一倉宏 2008年11月7日



  
一日なんでもいうことをきいてくれる券

                   
ストーリー 一倉宏                     
出演 西尾まり

  
むかし、母の日や父の日には、
「肩たたき券」や「おてつだい券」をつくって贈った。
母はよろこんで残さず使ってくれたけれど、
父はほとんど「期限切れ」にしてしまったのを思い出す。
あの頃は、休日もほとんど遊んでもらえなかった父。
ともだちが父親との約束をうれしそうに話すのを聞いて、
涙が止まるまでブランコを漕いでいた、連休前の帰り道。
たった一日でもいいから。
一日限りでいいから。
「娘のいうことをなんでもきく券」が、欲しかった。
  
おとなになってわかることの多くは、
たいてい、こどもながらに知っていたことだ。
父は、休みの日こそ働いて稼がなければならない商売を
していたのだし、それはわかって、あきらめていた。
こどもはみんな、けなげにも理解しているのだ。
だからこそ、けなげな願いをそっと胸に抱く。
それは、「一日なんでもいうことをきいてくれる券」。

小学の高学年になる頃には、
「絶対に、休日をちゃんと休めるサラリーマンと結婚する」と、
私は、かたくこころに決めていた。
その決意はやはり父にはいえず、ともだちと母にだけ話した。
母が、どんなつもりで父に伝えたのかは知らない。
「そうか。それがいいかもしれないな」と、
さびしそうに笑う父の姿は、どうしたって想像できる。
母親はなぜ、こんなに軽率な裏切りをしてしまうのだろう。
それは告げ口じゃない?
私は顔を赤くして、怒り、泣き、そして永遠にあきらめた。

「一日なんでもいうことをきいてくれる券」のことは。
私はいま、幼い頃の決意通りに、
「休日はちゃんと休めるサラリーマン」とつきあい、
このままうまくいけば、結婚するだろう。
母は、彼のことをほぼ満点に近く、気に入っている。
父も、おまえがいいのならと認めている。
彼は活動的で、遊びにいくことが大好きだし、
いろんな計画を立てては、休日を楽しくしてくれる。
そうだ、父とはまるで正反対に。
  
だけど・・・
贅沢をいうようだけど・・・
彼の立てる休日のスケジュールはあまりに充実していて、
ときどきは、遊びにいくのが面倒くさくなることもある。
こども時代もおとなになっても、休日の私は、
ごろごろとマンガや本を読む習慣に浸っていたから。
それはもちろん、怠け者のわがままなんだけれど。
「ねえ、たまにはうちでゆっくりしない?」というと、
「え? そんなのもったいないじゃん。
こんどはどこにいこう」と、屈託なく笑う彼がいる。

「そうだね・・・」
ひさしぶりに思い浮かんだ
「一日なんでもいうことをきいてくれる券」を、
私は、こころのなかでそっと破り捨てた。

 
出演者情報: 西尾まり 03-5423-5904 シスカンパニー

shoji.jpg  動画制作:庄司輝秋


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