中山佐知子 2007年10月26日



蒼き狼は湖を渡って
             
                
ストーリー 中山佐知子
出演   大川泰樹

蒼き狼は湖を渡ってやってきた。
平原を流れる川がはじまる場所で白い牝鹿をしたがえ
一粒の遺伝子を残した。

その平原で生まれた少年はよく母にたずねた。
どうして蒼いオオカミと白い牝鹿の間に
子供が生まれるのか。
若い母はそのたびに沈んだ顔で答えた。
私がおまえを生んだように。

母は昔、結婚式を挙げて花婿の家に向う途中で
少年の父にさらわれた花嫁だったので
少年には出生の秘密がつきまとっていた。

少年の父が敵対する部族に殺されてから
母は顔を上げ
長い髪をきりきりと結い上げて働くようになった。
どうして蒼いオオカミと白い牝鹿の間に
子供が生まれるのか
母はもうそのことを悲しむ暇もなかった。
少年は母に養われて成人し
母に似た賢い娘を花嫁に迎えた。

そして、その花嫁をさらったのもまた
少年の父に恨みをもつ部族だった。

ボルテ、ボルテ
少年は花嫁の名を呼びながら馬を走らせていた。
従う2万の兵はまだ少年のものではなく
同盟する部族から借りた援軍だったが
敵の部族すべてを灰にするほどよく戦っていた。
敵の族長はすでに身ひとつで逃れ
置き去りにされて逃げまどい
川を渡ってさらに逃げようとする人々を
少年の軍勢は執拗に襲った。

ボルテ、ボルテ
少年は川を渡り花嫁の名を呼びながら
馬を走らせていた。
ボルテ、ボルテ
逃げる人々の中から小さな影が飛び出して
少年が乗る馬の手綱を掴んだ。
ボルテ、ボルテ
少年はやっと自分の花嫁を
月明かりのなかで抱きしめた。

花嫁は少年のもとに戻って男の子を生んだ。
どうして蒼い狼と白い牝鹿の間に
子供が生まれるのか
どうして敵対する部族の血が混ざり合うのか
少年は、それが湖の意思なのだと思うことにした。

どうして蒼い狼と白い牝鹿の間に
子供が生まれるのか
その問いを発する少年も
その花嫁が生んだ最初の息子も
湖の意思によって生まれた狼の末裔なのだ。

少年はやがて4の字がふたつ並ぶ年齢のときに
平原の部族をひとつにして
ユーラシアの支配者になったが
チンギス・ハーンのチンギスには
湖という隠された意味があり
チンギス・ハーンから広まった湖の遺伝子は
いま、この世界の1600万人の男子の染色体の中に
潜在している。

*出演者情報:大川泰樹 03-3478-3780 MMP


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