薄景子 2010年11月14日

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落書き部屋
            
               
ストーリー 薄景子
出演 皆戸麻衣

父の実家に帰ったのはいつぶりだろう。
昔、父の勉強部屋だったという古い4畳半は
私たち姉妹といとこ軍団の格好の遊び場で、
壁一面は子どもたちのキャンバスとして
何を描いてもいいことになっていた。

妹は、少女マンガのキラキラの瞳を何度も練習し、
いとこのマーくんは、線路だといって
ぐるぐると渦巻き模様ばかり描いていた。

その壁が落書きで埋め尽くされると、
父はクリーム色や水色のペンキを塗って
まっさらなキャンバスに仕立て直してくれる。

私は、そのペンキがポロポロとはがれた跡を
ロールシャッハテストのように
何かに見立てながら、眺めているのが好きだった。
目と口を見つけて人の顔にたとえてみたり、
どこか遠くの島を想像してみたり。

久々に入った落書き部屋は、
もう何年も、誰からも落書きされた気配はなく。
ただひっそりと、はがれたペンキ跡で
たくさんのクレーターをつくっていた。

帽子のようでも円盤のようでもある、その形のひとつを
あの頃のようにボーッと眺めてみる。
するとその瞬間、ゴーーーッという爆音とともに
強力な掃除機に吸いこまれるようにして、私は闇に落ちた。

一瞬のことだったのか、しばらく時間がたったのかはわからない。
気がつくと、そこは畳の新しい4畳半で、
目の前には、まだ学生らしき父の後ろ姿があった。

伸びっぱなしの髪。あばらが透けそうな細い背中。
数学の教師をめざしていた父は、突然赤いマジックで、
わけのわからない方程式を壁にどんどん書いていった。
それはもう、目で追うことすらできない狂ったような速さで。
壁一面が赤い数字と記号で埋め尽くされると、
父はひと息ついて「イコール」と書き、
書き連ねた方程式の上に
345という数字を何度も何度もなぐり書きした。

さんよんご、さんよんご、さんよん、みーよ・・・みよこ、あたしのこと?
思わず声が出てしまった瞬間、
父がこちらをくるっと振りむき、
私は反射的に目を閉じた。

一瞬のはりつめた静寂。
おそるおそる目を開けると、
そこは誰もいない、もとの落書き部屋のままだった。

「みよこー、焼き芋焼けたぞー」

遠くから、私を呼ぶ声がする。
窓を開けると、さっきの三倍はありそうな父が
焚き火の灰から焼き芋を取り出していた。

落書きにペンキを塗り重ねたような
広い背中を眺めながら、ふと思う。
私が生まれてきたのは、父の綿密な計算どおりだったのか。
それとも、計算はずれの恋の答えあわせだったのか。

出演者情報:皆戸麻衣 03-5485-7922 サンズエンタテイメント所属


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動画制作:庄司輝秋


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