小野田隆雄 2012年7月1日

ミモザ
      ストーリー 小野田隆雄       
         出演 水下きよし

タンブラーに、氷を2~3個入れる。
そこにウォッカを、適量注ぐ。
そしてオレンジジュースを、その上から満たす。
最後にゆっくり、マドラーでかきまわす。
こうして、スクリュードライバーと呼ばれる
カクテルが出来あがる。
さわやかで甘い口あたり。
けれど、飲み過ぎるとこわい。
アルコール度数は、高いカクテルである。
60年代のアメリカでは、
マダムキラーのカクテルと呼ばれた。
スクリュードライバーのベースはウォッカであるが、
ベースをジンに変えると
オレンジ・ブロッサムと呼ばれるカクテルになる。
また、ベースをシャンパンに変えると、
ミモザと呼ばれる、マイルドなカクテルになる。

30代の終り、まだ会社員であった頃、
ロスアンゼルス空港から、夕刻にJALに乗った。
撮影の帰りのひとり旅、エコノミークラスだった。
飛行機で長時間、移動する時は、
たいがいウイスキーの水割りを飲む。
そしてクラシックかジャズを聞きながら眠る。
メロディだけで言葉がなく、
音楽として抽象性の高いことが、
頭をぼんやりさせ、眠りに誘ってくれる。
ところが、あの日、ロスからの帰りの飛行機では
ひどく、くたびれていて、
やさしいアルコール飲料が欲しくなった。
その時、ミモザを思い出した。
その判断は間違っていなかったと思うのだが、
乗務員に飲みものをオーダーする時、
私はミスを犯した。
ウォッカのミニボトルと、オレンジジュースと、
氷の入ったグラスと、水を注文したのである。
この素材で作れるのは、スクリュードライバーである。
食事の後、私はミモザを作って飲んだつもりで、
スクリュードライバーを飲んだ。
おいしかった。
もちろん私は、自分のミスに気づいていない。
私は、早いピッチで、たっぷり二杯分を飲んだ。
早いテンポで睡魔が襲ってきた。
眠る前に、顔を洗おうと思った。
お手洗いが空いているのを確認して、席を立った。
ところが、飛行機の後方部にあるお手洗いに行ってみると、
すべて、ふさがっていた。
そして、淡いオレンジ色のブラウスを着た、
髪の毛が銀色の年老いた外国人の女性が、
お手洗いの通路に立っていた。
彼女が私に言った。
「ドアがあかない。入りたいのにドアがあかないの」
私は単語をつなぎ合わせるようにして、言った。
「いまは、ふさがっています。待ちましょう」
けれど老婦人は、ブラウスの両手を広げて、私に言う。
「入れないの。困ったわ。プリーズ、ヘルプミー」
そしてヘルプを繰り返す。ヘルプ、ヘルプ。
私は、なんだか足元がふらふらしてきた。
老婦人のブラウスの色が、
カクテルのミモザの色と、正確に言えば、
ミモザのつもりで飲んでいた
スクリュードライバーの色と、同じであることも、
ますます気分を混乱させた。
眼の前が、暗くなってきた。
そのうち飛行機が大きく揺れた。私は倒れた。
ほんとうは飛行機が揺れたのではなく、
私が貧血症状を起して、気を失ったのである。
気がつくと、
エコノミークラスの空いているシートを、
いくつか倒した上に寝かされていた。
額には、冷たいタオルが乗せられている。
女性の乗務員が、私の鼻の上に手をかざして、
「あっ、大丈夫。息をしている」と、言った。
その声を聞きながら、自分がミモザではなく
大量のスクリュードライバーを
飲んでしまったことに、やっと気づいた。

ふと、私は思った。
「あの老婦人は、無事にお手洗いに入れたのかな。
いや、まてよ、ほんとうに彼女は、
存在したのかな。もしかしたら、
昔、マダムキラーと呼ばれたカクテルに、
気まぐれに、復讐されたのかもしれないぞ。」
眼の前に、黄色いブラウスがひらひらして、
私は、また眼を閉じた。
            

出演者情報:水下きよし 花組芝居 http://hanagumi.ne.jp/


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