古居利康 2011年5月8日


緑色の光の話

        ストーリー 古居利康
           出演 山田キヌヲ

 あのカプセルのなかみを知ってる?
惑星探査機が持ち帰ってきた、あのカプセル。
なかみは、緑色の石だったのよ。

 え? 緑色の石? うそ。

 あまりにも小さすぎてにんげんの眼には
見えないつぶつぶだったけど。
カプセルは1500粒も持ち帰ってきたのよ。
 電子顕微鏡で見ると、あわーい緑色の結晶が
とてもきれい。暗いところで見ても、光ってるの。

 まるで見てきたようにおばあちゃんは言う。

 それは、隕石以外で人類が手にした、
はじめての地球外鉱物。その石の来歴を知る
ってことは、惑星の誕生や物質の起源について
考えるってことに、はっきりつながるの。
 というのも、地球の中心の核をとりまく地層は
マントルという硬い岩石の層なんだけど、
それはあのカプセルのなかにあった緑色の石と
おなじ石なの。地表に結晶が現出することもあって、
それを磨いた宝石がペリドット。

 ペリドット。8月の誕生石。
それ、わたしの石じゃない、おばあちゃん。

 緑色といえばね、わたしは、
ふしぎな緑色の光を、見たことがあるよ。

 あれは、ちょうどわたしが
あなたくらいの年ごろの夏だった。
ブルターニュのボールの海岸で・・
ボールというのはね、7キロもつづく美しい砂浜でね、
いちどあなたにも見せてあげたいものだねぇ。
その海岸で、とうさんがジュール・ヴェルヌの
『緑の光線』という本の話をしてくれたの。

 気がつくと、話が変わってる。おばあちゃんは
いつもそう。

 ひょっとしたら、今日は緑の光線が見えるかもしれないよ。
って、とうさんが急に言い出すのよ。
その日はよく晴れていて、空気も乾燥して雲ひとつなかった。
こういう日じゃないと見えないんだ、って。
 緑の光線を見たひとは、その瞬間、じぶんの心と
ひとのこころを読み取ることができるようになるの。
 ジュール・ヴェルヌがそう書いているんだから
まちがいないよ。ってとうさんは言うんだけど、
わたしにはその意味がよくわからなかったな。
 わたしたちは陽が沈むのをじーっと待った。
海に太陽が落ちる、その直前の、ほんの一瞬だから、
まばたきひとつでもしたら、見逃すかもしれないから。
って言われて、わたしは眼にちからをうんとこめて
がまんしたよ、いっしょけんめい。
 でね、見えたんだよ。太陽が水平線に消える
そのさいごの瞬間に、明るい緑の光線が、
水平線の上に滲むように輝いた。まるで光の宝石だった。
ペリドットよりだいぶ濃い緑色。

 で、じぶんの心とひとの心が読めるようになったの?

 そうねぇ、どうだろうねぇ。わたしもずいぶんと
長く生きてきたけど、ひとの心ってやつはねぇ・・。

 なーんだ。読めないのか。つまんない。

 なぜ太陽が沈む寸前、緑色の光線を放つのか。
とうさんは説明してくれたよ。
 それはとても珍しい現象で、ひと夏待って
一度も見ることができないこともあるくらい。
気象条件がそろわないと見られないんだね。
たとえば、今日は雲が多すぎてダメね。
快晴でないとダメ。
 なぜかと言うと、この現象は光の屈折の原理で
起こるから。太陽が沈むとき、じっさいの太陽は、
わたしたちに見える位置よりもほんのわずか下にある。
沈むまぎわの太陽の光って、まっすぐ進まない。
円を描いてわたしたちのところにやってくるの。
水平線に接近するにつれ、その光線の曲がりも
大きくなる。だから太陽が水平線に接しているように見える時、
じっさいの太陽はもう水平線の下に隠れている。
逆に言えば、じっさいよりも少しだけ上の方に見えている。

 わたし眠たくなってきた。おばあちゃんの声が
だんだん遠くなっていく。

 理科の授業でプリズムを習ったでしょ。
プリズムを通すと光は分離して見えるよね。
太陽が沈む瞬間、この現象が起きて光が色に分散する。
色彩によって、曲がり方がちがうのね。
いちばんよく曲がるのが、青。その次が緑。
そのまた次が紫、っていうぐあいに。

太陽がじっさいよりも高く見えている中で、
ほんとうは、青や緑や紫という、曲がり方の大きい色が
上に見えるはずなんだけど、青や紫はとても弱い光なので、
太陽が完全に水平線に隠れた直後、緑色の光だけが
残像のようになって、わたしたちの眼に見える、
ということらしいの・・。

 わたしはすっかり眠っていた。
めざめると、おばあちゃんはいなかった。
かわりにちいさな銀のカプセルが置いてあった。
なかみは、淡い緑色の宝石だった。
 この石、暗いところでも蛍みたいに
光るんだよね、おばあちゃん。
 ハッピーバースデイ、と書かれたカードが入っていた。
そうだ。きょうはわたしの誕生日なんだ。

出演者情報:山田キヌヲ 03-5728-6966 株式会社ノックアウト所属


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