技術を
プログラミングされているが、客はいつも僕ひとりだ。

ふたつめの太陽が沈むころ
出鱈目なマティーニの名前を言ってみた。
アップルマティーニ
りんごサワーの味がするマティーニが出てきた。
それじゃあ、アップルパイマティーニ
こんどはカルバドスの香りのするマティーニだった。
この違いの意味がわからない。
バーテンダーは会話をプログラミングされていないので
説明は一切なしだ。

みっつめの太陽が沈むころ
「ウィンストン・チャーチルのマティーニ」をオーダーした。
すると、即座にジンのストレートがカウンターに置かれ
ベルモットの瓶が右斜め横に並んだ。
150年前の政治家がベルモットを横目で睨みながらジンを飲んだという話は
歴史の時間に学んだことがある。
侵略や革命や戦争が教科書から消えて以来
歴史は過去のファッションやグルメのことになってしまっている。
チャーチルはマティーニを飲む以外に何をやったんだろう。

よっつめの太陽が沈むころ
また出鱈目に「アポロ13号マティーニ」と言ってみた。
出てきたマティーニは粉末ジュースの味がした。
宇宙開発黎明期の初期型飲料が使われているらしかった。
もう二度と頼まないぞ、と思った。

いつつめの太陽が沈むころ
僕はどれだけ飲んだのかわからなくなっていた。
実を言うと、いまいくつめの太陽が沈んでいるのかも定かではなかった。
この星は18個の小さな太陽が出たり入ったりしているので
まぶしい昼も闇に沈む夜もなく、
一日中夕暮れのようにぼんやりとしている。
体内時計はとっくに壊れ、カレンダーも思い出せないが
予約した迎えの船が来るのはまだ何ヶ月も先だということだけは
チケットのタイマーが知らせてくれている。

僕が六つめだと思っている太陽が沈むころ
バーテンダーに時間をたずねたら
黒いオリーブの入ったミッドナイトマティーニをつくってくれた。
僕は今日も何も書くことがない。
お天気さえ最初に「晴れ」と書いたきりだ。
ここでは雨も降らず、風も吹かず、災害もなく季節もない。

この星に入植した開拓者たちは
苦労の末に去ったのではなく、退屈の果てにこの星を捨てたのだ。
彼らのストーリーは三行で終わる。
「ここに来た、ここで暮らした。ここから去った」

すでにいくつめだかわからなくなった太陽が沈むころ
僕はジャーナリストマティーニを飲んでいた。
むかし東京の外国人記者クラブの遺跡から
165本のジンと5本のベルモットの空き瓶が発掘され、
その33対1の比率で混ぜ合わせたドライマティーニを
ジャーナリストマティーニと呼ぶようになったのだ。

ジャーナリストはドラマがあればそれを書けるが
退屈を描くのは不可能だ。
だから僕は一行も書けずに毎日酔っぱらっている。
誰もいなくなった星にひとりで来て
なすすべもなく酔っぱらっている。

僕はジャーナリストマティーニを飲みながら
もし自分が小説家だったら
この退屈を書くことがでるだろうかと考えた。

出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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吉岡虎太郎 2012年7月22日

「カクテルにしとけばよかった」 

             ストーリー:吉岡虎太郎
                出演:前田剛

いかにも真面目そうな新入社員だった。
青白い肌、銀縁眼鏡、
案の定、酒もほとんど飲めないらしく、
女の子が飲むような薄いカクテルを
舐めるようにちびちびと飲んでいる。
これじゃ、酒豪の田中さんの部下は
きついだろうなと同情した。

この日の客は3人。
田中さんはこのバーの常連の商社マンで、40代。
週に3度はやって来る。
Nさんは、田中さんの会社の元先輩で、
50そこそこか。今は独立して、
田中さんのお得意先となっている。
そして、顔に「ゆとり世代」と
書いてあるような新人くん。

ビールから始まり、ワインの瓶が空き、
ウィスキーが注がれる。
先輩と、先輩の先輩でしかも得意先と
カウンターに並ばされた新人くんは、
飲めない上に、緊張してしまい、
この店に来てからほとんど一言も発していない。

「Nさん、リオのカーニバルで全裸になったの
覚えてます?俺、あれこそ大和魂だと思ったよ」
「わははははは」
「お前だって、サンパウロで銃を向けられた時、
突っ張りでふっ飛ばしたじゃないか」
「わははははは」

歴戦の強わ者たち二人を前にして、
新人くんにはただうなずくか、
感嘆の声を漏らすしか術がない。
私がチェイサーの水を注ぎ足すと、
新人くんは一気にゴクゴクと飲み干した。

「Nさん、そろそろ日本酒いきますか。
この店いいの置いてるんですよ」

「さ、君も一緒に飲もう。商社マン魂に乾杯だ」
そうNさんに言われたからには仕方なく、
新人くんもきゅ~っと一気に飲み干した。
そして、二杯、三杯…。

田中さんが新人くんの肩を叩いて、
「お前も黙ってばっかいないで、
Nさんにいろいろ聞いて勉強しろよ。
Nさんは海外経験も豊富でフランクな人なんだから、
何言ったって怒ったりなんかしないぞ」
と言い残してトイレに向かった。

Nさんは、くつろぐように椅子を座りなおすと、
振り返って背後の窓の外を見つめ、しばし沈黙した。
その目に映っていたのは、都会の夜景ではなく、
ぎらぎらと照りつけるサンパウロの太陽か、
リオの海に沈むまっ赤な夕陽だったかもしれない。

その時、Nさんの股間を何かが素早く撫で上げた。

(小島よしおっぽいアップテンポな打楽器系の曲)

「うぇ~い、もっといっちゃいましょうよ~!
 グラス、空いてるじゃないですかぁ~。」

新人くんが立ち上がって、奇妙なダンスを踊りながら、
Nさんの股間をリズミカルに撫で上げている。

「うぇ~い、飲み、たりませんよ~!
もっともっと、いっちゃいましょうよ~!」

半笑いで首をぐらぐらと不気味に揺らしながら、
新人くんは、何度も何度も
Nさんの股間を執拗に撫で上げる。
突然の出来事に、Nさんは無抵抗になすがままだ。
さすがの私も言葉を失った。

「うぇ~い、もっと飲みましょうよ~!」

♪~(ふたたび静かなジャズに戻る)

トイレのドアが空き、田中さんが姿を見せると、
新人くんは何事もなかったかのように
元の席に戻っていた。
「あ、あのさあ田中、今日はちょっと飲みすぎた。
 悪いけど、失礼するよ」
「え、もうちょっとくらい…」
田中さんの言葉をさえぎるように、
Nさんは足早に店を出た。

何事が起こったのか分からない田中さん。
ふたたびうつむいて黙り込む新人くん。

あ~あ、カクテルにしとけばよかったのに
…私は心の中でつぶやいた。

      
出演者情報:前田剛 03-5456-3388 ヘリンボーン所属

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