小野田隆雄 2007年3月2日



さくらづくし

            
ストーリー 小野田隆雄
出演  久世星佳        

サクラという、美しい男性のママの店を出
ると、新宿三丁目の夜は雨だった。桜雨と言
うのだろうか、柔かく絶えまなく降ってくる。
 二~三分小走りに歩き、堀田という小料理
屋に飛び込んだ。ここの美しい女性のおかみ
は、千葉県佐倉市の出身である。佐倉は江戸
時代、堀田家の城下町だった。おかみの名前
は、うららという。
♪「桜の花の咲く頃は、
  うららうらら、みなうららー
  のうららです」(歌詞の部分はうたう)
と、自己紹介してくれたのは、三年前、初め
て行った時である。
「あらあら、ずいぶん濡れちゃって。はい、
 タオル、髪ふいたほうがいいわ」
 私は鹿児島の女子高校を出て上京し、大学
卒業後、神保町の小さな出版社に入った。も
うかれこれ二十年近く働いている。みごとに
うば桜になってしまった。
「これ、おいしく煮えたわよ」
 おかみがそう言って、タコの桜煮を出して
くれた。
「ところで今夜はひとり?葉桜君は?」
 葉桜君は、私と同い年の、まあ恋人である。
なんだかぼーっとしていて、およそ花が無い
ので、いつのまにか、そう呼ばれている。鹿
児島で市内の高校の、文芸部のサークルで知
りあった。なんだか、明治の書生が生き残っ
たような男で、ぬけているが、ひたむきなと
ころが気に入った。いまは、売れないシナリ
オライターをやっている。
 今夜は、サクラで落ち合って、堀田で桜鯛
を食べる約束だったが、二時間待ってもサク
ラに姿を現さなかった。携帯は持たない男で
ある。
「どうしたのかねえ」と、おかみ。
「いいんだ。会えなくても」と、私。
 でも、そう言ったとたん、急に体が寒くな
った。花冷えというのだろうか。クシャミと
一緒に涙も出た。
「大丈夫?あったかい桜粥でも作ろうか」
 おかみのやさしさが、しみてくる。今夜は、
ほかにお客もいない。でも、私は言った。
「もう、さくらはいいよ。ほんとが欲しいよ。
私、帰る」私は、すねていた。
 とまり木から腰をあげたとたん、ドアがけ
たたましくあく音がした。葉桜君が入ってき
た。
「すまん、すまん。
コタツで居眠りしとったもんで」
 きみとの関係、
 サクラチルにしようかなあ。

*出演者情報 久世星佳  03-5423-5904 シスカンパニー所属


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