佐倉康彦 2010年10月10日

Alfons_Mucha_-_F._Champenois_Imprimeur-Éditeur.jpg

present-day/birthday

ストーリー 佐倉康彦
出演 毬谷友子

今年に入って10度目の
「おめでとう」を
聞きながら、
今年10回目になる特別な乾杯。
リーデルの中で
揺れて弾ける
唐棣色(はねずいろ)の
小さな気泡の向こう側。
抜からぬ顔した男も
今年、10人目ということ。
その前の、
9月の男の顔は、
どんなだったか、
どんな声だったか。
いったい、どんな話をしたのか。
そんなことも、
もう思い出せない。

今年、
10度目の
特別なディナーと
10枚目のバースデイカードと
10束目の大仰な花々の中で
今年、10人目の男が、
小鼻を少しばかり
膨らませながら、
わたしに何かを差し出す。

今年に入って、
10個目の贈り物は、
フランスのモードメゾンが
仕立てたジュエリーから
選ばれていた。
メゾンの創設者が愛した
草花や虫をモチーフにした
華奢なリングを嵌める。
そして、
男の前にかざしながら
大袈裟に微笑んでやる。
わたしが、
世界で一番きらいなものは、
虫だけど。

わたしの指のサイズなんて
教えてもいないのに、
そのリングは、
わたしの指に吸い付くように
ぴったりだ。
わたしの指にとまる
金属と石で出来た虫にも、
わたしの指のサイズがわかる
男にも、
寒気がした。

ゼミのレポートの添削を待つ
学生のようにこちらを窺う男。
正確に言えば、10人目の、
年下の男。
きょう、わたしは、
少しだけ年上の女として
生きている。
わたしの指にとまったままの
気色の悪い虫と男の顔を、
交互に見つめながら、
もう一度、短く微笑んでやる。
サービスし過ぎか。
お気に入りの遊具を前にした
犬のように、
ちぎれんばかりに
尻尾を振る男が、少し痛い。

まだ、
少年の面影や匂いを残した男の
どうでもいいような話は、
あまりお肌にいいとは思えない。
それでも、
仕込んだばかりの
付け焼き刃のさもない蘊蓄に
付き合う。

“こころの歓喜と、
 安楽と忍耐と悲哀を克服して
 幸福を得る。”
10月の石には、
そんな力があると男は言う。
生きてれば、
当たり前に起こるであろうことを
石のせいにしたり、
石に頼ったりするほど
わたしは、乙女ではない。
男の石の話を聞きながら、
つぎの、
11月の誕生日には、
“友情と友愛と希望と潔白”
の、わたしになることを知る。

男は、わたしとの距離を
希釈された水っぽい言葉で
埋めようと必死だ。
その声は、
海に散らす骨のように
ささやかで覚束無い。
それでもわたしは、
目を瞑り黙って男の話を
聞き続ける。

きっと、この後に起こる
今年
10度目のキスと
10度目のセックスと
10度目の、何かのために。

誰か、
わたしの誕生日を、
知りませんか。

出演者情報:毬谷友子 03-3352-1616J.CLIP所属
音楽:坂出雅海(ヒカシュー) http://twitter.com/sakaidesan

Photo by (c)Tomo.Yun:http://www.yunphoto.net
shoji.jpg  
動画制作:庄司輝秋



ページトップへ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA