三井明子 2009年12月24日



流れ星
          
ストーリー 三井明子
出演 清水理沙

気づいた時には、毎晩、
私の家で井上と食事をとるようになっていた。
その井上という男は、魚と野菜が好きで、酒もよく飲んだ。
私は井上のために、仕事帰りに新鮮な魚を買い、
野菜の煮物をつくった。
井上はおいしいおいしい、と言ってもりもり食べた。
私はそんな井上を見るのがうれしくて、
毎日がおだやかにすぎていった。

井上のことは、何も知らなかった。
どんな仕事をしているのか、
小奇麗な洋服はどこで買っているのか、
年齢も同世代ということしかわからない。
でも、特に知らなくてもいいと感じていた。
井上はギターが上手で、酒に酔うとよく弾いてくれた。
旅がすきで、若いころは気に入った町を見つけては、
転々としていたことを話してくれたことがあった。
「まるで渡り鳥みたいね」と私が言うと、
「渡り鳥なんかじゃないよ」と言った。

ある冬の日、夜空をながめながら、星座の話をした。
まぶしいくらい美しい冬の星座を、
2人でながめながら酒を飲んだ。
とても幸福な時間だった。

井上と過ごすことが、当たり前だと感じはじめていたある日、
井上は静かにいなくなった。
帰宅すると、井上の持ち物がぜんぶなくなっていたのだ。
といっても、井上の持ち物といえば、
ボストンバックひとつに収まる程度だったのかもしれない。

井上がいなくなった。
それを静かに受けとめると、
私は生きる意味を失ったように感じた。
食べることも、寝ることも、息をすることも無意味に感じて、
ただただ放心するばかりだった。
次第に、井上との日々は現実ではなかったように、感じるようになった。
井上との日々は、長い長い夢を見ていたのかもしれないと、
自分でもわからなくなった。

それから数日後、数人の男たちが私の部屋を訪ねてきた。
警察だった。
男の写真を見せられ、「見覚えはないか」と聞かれた。
髪型も雰囲気も違ったが、井上だった。
警察は「男の行き先に心当たりはないか」と、私に尋ねた。
私は「それを知りたいのは私の方だ、
何か分かったら教えてほしい」と聞き返した。

警察は、「その男は、井上ではなくイチハラという名前だ。
何か手がかりを思い出したら教えてほしい」と連絡先を残し、出て行った。
ドアの向こうで、彼らが話しているのが聞こえた。
「ホシはどこに流れていったんでしょう」と言っている。

そうか、井上は、渡り鳥じゃなくて、流れ星だったんだ。
と私は気づいた。
井上は、いつか流れて、ここに戻ってくるかもしれない。
だから、それまで引っ越しはやめよう。
井上のために毎日新鮮な魚を買って帰ろう。
そうとっさに、私は思った。

出演者情報:清水理沙

shoji.jpg  
動画制作:庄司輝秋・浜野隆幸



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