小野田隆雄 2007年5月18日



アゲハチョウとオーデコロン

        
ストーリー 小野田隆雄
出演  久世星佳

ある高原の町に、赤い屋根の幼稚園がありま
した。それは、よく晴れた五月下旬のある日、
午後二時頃のことでした。
年少組の教室の、いっぱいに開かれた窓から、
大きなアゲハチョウが一匹、ひらひら、ふら
ふら、舞い込んできたのです。
ちょうどお昼寝の時間で、子供たちはみんな
ぐっすり眠っていました。
担当のよし子先生も、椅子にかけたまま、う
つらうつら、夢を見ているようです。

幼稚園の外は白樺林。その木陰に続く道を、
十分ほど南に歩くと、小さな湖があります。
夏が近づくと、恋人たちのボートがアヒルと
追いかけっこをする湖です。
アゲハチョウは、その湖のほうから
飛んできたのでした。

さて、アゲハチョウは、しばらく教室の中を
あちら、こちら、飛びまわっていましたが、
誰も気づいてくれないので、すこし退屈な気
分になってきました。
けれど、ふと、何かとても良い香りがするの
に気づきました。
「はて、何だろう」
アゲハチョウは、眠っている子供たちひとり
ひとりに、そっと近づいてみました。
この子ではありません。あの子でもありませ
ん。そしてとうとう、よし子先生のほっそり
白い首筋から、オーデコロンが香ってくるの
を発見しました。
アゲハチョウは、よし子先生の肩に、そっと
羽根を休めて、そのやさしくほんのり甘い香
りに身をまかせました。

ところで、よし子先生には音楽家の恋人がい
ます。高原のオーケストラでピッコロを吹い
ています。いまは、北海道に演奏旅行に行っ
ています。
「あら、いつお戻りになったの?」
よし子先生は、彼がそっと肩に手を触れるの
を感じて、尋ねました。
「ちょっと、君にあいたくて。でも、すぐ帰ら
なきゃ」
「まあ、せっかく戻ってきたのに」
よし子先生は、夢の中で、思わず大きな声を
出してしまいました。
その瞬間、アゲハチョウは、よし子先生の肩
を離れて舞いあがり、窓から白樺の林の方角
に飛び去って行きました。

またひとしきり、白樺林に風が吹き、
葉と葉が触れあって、サラサラ、サラサラ、
ハミングで歌い始めました。
そして、その音に合わせるように、
子供たちの寝息が、スヤスヤ、スヤスヤ、
ハミングするのでした。
よし子先生は、ちょっと目ざめかけましたが、
少しほほえむと、また眠りに落ちていきまし
た。

*出演者情報久世星佳 03-5423-5904シスカンパニー 所属


ページトップへ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA