日下慶太 2010年8月29日



『金魚の自由』

  
ストーリー 日下慶太
出演 菅原永二

いつも猛スピードで泳いでは、頭を打ちつけた。
彼は金魚。狭い金魚鉢でひとり暮らしている。

食べ物に困ることはなかった。
毎日ちゃんとエサがもらえた。
エサを残すと水が汚れるのでいつも無理して全部食べた。
おかけでみるみる大きくなっていった。

淋しいと思うことはあった。
友達や彼女が欲しくなるときもあった。
でも、それで金魚鉢が狭くなる方が嫌だった。
狭いより、淋しい方がまだ耐えられる。

我慢できないことはただひとつ、思い切り泳げないこと。
泳ぐとすぐに頭を打つのだ。
壁に当たらないようにと、ぐるぐる回って泳いだこともある。
しかし、目が回って食べたエサをすべて吐いてしまった。
彼はただ、思い切り泳ぎたかった。

外に出れば、もっと大きな世界があるはずだ。
そう思った彼は金魚鉢から出ようと試みた。
水面に向かって泳ぎ、ジャンプする。
何度も何度もジャンプする。
ただ、水面(みなも)が大きく揺れるだけだった。

ある日、チャンスが訪れた。
金魚鉢の掃除だ。
掃除の間、彼はバケツに移し替えられた。
そのバケツには水がいっぱいに張られ、
水面とバケツのへりとの距離が近かった。
彼は、ジャンプした。
バケツのへりを見事飛び越え、体から着地した。
落ちた所がわるく、うろこが2枚はげた。
息が苦しい。ひれをふってもふっても全く前に進まない。
外は大きな世界ではく、ただただ苦しい世界だった。
床でのたうちまわっていると、あたたかい何かが彼を包んだ。
それは、飼い主の手。
彼は金魚鉢へと運ばれ、命をとりとめた。

以来、もう外に出ようとは思わなくなった。
エサをたべ、寝て、ほんの少し泳ぐ。
自由に泳ぐことは、もうあきらめた。

多すぎるエサと少なすぎる運動で彼はどんどん大きくなっていた。
金魚鉢いっぱいにまで大きくなった。
もう、方向をかえることができなくなった。
ずっと台所の方を向くしかない。
それは泳いでいるというより、浮いているといった方がいい。
そんな様子をみかねて、飼い主は彼を池に放した。

池は、ひんやりと冷たかった。
金魚藻のいいニオイがした。
そして何よりも、広かった。

彼は泳いだ、思い切って泳いだ。
流れゆく風景、顔にうける水の抵抗、
魚としての喜びを全身で感じていた。 これが泳ぐということだ。

と、突然、大きな口が彼を呑み込んだ・・・・
ブラックバスだ。

真っ暗な口の中で彼は思った。
思い切り泳げたからまあいいか、と。

出演者情報:菅原永二 猫のホテルhttp://www.nekohote.com/

shoji.jpg  
動画制作:庄司輝秋


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