一倉宏 2008年10月3日



難破船の救命ボートを選ぶなら

                    
ストーリー 一倉宏                      
出演  地曵豪

   
あなたをもうなんども怒らせた 
そのたびに あなたは不思議な解釈で追いかけて
ぼくの理不尽を見失ったボールにする
そして あなたはなぜ怒ったのかさえ忘れる
いつのまにか ぼくたちのワインは残り少なくなる
やがて あなたは眠くなる

女性たちよりも美しい酒があるなんてたわごとを
ぼくはいちどだって吐いたことはないさ
そう言って人生を寝過ごした友人もいたけれど
本気で思っていたらもうすこし楽だった 
彼も…

たとえばぼくたちの乗った船が難破するとして
目の前に2艘の救命ボートがあるとしよう
片方のボートには1本のワインが載せられていて
それは ちょうどぼくたちが結婚した年の
「シャトー・ムートン・ロートシルト」さ
もう片方のボートにはざっと3ダース
名前も知らないチリ・ワインがどっさり

さあ クイズだ
あなたならどちらのボートを選ぶだろう?
ぼくならどちらのボートを選ぶと思う?
言うまでもなくこのたとえ話は 筋書き通り
どこかの無人島に流れ着くとして
   
もう寝てしまったあなただから
こんなことを言ってるぼくに怒るにも怒れないね
申し訳ないけれど どうしたって
ぼくはチリ・ワインのボートを選ぶのだから
せめてそれだけは見失わないでほしい
たとえあなたがついに理解できないにしても
人間たちのちょっとしたエピソードの
ほんとうはなにが嫌いでなにが好きかということを 
   
たとえどんなに怒ってもいいから
難破船の救命ボートだけは間違わないでくれないか
そうしたらぼくたちはいつか無人島で
たったふたりの夕焼けに乾杯できるのだから
夕陽よりも紅いチリのワインで

死ぬまで憶えておくことはたったひとつでいいさ
できれば忘れてしまうほうがいい
他愛ない日々のことばのしっぽ そしてあの昔話の嫉妬も
一日の始まりと終わりに必要なことばだって
たった4文字なのだし おはようとおやすみ
あるいは やれやれ… 
   
くりかえし見る夢をあなたに話しただろう
そこにでてくる誰かをあなたは知ろうとしたが
顔も名前も仮のものさ 夢だから
ひょっとしてあなた自身であったかもしれない
あるかもしれない可能性については
ぼくらは話さなかったね
  
その解釈だけはしなかったあなたが
むこうを向いて寝ている

出演者情報:地曵豪(フリー)http://www.gojibiki.jp/links.html


ページトップへ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA