小野田隆雄 2009年7月9日



影踏み遊び

            
ストーリー 小野田隆雄
出演  久世星佳

「影踏み」という遊びが、
明治時代の初めまで、あったそうです。
月の明るい夜に集まって、
ジャンケンをして鬼を決め、
鬼になった子供が
ほかの子供たちを追いかける。
そして、影を踏まれたら、
新しい鬼になる。
この遊びでは、ひとりの影は、
ひとつしか出来ないことが、
大切な条件になります。
ガス燈も電気もなかった時代、
ほんとうの闇(やみ)が、まだ、生活のなかにあった頃、
夜の月の光にクッキリと見える影が
子供たちの心を、謎めいた興奮につつみ、
ドキドキさせたのかも知れません。

私が月明かりだけで、初めて
自分の影を見たのは、十九の夏でした。
場所は長野県の、白馬(はくば)の山の奥にある
小さな小学校の、夜の校庭でした。
いまから、もう、四十数年も、
昔のことです。当時、私は、
池袋にある私立大学の仏文科の一年生で、
人形劇のサークルに入っていました。
この人形劇サークルは、
夏休みになると、
全国に巡回公演に出かけます。
そしてその年は、長野県の白馬(はくば)の奥の
小学校に、泊りがけで行ったのでした。

その夜は、人形劇の公演が終った日の
最後の夜でした。
小学校の先生や村の助役(じょやく)さんたちに
村役場の会議室で、お別れの
パーティーをやっていただいて、
村はずれにある小学校まで、
夜(よ)も更ける頃に、帰ってきたのでした。
私たちのメンバーは、
女性が私も含めて五名、男性が七名。
この小学校の教室に昨日(きのう)の夜も、
ふとんをしいて眠りました。
そして、明日は東京に帰るのです。
最後の夜、私たちは草の茂る校庭に出て、
手をつないで円陣をつくりました。
サークルの会長が、あいさつをして、
それからみんなで歌いながら、
フォークダンスを踊りました。
なにも明かりのない校庭で、
十五夜に近い月の光を浴びながら。
強い風が吹いています。
小学校の後(うしろ)の山で、クヌギや
ヤマザクラの木がゴウゴウと
音をたてて、揺れています。
フォークダンスを踊りながら
私は地面にうつる自分の影を
みつめました。影は私と同じように、
脚をあげ、手を振り、踊っています。
そのときでした。
いつも道化役の人形を使う
二年のK君が
フォークダンスの輪を離れて、走りながら、
みんなの影を踏み始めました。
そして逃げました。誰かが彼を追いかけ、
その影を踏み返しました。
それから、フォークダンスの輪は乱れて
私たちは、おたがいの影を踏む遊びに
夢中になってしまいました。
私は、ひそかに、三年生のMさんを
追いかけました。建築学科の男性です。
でも、なかなか、その影を踏むまで、
追いつくことが出来ません。
それでも彼は、やっと私に気づいて、
走るスピードをゆるめてくれました。
私は、そっとMさんの影の、
胸のあたりを踏みました。
オー、痛イ。と彼が笑いました。

ええ、おっしゃるとおりです。
私は卒業するとすぐに、
Mと結婚しました。
それから、ずーっと、一緒です。
私が彼の影になったのか、
彼が私の影になったのか。
いまでも、月のある夜に、
ふたりで歩くこともあります。

*出演者情報:久世星佳 03-5423-5904シスカンパニー 所属

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動画制作:庄司輝秋



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