中山佐知子 2008年2月29日



海山の間には一本の川が

                      
ストーリー 中山佐知子
出演 大川泰樹

海山のあいだには一本の川が流れ
山の思いを海にとどけていた。

海は太古の秘密を隠すために
1万メートルの深みに暗闇の場所を抱いていたが
山は自分のすべてを与えても
その深さを埋めることはなかったので
山の男はある日海の女をとらえて
自分の領土に封じてしまった。

それは海のすべてではなく
ほんの一部にしか過ぎなかったが
山の男は日々海の女を愛おしんで暮らした。

山に封じられた海は
1万メートルの暗闇の底を失ったかわりに
自分の秘密をすべてその瞳に隠して
二度と目を開けることはなかった。

そこで山の男は瞳を閉じた女のために
新しい名前を考えることにした。
女はもう海ではなく
「みずうみ」という名前で呼ばれるようになっていた。
断崖に噛み付く波もなく
硫化水素の毒を吐き出す洞窟も火山もなく
ただおだやかに静まった水があるだけだった。
山の男がそのまわりに
そびえ立つ樹々を牢獄のようにめぐらせると
男の思いをとどけるためにまた新しく川が流れ
水辺に咲く花や赤や黄色に色づいた木の葉を
女のもとに運んだ。

それは湖の底に堆積し
女は少しづつ自分の場所を男に明け渡していくことになった。

海は40億年という時間の堆積を持ち  
この星に生命が生まれた秘密をかかえて
いまも生きつづけているが
湖は通常数千年でその生涯を終える。
山の思いに埋め尽くされ干上がった湖は
木が生え草が茂って
ついには山に呑み尽くされてしまうのだ。

そうして
山の男は自分のものになった湖を
どれだけ滅ぼしてきたかしれないが
それでも山は海に向って
繰り返し繰り返し思いをとどけずにはいられない。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/ 03-3478-3780 MMP


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