中山佐知子 2010年6月27日

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ストーリー 中山佐知子
出演 大川泰樹

それは馬であり、竜でなければならなかった。
なぜなら馬は湧き出す泉から生まれたものであり
その水は竜が治めるものだったから。

またそれは白い馬でなくてはならなかった。
ケルトの白馬は夏至のシンボルであり、
月の女神リーアノンは白い馬で死者を運ぶから。

ブリテン島の南西に位置する砦には
族長と同じほど重要な役目を負った人間がふたりいた。
ひとりは神に仕え、神の言葉を聴いた。
もうひとりは歌い手で
一族の歴史や系図を記憶し竪琴の調べにのせて歌った。
文字の記録を残さない人々にとって
歌い手の存在は重要だった。

戦いがはじまると
ひとりは勝利を祈るために戦士たちと行動を共にした。
もうひとりは勝利の様子を語りつぎ、歌うために
やはり馬に乗って砦を出て行くのだった。

この土地の6月は野原も森もいい香りがする。
キンポウゲやクローバーの香りに誘われるのか
ツバメがときどき地上すれすれに飛ぶ。
空高くひばりの声も聞こえる。
ひばりは誰に向って歌うのだろう。
そして、戦いに敗れ見捨てられた砦で
ひとり生残った歌い手は何をすればいいのだろう。
ここにはもう、歌を聴く人もなく
一族の歴史は途絶え、新しい歌が生まれることもない。

けれども
ここにはケルトの一族が住み一族の歌があった。
何世代も語り継いだ歌をこの土地に記さねばならない。
土地を開き、種を撒き、刈り取り
優れた馬と勇敢な戦士を育ててきた一族は
たとえ滅亡しても魂はこの土地を訪れるだろう。
そのときのために歌をしるさねばならない。
そしてその歌は千年も二千年も残るものでなくてはならない。

こうして、文字を持たない歌い手がつくった最後の歌は
緑の丘に描いた大きな絵として残された。
それは南へ向って飛ぶ白い馬であり、竜でもあった。

3000年のときを隔て、
イギリスのアフィントンの丘でこれを見る人々は首をかしげる。
全長100メートルを超えるその巨大な絵は
竜でない証拠に4本の長い足を持ち
馬でない証拠にその足を空に向けている。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/  03-3478-3780 MMP


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