岩崎俊一 2008年2月8日



よっちん

                   
ストーリー  岩崎俊一
出演    仁科 貴

よっちんが東京に逃げたという話は、ヒデオから聞いた。

2日前、よっちんはけんか相手にケガをさせた。
木屋町通りを、恋人の今日子さんと歩いていたよっちんは、顔見知りの
3人連れの男にからまれ、今日子さんの肩に手をかけた男の顔面に思いき
りパンチを入れた。男は倒れ、気を失った。

よっちんは、僕より4つ上の24歳だった。もともとは、僕の大学の同
級生であるヒデオの遊び仲間だった。
京都の街なかで育ち、小さいころから男女のやりとりや、大人の酔態を
見てきたヒデオは、僕よりはるかに世間に通じていたけれど、その何歳も
年上で、高校を中退したあと、いろいろな世界を見てきたよっちんの成熟
度は、僕の想像をはるかに越えていた。
気性は激しいけれど、よっちんはやさしい男だった。インテリであり、
熱かった。義に感じて無茶ばかりやり、そのあげく損ばかりしてきた。高
校をやめたのも、職を転々としたのも、ケンカばかりしてきたのも。
うわべしか見ない人は、たぶん彼をチンピラと呼んでいただろう。でも、
よっちんは、チンピラとはまったく次元が違っていた。
そのよっちんが、
「わし、ほれた女できてん」
と照れながら話してくれたのは、一年前だった。シマちゃんも、シマち
ゃんの店の大将も、明石焼きのおばちゃんも、喫茶店のマスターも、ヒデ
オも、僕も、よっちんのためにとてもよろこんだ。
それからしばらくして、よっちんは仕事に就いた。前からやりたかった
インテリアの会社に入ったのだ。もともと好きなことであった上、頭がよ
くて情熱家のよっちんは、その会社ですぐ頭角をあらわした。恋人のため
に働く男は強いと思った。もう前のように一緒に遊べなくなったヒデオと
僕は、ちょっとさびしい思いもしたけれど。

よっちんが東京に逃げたのには理由がある。
2年前に、彼は、やはりケンカで傷害騒ぎを起こしていた。その時は大
事にならずにすんだのだが「次、あると、まちがいなく実刑だから」と警
察に強く釘をさされていたのだ。
一年間、東京に行く。待っててくれと言うよっちんに、昨夜、今日子さ
んは泣いて怒った。
「なんでケンカなんかするんや。あんたは、ケンカしたらあかんのや。
あんたは人をなぐってるつもりかしらんけど、あんたのそのげんこつはな、
うちをなぐってるんやで」

結局よっちんは、東京に2年いた。京都の会社の社長が紹介してくれた
内装関係の店で働き、一人前の職人として京都に戻り、もとの会社に勤め
た。そして3年後独立した。騒動の元になったけんかは、男のケガも大事
に至ることはなく、事件にならずに終息したらしい。
でも、京都に戻ったよっちんに、今日子さんはいなかった。
よっちんが東京に行った3ヶ月後、今日子さんに新しい恋人ができたと
ヒデオから聞いた。それを聞いて、なぜか僕はとても傷ついた。胸がどき
どきして、そして痛かった。
大人になることは大変だと思った。ただ恋人を失うのではない。腕の中
にあった恋人を失う痛手に、大人は耐えなければならないのだ。

出演者情報:仁科貴 03-3478-3780 MMP


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