児島令子 2006年10月20日



『彼女の出張』
                      

ストーリー 児島令子
出演    大川泰樹

もしもあなたが、
大阪から東京に向かう新幹線の中で、
ペンとノートを手に、
考え事をしている女性を見かけたら、それは彼女かもしれない。

彼女の職業は、女芸人。
最近急にブレイクし、大阪から東京に呼ばれることが多い。
彼女は、それを「出張」と呼ぶ。

彼女は、東京23区内でギャラを稼ぎ、
大阪西税務署で納税している。
東京都知事よりは、大阪府知事に愛されそうな生き方。

彼女は、東京までの2時間半、
出張先で披露するネタを考える。
「こんな感じでいいんじゃないの」
ってやつなら、もうできている。
「これでなくちゃいけないの」
ってやつが、まだでていない。。。。

彼女はまったく、天才なんかじゃない。
だから、考える。

もしもあなたが新幹線の中、
名古屋を過ぎたあたりで、
座席でメイクを直している女性を見かけたら、彼女かもしれない。

電車の中でメイクをするのは、ルール違反。
でも、新幹線の中は例外。隣が空席の場合はもっと例外。
それが、彼女のルールブック。
自分を自分なりにきれいにしておくことと、
いいネタを持参することは、
居心地のいい出張のための条件。

それに、もはや、おかしな顔で面白いより、
美しくて面白い方が、面白い時代なのですよと。

メイクをチェックして、ふたたび、仕事に集中。

もしもあなたが、東京駅に着くまぎわに、
コーヒータイムしている女性を見かけたら、彼女かもしれない。

「お熱くなってますのでお気をつけください」
差し出された車内販売のコーヒーを、彼女は味わう。
いま、ノートに書き込んだばかりの新ネタを見つめながら。

新幹線は必ず行き先に着く。だから彼女は救われる。
東京駅という締め切りに向かって2時間半、
彼女のネタ作りの旅は、コーヒーで締めくくられる。

ダークブラウンの液体とともに彼女が飲み込むのは、
あるときは、小さな達成感。「やったね、これだ」
あるときは、少しの敗北感。「こんなもんかな」

だけど、いずれにせよ、締め切りがあってよかったのだ。

人生は、
さまざまな時間のユニットでできていて、
それぞれに終わりがあるから、
ささやかな何かを成し遂げることができる。

コーヒーを飲み干したとき、
彼女の手からノートが通路にすべりおちた。開いたままの状態で。
見開きいっぱいに、へんなコトバや文章が並んでいる。

まわりの乗客の視線を感じたとき、
彼女はもうひとつ、ネタを思いついた。

「今日、新幹線でネタ考えてたら、コピーライターとまちがわれたんですよ~」

彼女は東京23区内へ消えていった。

*出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/ 03-3478-3780 MMP

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